ラージス伯(2)


「そ、それで、なんの用事なんですか?」


 世間話、雑談を早々にあきらめ、ラージス伯は、早速、本題を切り出す。


「実は、イルナス皇子が誘拐されたようで、ぜひ、捜索に向かって欲しいなと思っていたのです」

「「……っ」」


 へーゼン=ハイムが先んじて答えた瞬間、残りの2人が殺気を込めて睨みつける。


 なんだ……なんなんだいったい。


 だが、ラージス伯は、ラージス伯で、そのことには少なからず驚いた。


 まさか、帝国の皇族が誘拐されるとは。未曾有の事態であると言っていい。


「そ、それは大変なことが起きましたな。しかし、私は武官でありますから、護衛省経由で、犬狢ケバク蛇封ダオフォン古虎ジェガンなどの暗部を派遣した方がいいのでは?」


 ラージス伯自身、地味な諜報・捜査活動なども得意ではある。実際に、その経験も豊富だ。だが、暗部が保有する情報網の方が、遥かに広範囲で精密だ。


 彼らならば、早々に犯人に辿り着くだろう。


「どうやら護衛省は、、暗部を動かす気はないようで」

「……」


 その点が理解できない。皇族が誘拐されたと判明すれば、即刻、派遣されてもおかしくはない。


「……」


 いや、ビシャス護衛士長ならば、超権力者の犯行でない裏付けを取ってからか。


 だが、皇帝の寵愛を受けている側室ヴァナルナースが溺愛するイルナス皇子だが、皇位継承順位は最下位。


 超権力者の関与の可能性は低いと思うが。


 そんな考察を巡らせているラージス伯を尻目に、アウラ秘書官が、刺々しい言葉をへーゼンに吐く。


「よくも、まあ、いけしゃあしゃあと」

「なんのことでしょうか?」

「今、ビシャス護衛士長とレザード副士長を尋問している。彼らに犬狢ケバク蛇封ダオフォン古虎ジェガンの派遣を取りやめさせた者がいるのでな」

「手がかりが見つかるといいですけどね。もしくは、犯人の証拠が出てくることを切に願ってますよ」

「……」

「……」


 めちゃくちゃド派手な視線の火花を散らしてるー。


「聞くところによると、ヤン=リンも行方不明らしいな」

「行方不明と言うか、私がいち早く気づき、あの子に捜索に向かわせましたからね。天空宮殿の手続きは、時間が掛かりますから」

「……なるほど、そういう筋書きか」


 忌々しげに、モルドド秘書官がつぶやく。


「筋書きもなにも、私はイルナス皇子殿下の派閥筆頭ですから。当然のことをしたまでです」

「悔しいが、よくできた台本だな。ラージス伯、こういう男です。底知れない謀略で、我々の先手を常に取り続けてきます」

「……」

「……」


 めちゃくちゃ笑顔で、牽制し合ってるー。


「ラージス伯、どう思います?」

「……っ」


 話、振られても凄く困るー。


 そもそも、ラージス伯が派閥に属していないのは、このような政争に巻き込まれないためということが多い。


「はっ……くっ……ははっ」


 今、まさに、最渦中に叩き込まれようとしているのだが。


「し、し、しかし、イルナス皇子殿下の派閥に入るとは、なかなか思い切った決断ですね」

「イルナス皇子殿下が皇太子に内定されましたからね」


 !?


「こっ……えっ、えええええ!?」


 ラージス伯が、派手な声を上げて、アウラ秘書官とモルドド秘書官を見ると、2人は苦々しげにへーゼンを睨んでいる。


「なんだ……知っているかと思いましたよ。皇位継承戦を優位に進めようと、公然と噂話を吹聴しようとする輩がいるもので」

「……」


 モルドド秘書官の握る拳が微妙に強くなる。なるほど、この男は、その情報を自分に流しにきたのか。


 確かに、エヴィルダース皇太子が、皇子に成り下がれば、相対的にデリクテール皇子派閥に靡く者も出てくるだろう。


「……っ」


 考えれば考えるほど、ここが皇位継承戦の最前線だ。


「聞きましたか? ラージス伯。イルナス皇子殿下が、次期皇太子になり、へーゼン=ハイムが派閥の筆頭に居座る。これは、非常に危険なことだ」


 アウラ秘書官が話を差し込む。


「そうですか? イルナス皇子殿下は、理知的で賢く、健気で純真でいらっしゃる。情緒不安定で短絡的、傲慢で世俗に薄汚れた俗物が皇太子になるよりはよほどマシだと思いますがね」

「くっ……私は、別にイルナス皇子殿下の資質には言及していない。へーゼン=ハイム、君の影響下にあることが危険だと言っている」

「危険性でいけば、私が言ったようなお人柄の方が暴君となることの方が帝国にとって大いに危険だと思いますがね」

「それは、誰のことを言っているのかな?」

「いえ、あくまで一般論を言っただけですよ」

「……」

「……」


 お互いに、怖すぎる笑顔を、振る舞っているー。


「その点でいけば、両方とも危険と言わざるを得ませんね。ラージス伯、デリクテール皇子のお人柄は言うまでもなく、家臣一同、真なる忠誠をあの方に捧げております」

「「……」」


 モルドド秘書官がそう答えた瞬間、残りの2人が笑顔で彼を睨みつける。


「……っ」


 よそでやって欲しい、とラージス伯は思った。


 なんだ、この状況は。互いが互いを牽制し合っていて、ここで殺し合いが起きそうなほど静かなる殺気をぶつけ合っている。


 そんな中、アウラ秘書官が率直な物言いで話し始める。


共通認識をしているように、へーゼン=ハイムは危険ですよ」

「ほぉ……そんな話を、ラージス伯としてらっしゃったのですか」

「……っ」


 巻き込まれちゃった。さっきから面と向かって、『へーゼン=ハイムが危ない』という話をしてるって、目下、絶賛、危ない男にギロリと目をつけられちゃった。


「はっはっはっ。私から言わせれば、アウラ秘書官も、非常に危ないですよ。エヴィルダース皇太子の右腕として辣腕を振るっていらっしゃるのだから」

「いや、モルドド秘書官も十分に抜け目がないと思いますよ。まさか、リアナ皇子の後見人としてデリクテール皇子を据えるとは。あなたの差金ですよね?」

「……なんのことでしょうか?」

「非常に強引で大胆な手ですな。でなければ、リアナ王子の皇位継承順位がデリクテール皇子を抜くはずがない。実直で品方公正なカエサル伯らの腹臣では考えもつかない手だ。やはり、我々の派閥の方が、あなたの水にはあっているのでは?」

「……」

「……」


 モルドド秘書官が、アウラ秘書官に笑顔を向ける。


「……っ」


 猛烈に居づらい。なんだか、3人がめちゃくちゃ牽制し合って、裏で攻防しまくっている。


「話を元に戻しましょうか? イルナス皇子の誘拐について、ぜひ、捜索をお願いしたいんです」

「へーゼン=ハイム。なぜ、君が格上のラージス伯に捜索を依頼するのだ? そんな権限はないはずだが」

「イルナス次期皇太子の、あくまで個人的なお願いになります」

「そこまで、個人的な繋がりが君たちにあるとは思えないが」

「……」


 その通りだ。まあ、公然と否定するほどムキになることではないが、ヘーゼン=ハイムと会話をした記憶もない。


「ありますよ。ヤン=リンを通じて、ベルベッド様と仲良くさせていただいてます」


 !?


 ラージス伯は、後ろで派手にガビーンとした表情を浮かべている副官を見る。


「ベルベッド……まさか、君……」

「は、はわわわっ!? ごめんなさい! ヤンちゃんと、親友になっちゃいました!」

「……っ」


 公然と否定し損なったが故に、公然と肯定されかけている。


 と言うか、いつの間にか、親友にまで昇華している。


「くっ……アウラ秘書官、モルドド秘書官。誤解しないで欲しい。彼女たちは、もう親友の間柄かもしれないが、実際はーー」

「お互いに、命を掛け合う、親友ですごめんなさい」

「黙ってなさい! 私とへーゼン=ハイムの間柄は、そこまで……と言うか、全然親密じゃないんだ」

「そう言うしかないでしょうね。ラージス伯としては」

「……っ」


 性格最悪。


 うっかりしていた。なんか、最近、ベルベッドの『友達ができたんですー』なる派手で大袈裟な世間話を受け流していたが、まさか、脇から固めてくるとは。


 いつの間にか、謀略の渦中に。


「……としても、エヴィルダース皇太子、直々の勅命の方が動きやすいでしょう?」

「なぜ、エヴィルダース皇太子がイルナス皇子殿下の捜索をされるんですか? あまりにも露骨過ぎるでしょう」

「君と同じことを依頼しているだけだ。公式にな」

「それならば、デリクテール皇子からの依頼であった方が、まだ、ヘーゼンも納得するのでは?」

「いーえ。全然、納得しませんね。お二人とも、皇位継承戦の利害に大きく関係するので、ここは退いて頂かないと」


           ・・・


「……っ」






















 少し考えさせてくれ、とラージス伯は答えた。

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