切り捨て
ポタッ……ポタッ……ポタッ……
誰もいなくなった静寂の会議室で、前髪の塊から、汗と油が入り混じった茶色い液体が、床に落ちる音が聞こえる。
呆然と立ち尽くすリィゼン長官の脳内は、グルグルと『なんで?』が駆け巡っていた。
なんで、こうなった? なんで、こんなことに? なんで、自分がこんなに追い詰められているのだ? なんで……なんで……なんで……
そんな中。
「リィゼン長官」
「は、はひっ!」
突然、後ろから肩を叩かれた。振り返ると、そこにはボォイ大臣が満面の笑顔で立っていた。
「魔力蓄積機能の解明、楽しみにしているよ。当然、数日後くらいには開いてくれるのだろう?」
「あっ……っと……その……ぁ」
「まあ、アウラ秘書官も特別な準備は要らないと言っているのだから、サッサとすませちゃった方がいいだろう」
「……し……それは、そう……なぁの……ですがぁ」
リィゼン長官が、どもりながら、ボソボソと口にする。
「いや、しかし、よかったよ。私が君に間違いなく指示をした、帝国の最重要課題をキチンとやってくれていて」
「……っ」
言ってない。絶対に、断固として、言っていない。目の前にいる金髪サラサラヘアの老人は、とにかく『へーゼン=ハイムをなんとかしろ』としか言っていなかった。
だが。
今、間違いなく『言ったよね?』と威圧をかけてきている。
「っと。髪が乱れているよ? 身だしなみは、上級貴族の嗜みだから、しっかりとしないとね」
そして。ボォイ大臣は、リィゼン長官の前髪の塊を優しく整えながらつぶやく。
「ん? どうしたの? なんか、もの凄ーく気分が悪そうだけど」
「あっ……のぉ……じぃ……っ……は……ですーー「いや、君のことを信頼しているのだけど……まさか、上手く行ってないなんてことはないんだよね?」
「……っ」
瞬間、前髪の塊が、ビィーンと剃りたつ。
「あんのぉ……で……ありぃ……えっ……でぃ」
「いや、あり得ないだろうけど、万が一そうだったら、君は……終わりだよ?」
「……っ」
ボォィ大臣が、冷徹な視線を向け言葉を続ける。
「いや、だってさ。私が確実に指示した最重要課題をこなせないばかりか、へーゼン=ハイムに降格処分を下して、
「それは……へ、へ、ヘーゼン=ハイムのことも最重要課題でーー」
「物事には、優先順位ってさ……あるじゃない?」
「……っ」
ボォイ大臣は、ニッコリとしながら口にする。
「私は、確かにへーゼン=ハイムのこともチラッと口にしたかもね。だが、あの男を降格にすれば、当然、報復の可能性は考える訳だし、そのオプションとして『
「……っ」
そんなことは知らなかった。言われてもなかった。目の前の金髪サラサラヘアの老人は、『へーゼン=ハイムをなんとかしろ』としか言わなかった。
ん言わなかったじゃないか!? と心の中で、何度も何度も連呼する。
だが、そんなことは……口が裂けても言えない。
「まあ、でも、私は君を信頼しているから、まさか、『なんの考えもなしに、へーゼン=ハイムを降格させた』ってことはあり得ないと思っているけどね」
「……っ」
ニッコリと。
ボォイ大臣は、金髪サラサラヘアをファサッとたなびかせる。
「現に、君はこの選ばれしメンバーのいる中で、堂々と、ハッキリと、自分から、『3年でできる』と言ってのけたんだ。素晴らしいじゃないか」
「えぅ……れぇ……かぁ……」
「本当に凄いよ。まさしく、破格の功績だ。もちろん反帝国連合国の開発速度の方が早いが、耐えられない期間ではない。私の権力で、なんとかしてみせるから安心してくれ」
「……」
「ん? どうしたの? 返事は?」
「はっ……はいいい!」
「うん。頼んだよ」
そう言い残して、ボォイ大臣は、颯爽と部屋を出ていく。
「……」
・・・
「あんどろおおおひぃーーーーーーーーっ!」
前髪の塊をブルンブルンと振るわせ、リィゼン長官は絶叫しながら部屋を出る。
「んマズイ……んんマズイマズイ……んんんマズイマズイマズイ……んんんんマズイマズイマズイマズイ……んんんんんマズイマズイマズイマズイマズイぃん!」
リィゼン長官は、廊下を早歩きしながら連呼する。
すでに、ボォイ大臣も疑い始めている……そして、いつでも切り捨てられるように、着々と隠蔽の準備を始めるだろう。議事録の改竄、関係者への根回しと調整。
あの男は、脱兎の如く、逃げ切ろうとするだろう。
「な、ななななななんとかっ! な、なななんとか……とかっ……かっかっかっかっ……すぅーーーーーー……」
えっ……でも、どうすればいい? 今の状態では、3年どころか、30年は不可能。前のチームは、全員が行方不明。今のチームは無能。魔杖
えっ? どうすんの?
「どうすんの? どうすんの? どうすんの? どうすんの? どうすんの? どうすんの? どうすんの? どうすんの? どうすんの? どうすんの? どうすんの? どうすんの? どうすんの? どうすんの? どうすんの? どうすんの? どうすんの? どうすんの? どうすんの? どうすんの? どうすんの? どうすんの? どうすんの? どうすんの? どうすんの? どうすんの? どうすんの? どうすんの? どうすんの? どうすんの? どうすんの? どうすんの? どうすんの? どうすんの? どうすんの? どうすんの? どうすんの? どうすんの? どうすんの? どうすんの? どうすんの? どうすんの? どうすんの? どうすんの? どうすんの? どうすんの? どうすんの? どうすんの? どうすんの? どうすんの? どうすんの? どうすんの? どうすんの? どうすんの? どええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええっ!?」
心の乱れを吐き出すように絶叫する。叫ばないと、どうにかなりそうだった。気が狂いそうだった。
だが、それで解決策が導かれると言えば、そうではない。
そんな中。
トントン。
「うるさい、今、忙しーー」
「へーゼン=ハイムです。入っても?」
「……っ」
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