ヤン
*
*
*
ああ……またあの夢だ。
「おい! 何、ボーッとしてんだ! 早く歩け」
「……っ」
ヤンの瞳に飛び込んできたのは、鞭で背中を叩かれている少年だった。両手を縛られてながら、広大な荒野をひたすら歩いている。
「……」
彼の視線の方向には、砂国ルビナの地平線が見える。
「まーだ、見てやがんのかぁ」
同じく両手を縄で縛られている痩せ細った老人が、呆れながらつぶやく。少年は、地平線を見ながらボソッとつぶやく。
「あの先には何があるのかな?」
「ああ……海ってやつがある」
痩せ細った老人は、懐かし気に答える。
「海?」
「そうだ。一回だけ親に連れて行ってもらったことがあるな。凄ぇぞ。一面、水が広がっているんだ」
「湖みたいなもの?」
「そんなもの比じゃないくらいに、でっかい水が広がってんだ」
「……見てみたいな」
「ははっ。奴隷になったお前がか? 無理無理」
老人は乾いた声で笑う。
「俺たちは、これから死ぬまでアイツらにコキ使われて死んでいくのさ」
「そんなの……嫌だ」
少年は、つぶやく。
「……お前さんは、どこの村で生まれた?」
「ルク村」
「ああ、そうか。あそこは、いい所だったな。みんないいやつで、働き者が多くて」
「……でも」
奪われた。
親も兄弟も友達も。美しい思い出も、何気ない日常も、待っているはずだった未来も、何もかもを奪われた。
「仕方ねえ。弱い者は、強い者に奪われて生きていく。俺たちは、そんな奴らのもとで生きていくしかないのさ」
「……嫌だ」
奪われっぱなしなんて、絶対。
奪う。
大切な者を、ことごとく自分から奪った者たちから。今はどうやって想像していたのかすらわからない夢を、奪った者たちから。自分たちが奪われることなど想像すらしていない狂った者たちから。
「これからは……」
すべてを奪って生きていく。
*
「……」
ヤンは、ゆっくりと瞳を開けた。砂国ルビナに来てから、この少年のことを見る夢が多くなった。
村を襲撃され、奴隷に堕とされた少年。遠い地平線を、いつも見ながら、まだ見ぬ海を想う少年。すべてを奪われが故に、すべてを奪う側に回る決意をした少年。
どうやら、
ヘーゼンによると、歴史上最古であると謳われる『真の
「……」
イカれクソ老害に、病弱瀕死ジジイ……せめて、今度は若くて健康で真面目な人がいいなあ、とヤンは切に願った。
「っと。支度支度」
ヤンは飛び起きて、すぐに料理の支度を始める。イルナスは、毎日欠かさずに剣術の稽古だ。子どもとは思えない鬼気迫る様子で頑張っている。
「がぁ……んがぁ……」
「……」
どこかのアル中さんとは、えらい違いだ。
朝ご飯を作り終えた後、イルナスが帰ってきた。
「……あっと……その、おはよう」
昨日、不意に涙が出てしまったのが、相当恥ずかしいようで、瞳をキョドキョドさせながら、はにかみながら、挨拶をするイルナス。
「……」
気まずそう。
気まずそうで、お可愛い。
それから、万年二日酔いのラシードを起こしたところで、朝ご飯をみんなで食べる。
「「「いただきます」」」
以前は忙し過ぎて、パタパタと食べていたが、今は違う。ゆっくりとお話をしながら余裕のある食事ができている。
ああ……食卓最高。
「ところで、ヘーゼンとは連絡を取ってるの?」
イルナスが乾パンをかじりながら尋ねる。
「取ってますよー。といっても、
追跡を逃れるために、複雑な経路で2週間かけて到着させるので、タイムラグがかなりある。
ラシードがこの場にいることが、ヘーゼンにとっても予想外の朗報だったようで、その時は文字が躍動していたように感じた。
「……不思議な男だな、ヘーゼン=ハイムは。あの若さで、この膨大な知識量。にわかには説明がつかないのだが」
「
「ん?」
「……いえ。なんでもないです」
ヤンは、あえて言葉を止めた。イルナスにも、ラシードにも、へーゼン=ハイムという男のことは、深く話さない方がいいような気がした。
朝ご飯を終えて、イルナスを見送って、ラシードが二度寝を始めて……一段落したヤンは、夢で見た少年のように遥か彼方の地平線を見つめる。
「……」
ヘーゼン=ハイムは、どこから来たのだろう。
あれだけの怪物性を持ち合わせた男が、20歳前後などと言う馬鹿げた設定は、もう、信じていない。
ヘーゼンとヤンとでは、生きてきた時間軸がまったく違う。もはや、
「……」
ヘーゼン=ハイムの戦略は、もはや、帝国という箱の範疇を超え始めている。
前の戦で、あの黒き魔法使いは反帝国連合国すらも覚醒させた。
俯瞰してみると。
帝国という超大国と、反帝国連合国の2極化という図式を創り出した。超革命を起こして、2つの超勢力に分断し、最も強さを欲するように発破をかけた。
「……」
まるで、大陸の時間を強制的に早めているような。
『ヘーゼン=ハイムは西大陸から来た』
以前、ラスベルにも言ったことがある仮説。あの時は半信半疑だったが、今ではそれしか考えられないほど確信が濃くなっている。
そんな中。
「ヤン」
「あっ、こんにちはー」
反政府軍を指揮するイナンナ=ロストがやってきた。以前、参謀として担ぎ上げられそうになって断ったのだが、『どうしても』と懇願されて、『仕事の合間の副業なら』と渋々引き受けた。
「ラシード元団長は?」
「寝てますよ。あーなったら、テコでも起きませんから、起こしたかったら殺す覚悟で挑むしかないですね」
まあ、100%殺させるだろうが。
「どうですか、調子は?」
「言われた通り、足場は固めている。目下、言われた通りの訓練方法で戦力補強に努めているところだ」
「そうですか」
彼女は優秀なリーダーだ。少し先の話になるが、時勢が味方すれば、本当にクーデターは成るかもしれないとヤンは密かに思う。
「それと、一つ報告がある。前に言っていたーー」
イナンナは途中で声を潜めて、ヤンの耳元でつぶやく。
「海聖ザナクレクと連絡が取れた」
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