ラージス伯(1)


           *


 陽の光が目に差し込み、ラージス=リグラ伯は、毛布を頭まで被った。帝国最強と謳われる四伯の一角を担う男の生活は、非常に地味なものだった。


「……」


 最近は、身体が億劫で、朝はなかなか動けない。40代で魔法使いとしてはピークの状態なのだが、面倒臭いものは面倒臭い。


「……うううっ」


 こんなことではダメだと昨日までは思っていた。いつまでも、こんな地味な生活を送っていたら、あっという間に若かりし思い出が失われてしまう。


 外に出よう。


 派手めなリア充貴族のように、外に出て帝都繁華街でもブラついて、お洒落なレストランで歓談をとも考えた。


 四伯にしては、凄く地味。それが、世間一般のラージス伯の評価だ。せっかく、この地位まで登り詰めたのだから、何事も派手に生きたい。


          ・・・


 それから、30分後。


「……ふぅ。明日、行くか」


 この時点では、すでに行く気が失せて、ベッドから寝転がったまま、昨日まで読んでいた書物を手に取る。


 そうして、地味に1日が終わっていくのが、彼の日常だった。


 そんな中。


「お、お、おはようございます! 大変です大変です大変です!」


 入ってきたのは、副官のベルベッド。芦毛パーマが特徴的な派手な美女である。いつも通り、派手に、仰々しく騒ぎ立てるが、実際に大した用事であることは少ない。


「どうしたんだ?」

「来客が」

「……誰とも予約はしていないはずだけどね」


 四伯ともなると、事前予約なしの来客も少なくなるものだ。恐らく、火急の用事か、相当な無礼者かどちらかだろう。


「それが、へーゼン=ハイム様がいらっしゃってます」

「……」


 判断に困るところだ。相当な変人であることは聞いている。弟子のヤン=リンも規格外の変人だったが、それすら遥かに超えていると天空宮殿での噂が絶えない男だ。


 アウラ秘書官からは、相当に危険な男だとも。


「何の用事だろうか……すぐに行くから、待合室で待たせてくれ」


 そう言いながら、ラージス伯は、ベッドから起きて着替えを始めた。


「……不思議と仕事だと、着替える気が起きるんだよなぁ」


 と地味な感想をつぶやいていると、またしても、『ドンドンドン!』と今度は強めのノックが響く。


「あ、ああああの!?」


 副官のベルベッドが、取り乱した様子で、派手に大袈裟な声で喚く。


「なんだ? まだ、着替えが終わっていないんだが」


 まさか、この邸宅を襲撃したのではないだろうな、と、地味につまらない冗談ジョークを思い浮かべながら尋ねる。


「も、も、モルドド秘書官がいらっしゃいました」

「……確か、デリクテール皇子の秘書官だったな」


 話は聞いている。天空宮殿に呼ばれ、俄かに派閥が活気づいたのは彼の手腕だと評判だ。へーゼン=ハイムに、デリクテール皇子派閥の有能秘書官……何やらキナ臭くなってきた。


「わかった。へーゼン=ハイムと同じ待合室で待たせてくれ」

「お、同じ部屋でいいんですか?」

「予約なしに来たのは、彼らだ。嫌なら、帰ってもらえ」


 四伯という地位は、軍官の最高峰だ。皇族でもない限りは、多少の無礼は許されるところが地味に楽だ。


「わ、わ、わかりましたぁ」


 自信なさ気に答えて、パタパタと去っていくベルベッドだったが、数分後に、またパタパタした派手な音が帰ってきた。


 ガクガクガクガク。


「……」


 ドアノブが動揺で揺れている。何をするにしても、忙しなく、派手で、大袈裟なベルベッドが、これみよがしに動揺を表していた。


「あ、あ、あ、ああああああああんののののの」

「落ち着け。今度は、なんだ?」

「あ、あああアウラ秘書官が、い、い、いらっしゃってますぅ!」


 !?


「なんで!?」


 ラージス伯が、珍しく派手に驚く。エヴィルダース皇太子の秘書官であり、派閥のNo.2がこのタイミングで、予約アポなしで訪問。しかも、前の2人とほぼ同じタイミングで。


 絶対に、何かが起きた。と言うか、起きている。


「わ、わ、わからないんですけど、へーゼン=ハイム様とモルドド秘書官が同席しているって言ったら、『では、私も待たせてもらう』と言ってほぼ強引に同席してます」

「……っ」


 間違いなく、全員が同じ案件で、ここに来たのだ。


 なんか、凄く、会いたくない。


「……今から、断れないかな?」

「い、い、嫌ですよ! めちゃくちゃ笑顔で牽制しまくってて、とてもじゃないですが、言える雰囲気じゃないです」

「はぁ……仕方ない、会うか」


 ラージス伯は、覚悟を決めて待合室へと向かった。


「すいませんね、同席での会談で。このあと、予定があるものですから」


 部屋に入るや否や、彼らの前に座る。3人が3人とも、ただならぬオーラを発している……気がする。


「いえ。こちらこそ、突然の訪問で申し訳ありません」

「私も、無礼かとは思ったのですが、何分、火急の用件でして」

「本当に、ラージス伯が天空宮殿にいてくれて助かりました」

「……っ」


 怖っ。3人とも、満面の笑顔が怖過ぎる。確かに、こんな殺伐とした雰囲気を出されたら、ビビリで派手なベルベッドでは、言い出せないだろう。


 ラージス伯は、地味に雰囲気を温和にしようと、軽い世間話を試みる。


「モルドド秘書官とへーゼン殿は、面識はありましたかな?」

「ええ、当時はドクトリン領で、上官と部下の関係でした」


 へーゼンが笑顔で答える。


「ああ、道理でマラサイ少将との距離感が近かったんですか」


 ピリッ。


「……っ」


 そう話した瞬間、ますます殺伐とした空気感が流れる。軽い世間話のつもりだったのに、なぜ、こんなことに。


「はっ、ははははは。うん……いや、しかし、上官と部下とは数奇な巡り合わせだな。君たちほど優秀な人材であったら、さぞや息があったコンビだったのだろう?」

「ええ。ニコニコと善人面をしながら、腹黒い謀略が得意な上官には凄く助けて頂きました」


 へーゼンが笑顔で口にする。


「君は、異常なほど仕事ができるだけの、性格最悪の部下だったな」


 モルドド秘書官もまた、笑顔で口にする。


「褒めてますよ?」

「私もだよ」

「……」

「……」


 へーゼンとモルドドは、互いに笑顔を向け合う。 


 ダメだ、この2人はとラージス伯は、視線をアウラ秘書官に負ける。


「あ、アウラ秘書官とモルドド秘書官は初対面かな?」

「いえ。熱心に勧誘したのですが、断られまして」


 アウラ秘書官が笑顔で口にする。


「私のような非才を買っていただけて、本当に嬉しい限りです」


 モルドド秘書官も笑顔で口にする。


 この2人の仲は、そこまで拗れてもいないようだ。いや、互いに思うところもあるだろうが、まあ、大人の対応だなと、ラージス伯はホッと胸を撫で下ろす。


「今からでも、遅くはないよ。君ならば、それ相応のポストを用意する」

「アウラ秘書官。デリクテール皇子の派閥から引き抜こうなんて、意地が悪いですな。あまり、モルドド秘書官を困らせない方がいいのでは?」

「いえ。私は非常に光栄なお話でーー」

「そんな訳ないじゃないですか。お上品でお綺麗な水が合うのに、ドブ水をすすれないでしょう?」


 !?


「……それは、どういう意味かな? へーゼン=ハイム」

「それなりのポストと言っても、エヴィルダース皇太子の派閥は古参が多いですからね。『だいぶ、下からのスタートになり大変ではないか』と推測しただけです」

「私は別の意味に聞こえたな」

「私もだな」

「解釈はお任せします」

「……」

「……」

「……」


 へーゼンの差し込みに、アウラ秘書官とモルドド秘書官が殺伐とした笑顔を向ける。




























「……派手だな」

「地味に訳わからない感想過ぎる!?」


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