現地


           *


 朝6時。総務省のリィゼン=トシゲルは、フォーブス次官、そして、すべての上級内政官を呼び出して定期の朝会を開く。


 『総務省の総力を結集する』と高らかに叫び、ワンチームで取り組むと銘打たれた大々的なプロジェクトである。


「では、進捗の説明を」


 進行役の上級内政官ピクロス=アグが、新たにチームリーダーになった、ジャーリ=バォズを指名する。


「は、はい。それが、未だに魔杖組合ギルドとコミュニケーションが取れていない状態で」

「「「「「……っ」」」」」


 そう答えた瞬間、とめどない緊張感がひた走る。そして、全ての上級内政官が生唾を呑んで、リィゼン長官の表情を窺う。


 案の定、彼は前髪の塊をプルプルと震わせながら、ピッキピキな表情を浮かべつぶやく。


「……なんで?」

「えっ?」

「一昨日も、昨日も……お前、そう言ったよな? それで、な・ん・で! 今日も同じ結果持ってくるわけ? ねえ、なんでなんでなんで? なんでなんでなんでなんで?」


 一昨日は2時間、昨日は4時間。リィゼン長官は、前髪の塊を揺らしながら、グイグイの前髪の塊を押しつけながら、辛抱強く要因解析を行い、2日間、我慢した。


 だが、一向に解決をしない。


「その……前のチームが全員辞めてしまい、我々総務省全員に不信感を抱いたみたいで」

「……それは、事実をお前が報告したってこと?」

「えっ……と」

「なんで? 別に言う必要ないんじゃないの? あいつらに、『事実は伏せる』って一昨日の定期会で決めたよね? ねえ、なんで言ったの?」

「あの、決まった通り、特に言わずに濁してたんですけど、どうも、すでにその事実を知っていたようで」

「……っ」


 おおかた、へーゼン=ハイムあたりが噂でも流したのだろう。まったく、忌々しい。


「むしろ、『なんで隠したんだ?』と逆に責め立てられる始末で……」

「……なんで?」

「はっ?」

「なんで、そこで上手く誤魔化さないの? 予測外の事態には備えなかったの? お前は、そこの担当リーダーじゃないの? 指示待ちじゃなく、臨機応変な対応をしてプロジェクトを成功に導くのが、お前の仕事じゃないの?」

「いや、その……」

「「「「「「……」」」」」


 口ごもるジャーリ上級内政官に対し、周囲の上級内政官たちは誰も何も言わない。


「ねえ。なんで? 黙ってたらわからないよね? 私は答えが聞きたいのであって、お前の反省アピールに付き合ってる暇はないんだよ? なんで? そういうお前の機転の効かなさが、今の結果を生み出してるんじゃないの? ねえ、なんで何も言わないの? ねえ、なんで? 黙って立ってたら終わると思ってるの? なんで? 時が過ぎれば許されるとでも? なんで? なんで、そう思えるの? なんで、そう無責任でいられるの? ねえ、なんで? なんで? なんで? なんで?」

「……」


 リィゼン長官は、前髪の塊をグイグイと押しつけながら、延々と『なんで?』を連呼する


 それから、昼休憩挟んで6時間が経過した後。


「あー、ダメだコイツ!」


 机をトントンと叩きながら、大袈裟に喚き散らす。


「……確かに、ご指摘の通り、少し彼には荷が重過ぎるかもしれませんな」

「……」


 ファーブス次官は、リィゼン長官の隣で腕を組みながら頷く。その佇まいは、限りなくアドバイザー然としていた。


「ねえ、なんでこんなヤツ指名したの? ねえ、なんで?」

「申し訳ありませんが、彼くらいしか適任が見当たらなくて。まあ、我々が今後鍛える育成枠だと思っていただけると」

「はぁ……総務省のレベルって本当に低いんだな」

「「「「「……」」」」」


 リィゼン長官は、全ての上級内政官に向かって、これ見よがしにため息をつく。


「まあ、あのクソが前長官だったから当たり前か。他部者の応援は?」

「その、声はかけてるんですが、中々、いい返事が聞かれい状態です」

「……視察に行く」

「は?」


 リィゼン長官は突然立ち上がって言い放つ。


「これ以上、君らの無能に付き合っていると、こちらまで頭が悪くなる。いいか? 私が現地に赴いて、指揮しよう」

「な、なるほど……彼らに、本物の現地現物というものを見せようと。素晴らしいお考えですな」

「ふっ……全員ついてこい」


 ファーブス次官のヨイショに気をよくしたリィゼン長官は、颯爽と部屋を出ていく。


「「「「「……」」」」」


 上級内政官たちは、全員、酸っぱ苦そうな表情で彼の後を追った。


          ・・・


 帝都の中央通り。ここには、魔杖組合ギルドを始めとする、職人たちが集う区画が存在する。


 ズラリと並んだ馬車の最後尾からリィゼン長官が颯爽と降りて前髪の塊をプルプル揺らしながら、魔杖製作工房へと入る。


 その部屋は、汗と木と金属が入り混じったような匂いが充満していた。屈強な男たちが、まるで戦場のような殺気を見せて動き回っている。


「ちっ……」


 リィゼン長官は雑に舌打ちをして、ジャーリ内政官に尋ねる。


「魔杖組合ギルドの長は?」

「あの男です」

「……」


 ゴラン=ギラン。白い無精髭を生やした寸胴の、いかにも職人面した老人である。彼は、他の職人たちに指示を飛ばしながら、右往左往と動き回っている。


「あの……」

「おいどけ! 邪魔だ!」

「……っ」


 汗と煤まみれのゴランは、リィゼン長官の前髪の塊をブルンと振り払って、横を通り過ぎる。


「き、君! 失礼じゃーー」

「まあ、待て」


 リィゼン長官は、注意しようとしているフォーブス次官を制止して、落ち着き払った様子を見せる。


 そして。


 襟を正し。


 ニッコォと笑みを浮かべて、口にする。


「こんにちは。総務省長官ですが」

「あ? それが?」

「……」

「……」

「「「「「「……」」」」」」


          ・・・


 !?


「お、おい、無礼者! わ、わ、私は、総務省の長官リィゼン=トシゲルだぞ!?」


 顔を真っ赤にしながら、前髪の塊を震わせながら、叫び散らすと、ゴランは面倒くさそうに振り向く。


「ああ? あんたがラゴラスの後釜か……けったくそ悪い」

「……っ」


 雑にそう言い捨てて、ゴランは魔杖の柄部分の切削を行う。


「な、なんという口の聞き方か! 平民の分際で!」

「ああ? その平民の俺たちが造った魔杖で、あんたたち魔法が使えてんだろ? 今は忙しいんだよ!」

「くっ……早々に紅蓮ぐれんの解明を開始しろ。そうしなければ、我々は貴様の首をーー」

「今、忙しいって言ってんだろ! どけ!」

「ひっ!」


 足早に、ゴランは隣に移動して魔杖の宝珠を見る。


「リィゼン長官……あの、今は魔杖製作をしていますので、それがひと段落ついてからのお話にした方が……」


 オズオズとジャーリ内政官が言葉を差し込む。


「なんで? 私は、貴様に『一刻も早くやれ』って言ったよね? なんで? なんで、急がないの? ねえ、なんで?」

「彼らは職人ですので、製作途中に話しかけられるのを最も嫌います。だからーー」

「なんで? そこにお前の想いはないの? 私の命令より、あいつらの都合を優先するのはなんで? えっ、お前はあいつらの部下なの?」

「……っ」

「だいたい、誰のせいで、私がここに出向いていると思っているの? トップであるこの私が直々にだよ? それなのに、お前がそもそもお礼すら言わないで、あいつらに遜るのはなんで?」

「……」

「黙ってちゃわからないよ。ねえ、なんで? 私は答えが聞かせて欲しいんだけど。別に怒ってもないのに、そうやって黙って逃げちゃうんだ。本当に、最近の若者は根性がないよね。ねえ、なんで? 反骨心もないの? なんのために、帝国将官になったの? ねえ、なんで? なんで? なんで?」

「……」


 リィゼン長官の追及に対して、黙り込むジャーリ内政官。そんな彼らを眺めながら、ゴランはつかつかと近づいてくる。


「……あんたが新しい総務省長官ってことだったよな?」

「ククッ……やっと理解してくれたようだね。で? あんた、紅蓮ぐれんの魔杖を解明するのに、10年かかると言ったようだね」

「ああ」

「全然話にならないな。5年だったところが、一気に倍かかるだなんて、理由を説明してくれないと到底納得ができない」

「……」

「ねえ、なんで? なんでできないの? 私にわかるように教えてくれる? ねえ、なんで?」
































「ああ? んじゃ、もーやらねー」

「……っ」


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