死闘(3)


 


 渾身の一撃。


 救国の英雄グライド将軍と、雷帝ライエルドの全力の攻撃。


 それを、第3の形態によって完全に受け切られてしまった。その黒曜石のような甲羅は、降り注ぐ雷をものともせず、氷竜が衝突してもビクともしない。


 絶対防御。


「はぁ……はぁ……はぁ……」


 あまりにも、強すぎる。


 これが……四伯。


「くっ……追撃追撃追撃追撃ぃーーー!」


 最近の若者に、コンコンと絶え間ない説教をするように、グライド将軍が火炎槍かえんそう氷絶ノ剣ひょうぜつのつるぎで、間髪入れずに攻撃をするが、一向に効いている様子がない。


「……っ」


 ダメだこのままじゃ負ける。


 ヤンは、ライエルドの方を見つめる。


「ゴホッ……ゴホッ……ガフッ……ゴフッ……ガブえオロロロロロロっロロっ!」

「虚弱過ぎて内臓でてきた!?」


 使えない通り越して死にそう。ライエルドも、既に限界が近い。


 一方で。


「追撃追撃追撃……はぁ……はぁ……ふぅ」

「……」

「……」

「あきらめ早っ!?」


 体力が切れたのか、老害が『いい汗かいた』みたいな感じで、小休止入れている。


 あの、圧倒的な継戦能力を誇った救国の英雄が、今は見る影もない。実に3日以上も、壮絶な死闘を繰り広げたグライド将軍は幻覚だったのかと思わせられるほどの耄碌っり。


 まあ、残り滓だから仕方がないが。


 攻撃が止むと、カエサル伯は再び形態を変えて変身をする。


「獣化ーー蒼ノ狼あおのおおかみ

「……っ」


 ダメだ、この能力はチート過ぎる。あと、何形態あるのかわからないが、まったくと言っていいほど勝てるビジョンが見当たらない。


 獣化したカエサル伯は、ゆっくりと歩を進めながらヤンに話しかける。


「小娘……そろそろ力の差がわかったか? いい加減あきらめて先ほどの発言を取り消せば、許してやらないでもないぞ」

「……」


 ヤンは、脳内を高速に回転させて打開策を練る。


 雷獣らいじゅうで逃げる→多用できないので捕まる。

 このまま闘い続ける→ぶっ殺される。


「……っ」


 やはり、手がない。


 追い詰められ追い詰められ……ここぞとばかりに、ヤンは胸の中心部をギュッと掴む。


 唯一、方法があるとすれば、螺旋ノ理らせんのことわり。ヤンの体内にある真なることわりの魔杖は、ヘーゼン曰く『所有者の望みを具現化する』魔杖。


 正直、老害と虚弱ジジイが具現化しただけなので、信憑性は乏しいが。


螺旋ノ理らせんのことわり

「……」


 ヤンがそうつぶやくと、こちらへ歩いてくる蒼ノ狼あおのおおかみの足が止まる。やはり、最古と呼ばれる真なることわりの魔杖は、警戒しているらしい。


 たが、策はない。


 考えてみれば、絶対絶命のピンチの時に、この魔杖は反応していた気がする。


 今がその時だ。


「……」

「……」


          ・・・


 ガッビーン。


 全然、反応しない。なんなら、ピクリとも動かない。嘘でしょ、なんで。今が、その時じゃないか。なんなら、今しかない。


 今でしょ!?


「……時間切れだな」

「いやっ……ちょ待っ……ちょ待っ……」


 ヤンが、どうにか言葉を続けようとする。だが、万策が尽きたとはこのことで、いい方法が思い浮かばない。


「終わりだ!」


           *


「何をウロウロしているんだ?」


 馬車の中でへーゼンは、カク・ズに尋ねる。


「う゛ー……ヤンのことだよ! 心配じゃないの?」

「一ミリも心配してないな」

「……っ」


 圧倒的な断言に、心優しい巨漢は恐れ慄く。


「だ、だって! カエサル伯が追っているんだよ!?」

「……らしいな」


 デリクテール陣営から、彼の行方が消えたと報告された。こちらの予想よりも、遥かに早い。不測の事態などが重なって、脱出に手間取れば、捕まる可能性は高い。


「まったく……アウラ秘書官も厄介だが、モルドド秘書官も強敵だよ。即座に、絶妙に、こちらが嫌な一手を指してくる」

「カエサル伯は強いよ。当たり前だけど」

「だろうな」


 カク・ズは、以前、カエサル伯と共闘をしたことがある。だからこそ、現状のヤンと彼の差が如実に見えてしまうのだろう。


「仕方ない。こちらは、ラージス伯の動向を遅らせるのに、精一杯だった」


 遠隔からできるのは、せいぜいそのくらいだと、ヘーゼンはキッパリと割り切る。四伯のうちの2人から同時に追われれば、もう助かる目はない。


「……ヘーゼンは、ヤンで勝てると見てるの?」

「それはない」


 黒髪の青年は、キッパリと答える。ヤンの戦闘力を冷静に分析して、どんな奇跡が起きようと勝つことは愚か、逃げ切ることも不可能だ。


 


「だからこそ、ヤツを派遣した」

「誰のこと? バーシア女王は、もちろん無理だろうし。バレリア先生とか」

「いや、彼女は、公然と僕と繋がっていることがバレている。今のタイミングでいなくなれば、天空宮殿から追及される」

「なら、ラシードさんだ。あの人なら四伯とも互角に渡り合える」

「いや……あの男は行方不明だ」

「……っ」


 ヤンが学院に去った後、気がついたらいなくなっていた。それから、必死に探したが、今もなお行方を見つけられずにいる。


「思い当たらないな。他に大陸トップ級と渡り合える戦力で、アテにできる人なんてーー」


 その時、カク・ズがハッとする。


「多分、君の思い浮かべている人だよ」


 へーゼンは、淡々とつぶやいた。


            *


「ぐっ……があっ……」


 ヤンが死を覚悟したその時、目の前でカエサル伯の動きが止まる。


「……っ」


 いつのまにか、地面には他に4本……彼を中心として五芒星を描くように突き刺さっていた。そこから乱れ飛ぶが、カエサル伯の動きを止めていた。



































「よお、危機一髪だったな」

「……っ」


 ヤンの目の前に現れたのは、ノクタール国の大将軍ギザールだった。


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