死闘(4)


「……っん」


 慌ててヤンは、『ギザールさん』という言葉を飲み込む。


 雷鳴将軍ギザール。元々は、ディオルド公国の将軍だったが、ヘーゼンとの対決に敗れて従属契約を結んだ。


 その後、ノクタール国の大将軍となったが、任期満了でヘーゼンの裏方として暗躍していた(ブラック)。


「ぐっ……何者だ?」


 身動きの取れないカエサル伯が尋ねる。どうやら、ギザールとは闘ったことがないらしい。


「通りすがりの放浪者だよ」

「……なぜ、通りすがりの放浪者が邪魔をする」

「愚問だな。女子どもが、魔獣に襲われていたら、普通は助けるものだろう?」


 ギザールはニヤリと不敵な笑みを浮かべる。


「……そうか、それが貴様の死ぬ理由か。獣化ーー玄武げんぶ


 カエサル伯は、再び形態を変えて、漆黒の甲羅を纏った姿へと変身する。そして、蛇の顔をした尻尾を振り回し、五星ノ爪ごぜいのつめの雷属性魔法を弾く。


「おいおい、一瞬かよ。化け物すぎて引くな」

「獣化ーー蒼ノ狼あおのおおかみ


 魔法を弾いたカエサル伯は、再び変身し高速の速さで、鋭い爪で高速の斬撃を繰り出す。


 だが。


「……っ」


 電光石火。


 そこには、すでにギザールの姿はなかった。瞬時にカエサル伯の背中へと出現し、高速の抜刀を繰り出す


 雷切孔雀らいきりくじゃく


 雷の速度で瞬時に移動する業物の魔杖である。


「がっ……」


 蒼ノ狼あおのおおかみは、その斬撃を後頭部に喰らってよろける。


「……斬れないか。その形態でも硬質度は異次元。ますます、化け物だ」

「くっ……うおおおおおおっ」


 カエサル伯が爪で反撃するが、すでにギザールは姿を消して、ヤンの近くへと姿を現す。


「……っ」


 強い。


 地味な裏方で酷使されるだけの人かと思っていたが、四伯の攻撃を悠々と躱し、互角以上に渡り合っている。


「ホラ、早く逃げろ」


 ギザールは、北を指差す。


「きょ、共闘しないんですか?」

「勝てる訳ないだろう、あんな化け物に」

「……」


 確かに。とにかく、致命的な攻撃が刺さらないのが痛すぎる。ギザールは老獪な魔法使いだ。このままだとジリ貧で負けるという冷戦な判断を即座なのだろう。


「ほら、これ手紙だ」


 ギザールは数枚の羊皮紙をヤンに手渡す。


「ラージス伯の派遣は、なんとか阻止する。行き先は、大幅に変更する、だ……そうだ!」


 ギザールは、瞬時に追いついてきた狼の斬撃を雷切孔雀らいきりくじゃくで受け流す。彼は剣士としても超一流だ。


「で、でも匂いですぐに追いつかれて……」

「考えていないと思うか? あの男が」

「……なるほど。頼みます!」


 ヤンは即座に理解した。


 そもそも、ギザールが、ここに来るまでカエサル伯に気づかれなかった。その異常な嗅覚を無効化する術があるのだろう。


 すぐさま、雷帝ライエルドを召喚する。


「すいません、力借ります……うぷっ……」


 瞬間、せぐりくる強烈な頭痛とめまいと吐き気。ライエルドを操作しようとすると、その意識がリンクするからだろう。自分も病魔に冒されたような症状に陥る。


 確かに、この状態での魔法の多用は厳しい。


 雷獣らいじゅう


 ヤンは雷の化身となり即座にイルナスの下へと移動して、そのまま2人でギザールの指さした場所へと移動する。


「……うぷっ。こ、ここからは走りましょう」

「ヤン! だ、大丈夫か?」

「平気です」


 ヤンは完全強がりスマイルを浮かべる。2回使用しただけで、死ぬかと思った。


「……はぁ……はぁ……っ」


 だが、走った先に見たもので、そのダルさも吹き飛んだ。


「さすがはギザールさん……わかってる」


 そこにあったのは、竜騎だった。


 竜騎は、大陸の最北西に生息する魔獣である。大地を高速で移動する小型の竜で、その速度は馬の倍ほど。24時間休憩なしで走り、その跳躍力は十メートルを超える。


 そして、竜騎の鞍に2着の漆黒のローブが準備されていた。へーゼンはクラド地区の地下研究所で魔杖と魔道具の研究をしている。その発明品の一つなのだろう。


「さ、早くこれを着て乗ってください」

「わかった」


 素早くローブを着たイルナスを抱き抱えて、ヤンは竜騎に飛び乗り走り出した。


           *


「……くっ」


 その瞬間、カエサル伯の表情が変わった。この男は、ヤンとイルナスの姿が消えた時でさえ、落ち着いていた。


 だが、今は如実な動揺が見て取れる。


「匂いが消えた……だろ?」

「……っ」


 ギザールがその心情を読み取ったように、答える。


「クシャラ」

「……」


 呼ばれて茂みから姿を現したのは、漆黒のローブを纏ったスキンヘッドの青年だった。赤い瞳が特徴的で、至るところに刻まれた傷が、この男の狂気的暴力性を示していた。


 右手には漆黒の棒のような魔杖、左手には禍々しい鎌のような魔杖を持っている。


「……っ」


 カエサル伯の表情がどんどん険しくなっていく。


「魔杖の効果じゃないよ。その漆黒のローブは魔道具だ。魔力と匂いを消せるのさ」

「くっ……獣化ーー「させねえよ」

「がっ!?」


 ギザールは、雷切孔雀らいきりくじゃくで変身をしようとしていたカエサルに抜刀を喰らわせる。


「変身をする瞬間、あんた完全な無防備だぜ」

「くっ……では、貴様を殺して行くことにする」

「残念。俺は殺せないんだよ」

「……私が貴様に勝てないとでも思っているのか?」

「いや、そうじゃない。でも、、多分、あんたは愕然とするはずだよ?」


 そう言い放ち、ギザールは不敵な笑みを浮かべた。


           *


「大丈夫かな、あの男」

「ギリギリの戦いであることは間違いなさそうですね」


 ギザールは、へーゼンから多く学んでいる。自身の実力を冷静に見極め、長くは持たないと判断すれば、会話などを挟んで時間を稼いでくれるはずだ。


「これから、どこに向かうのだ?」

「スヴァン領のゼ・マン侯へ向かうのがダメになってしまいましたからね」


 はっきり言って、これが一番痛い。へーゼンが頼れる数少ない地方勢力だというのに。


 ヤンは小さく息を吐いて、イルナスに笑顔を向ける。


「帝国には、もう居場所はないです」

「そ、それって」

「ええ」




























「砂国ルバナに亡命します」 


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