エヴィルダース皇太子
*
その頃、エヴィルダース皇太子は、精力的に社交を行っていた。昼夜問わず、皇太子の邸宅に、各省庁の大臣・副大臣級を招き入れ、高級な酒を並べ、豪勢な料理に舌鼓を打つ。
1週間後に開催される任命式までに、なんとか、今の権勢を維持しなければいけない。
「コーカン大臣。いいか?
「は、はい」
「
エヴィルダースが睨みつけると、コーカン大臣は、恐怖でウィンウィンと身体を左右に震わせる。
「も、もちろんでございます。このコーカン=ガジョウブ、生涯の忠誠を尽くす所存でございますので、どうぞご安心いただければと」
「ははははっ! 相変わらず、頼もしいなそなたは。ところで、ロウエン領のクサノ郡なのだが、先日、郡守が死亡してな。誰か優秀な統治者に心当たりはないか?」
「そ、それでしたら我が8男のクレイマラなどどうでしょうか?」
「おお、そなたの息子であれば問題はないだろう。では、推薦をしておこう」
「ありがとうございます!」
「いや、礼はこちらが言うべきだろう? はははははははっ! それでは、楽しんでくれ」
白髪の老人の肩をバンバンと叩き、エヴィルダース皇太子は客室を後にする。
「女の準備は?」
「すべて整ってます」
筆頭秘書官のグラッセが返事をする。
「宴会後に、コーカン大臣の自宅に大金貨100枚ほどを贈っておけ」
「かしこまりました」
「しかし、出費がかさむな。それも、これも……全部あのカスゴミのせいだ」
今回の社交で要人に吐きだす土地・金額は、エヴィルダース皇太子の持っている財産から捻出する。おおよそ、前回の反帝国連合国戦で得た功績分のほぼ全てを使い切ってしまう形だ。
だが、他の皇子に乗り換えられる訳にはいかない。『自身の派閥が太る分には、問題がない』と自分に言い聞かせる。
帝国の根幹は、派閥政治である。皇帝となれば、権勢を振るうことができるが、自身の手足となる派閥の影響力を無視することはできない。
強力な派閥を持ち合わせなければ、皇太子と言えど、ただのお飾りに成り下がる。
任命式は、皇位継承順位が低い皇子から順番に呼ばれる。そして、その皇子の派閥に従う者は、その皇子の前に片膝をつく。
爵位が10位の
前回は、実に7割の者がエヴィルダース皇太子に従った。前よりも数が減れば、その権勢に衰えが出ると見られて、リアム皇子を担ぐデリクテール皇子陣営に人が流れかねない。
派閥の可視化は、次期真鍮の儀において皇位継承順位の参考になる。
「させん……絶対に、この座は譲らない」
まして、
「未だ見つからないのか、あのカスゴミは?」
「はい。申し訳ありませんが、行方が知れない状況で」
「くっ……」
あの後、アウラ秘書官が、ビシャス護衛士長とレザード副護衛士長の2人を告発したが、嫌疑が証明されていない。
帝都から姿が消えれば、見つけ出す難易度が急激に高くなる。
「なんとしても探し出せ! な・ん・と・し・て・も・だっ!」
「かしこまりました」
筆頭秘書官のグラッセはお辞儀をして、去って行く。
エヴィルダース皇太子が、数日に振りに自身の部屋に戻ると、執事が前に立っていた。
「ま、マリンフォーゼ様が部屋にいらっしゃってます」
「ああ、そうか。会おう」
エヴィルダース皇太子は、フッと表情を綻ばせる。目下、唯一の癒しは、あの美少女だけ。婚約者の身分であるので、今は、まだ初夜を共にはできない。だが、あの美貌は見るだけでいいリフレッシュになる。
ドアを開けて中に入ると、マリンフォーゼが座っていた。やはり、この美貌は目を惹く。さすがは、自分が選んだ女だと、エヴィルダース皇太子は足早に近づく。
「やあ。そなたは、相変わらず美しいな。今日は、来てくれて嬉しいよ」
「い、いえ……あの、お疲れではないですか? だ、大丈夫ですか?」
マリンフォーゼは、怪訝な眼差しを浮かべる。
「ん? 何がだ?」
「いえ……あの、少し表情がお疲れかと思いまして」
「そうか? っ!?」
エヴィルダース皇太子が鏡を見ると、目のクマが酷く、ゲンナリと痩せこけてになっていた。確かに、ここ数日は連日社交でロクに睡眠時間が確保できていなかった。
食事も喉に通らなかったので、まるで死の病にかかった患者のようだった。
こんな状態で、自分は社交を行なっていたのか。
ポタッポタッ……
「……っ」
いつの間にか、親指の爪が半分なくなっており、血が地面に滴っていた。気づかないうちに、爪を噛みきっていたらしい。
「な……なんで貴様らは言わない!?」
エヴィルダース皇太子は激昂して執事たちに叫ぶ。
「ひっ……申し訳ありません申し訳ありません申し訳ありません」
周囲の執事たちは、終始怯えた表情でひたすらに謝る。
「……っ」
なんだ、これはとエヴィルダース皇太子は、周囲を見渡す。なぜ、こんな体調で、誰も何も言わない。今まで、社交を行なってきた大臣たちも、一言もそんなことを言わなかった。なんでだ。
「あ、あの……エヴィルダース皇太子」
「っと。すまなかったな。そなたの言う通り、やはり、今日は体調がすぐれないようだ。また、今度、ゆっくりと会おうか」
「は、はい……では、失礼します」
困惑した表情のマリンフォーゼは、部屋を出て行く。彼女を見送った後、エヴィルダース皇太子は、ベッドに倒れ込むようにうつ伏せになる。
「少し寝る!」
「は、はい!」
「……いや、母上を呼べ」
「は、はい」
執事は、返事をして我先へと部屋を後にする。
とにかく、体調を回復させないと。ここまでゲンナリした顔を見せれば、この件で自分が参っているようではないか。
こんな些事は、なんでもない。
皇太子はそんな
とにかく眠って体調を回復させ、食事を取らなければ。
「……」
エヴィルダースが目を瞑ると、イルナスの顔が出てくる。玉座に座りながら、邪悪な笑みで見下ろしてくるイルナスの顔が。
「……がぁ!」
瞬間、起き上がり、魔剣を振るい、その場にあるものを全てズタズタにする。
「……はぁ……はぁ……はぁ」
息を切らしながら、エヴィルダースが立ち尽くしていると、皇后のセナプスが部屋に入ってきた。彼女は、部屋の様子、そして、エヴィルダース皇太子の表情を見て狼狽える。
「え、エヴィルダース。こ、これは」
「……うぐっ」
はっ
は
は
う
え。
「……は、ははうえぇえええええええええ!?」
「はうえははうえははうえははうえははうえははうえははうえははうえははうえははうえははうえははうえははうえははうえははうえははうえははうえははうえははうえははうえははうえはははうえははうえははうえははうえははうえははうえははうえははうえははうえははうえははうえははうえははうえははうえははうえははうえははうえははうえははうえははうえははうえははうえははうえははうえははうえははうえははうえははうえははうえははうえははうえははうえははうえうええええええええええええええええええええええええええええええええっ!」
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