油断
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話は10年前に遡る。事の発端は、当時の皇太子ユルゲルの死亡事件だった。捜査当初、皇太子の突然死に、不審な点が見られたと言う報告があった。
だが、結果として、
当時のゲルググは若かった。彼は、
その娘の名は、執事のレナセ=ツァリンと言った。
怯える彼女になんとか証言を引き出そうと、ゲルググは親身になってレナセを説得した。そんな日々が続くうちに、彼は彼女に想いを寄せるようになった。
彼は彼女に約束した。『たとえ、証言をしたとしても必ず自分が守って見せる』と。彼女はとうとう頷いた……ゲルググの求婚への答えとともに。この事件が終われば、天空宮殿を捨てて、静かに暮らそうと指切りをして。
結果として、レセナは死体となって発見された。
数日後、彼女は別の捜査班から自殺と断定され、事件は幕を閉じた。その後に、皇太子の座を射止めたのは、当時皇位継承権第三位のエヴィルダースだった。
その報告を聞いた翌日、ゲルググは、
*
*
*
「イルナス様、本当に信頼していいんですね?」
「ヤン、君は教えてくれたではないか。直感で見る目を磨けと」
「……」
黒髪の少女はフッと息を吐いて、ゲルググを解放した。『直感を磨けと』は言ったが、『直感を信じろ』とは言ってないのだが。イルナスは自分の意思を貫くために言葉遊びをしている。
しかし、もう、なにを忠告したとしてもイルナスが意見を変えることはないだろう。そうであれば、信じる方に賭けるしかない。
魔法を解かれたゲルググは、数回肩を動かして、ヤンを鋭い瞳で見据える。
「一度、天空宮殿に戻ろう。君たちは行方不明だと言っておく」
「……バガ・ドさんはどうします?」
「今は寝かせておいてくれ。このまま、伏せておいた方が何かと便利かもしれない。名誉のために言っておくが、悪い人じゃない」
ただバカなだけだ、とゲルググの心の声が聞こえるような気がした。恐らく、部下を信じ正義を重んじるいい上司なのだろう。
ただ、味方にだけはしたくない。できれば敵としてゲルググが手綱を引いていて欲しいとヤンは思った。
「今後、君たちと連絡を取る方法は?」
「ここへ行ってください」
ヤンは地図を書き手渡した。事前に準備した極秘情報網の1つだ。仮にゲルググが裏切り漏洩しても、へーゼンならば、素早く対処してくれるはずだ。
「これからの君たちの行く先は?」
「スヴァン領のゼ・マン候を頼ろうかと考えてます」
「……いやにアッサリ答えるな」
「私はイルナス様の臣下ですから。この方が信じると言ったら信じるんです」
「……君も、イルナス皇太子殿下も、捜査士には向いてないな」
ゲルググは苦笑いを浮かべる。これで、味方は平民のバルカスと二人目……というのは都合が良すぎるだろうか。
我ながら甘すぎると思うが、重要なのはイルナスとの信頼関係だ。厳しくし過ぎたり、意見を全否定したり、軽んじたりするのは臣下としてはマイナスだ。
まあ、すべて、
ヤンとイルナスは彼らと別れて、馬に乗り出発した。
それから、半日ほどが経過して帝都からかなり離れてきた。ここからは、一気に警戒が薄くなる。まずは、危険な防衛ラインは突破したと思っていいだろう。
「ゲルググから馬をもらえたのは大きいですね。ここからスヴァン領までは、3日もあれば着きますよ」
「……ヤン、大丈夫か?」
イルナスの心配そうな声に、ヤンは笑顔で応えた。魔力も使ってしまったし、体力も限界ギリギリではあるが、こんなところで弱みは見せていられない。
ヤンは紙と方筆を取り出して、文字を書き始めた。やがて、丸筒に入れて空中に投げる。すると、クチバシの大きな白い鳥が丸筒を加えて東へ飛び去っていく。
「な、なんだアレは?」
「
魔力を込めた丸筒を、同じ魔力が籠もった指定場所へと持っていく鳥である。
「
現状、ヤンが直接交信できるのは、ヘーゼンとラスベル。2人の魔力を込めた石もあるため、逆に
「ふーん……あれが、
「……」
知らないか、とヤンは心の中でため息をつく。イルナスの世間知らずぶりに、かなり驚きつつも顔には出さない。呆れる素振りを見せると、心を閉ざされてしまうので禁物だ。
やはり、天空宮殿の邸宅で、ほとんど軟禁状態だったからだろう。精神年齢も、かなり幼く不安定だ。
「……」
まあ、超名門家の箱入り令嬢であっても、いざ野生に出れば強くなるものだ。何よりもあのへーゼン=ハイムが見込んだのだ。
イルナスに本物の強さがあるならば、時間が解決してくれるだろう。
「誰になにを書いたのだ?」
「
逆にヘーゼンが有用だと考えるのがゲルググだろう。優秀な捜査士は天空宮殿での情報収集に役立つ。敵となる可能性もなくはないが、その時はよろしくお願いします(抹殺しておいてね)と書いた。
しかし、今後、平民として生活をするこちら側には彼らの動向などまったく影響はない。それよりもバクセン。バクセンになんとか頑張ってもらって帝都の情報をいろいろと融通してもらいたいものだ。
「ヤンは……ゲルググのことをどう思った?」
「正直に言わせて頂くと、信用するのは危険かと思いました」
「……」
「しかし、話していくうちに信頼してもいいかとも思いました。まあ、それが優秀な捜査士だと言えばそれまでですが」
やはり、イルナス自身も不安なのだろう。しかし、正解がでるのは、もっと先だ。優秀な捜査士であればあるほど、裏切りはイルナスがよりゲルググを信頼した先に行われるだろう。
真っ直ぐな心を持ったこの童子には、あまり傷ついて欲しくないと思うのは、自分のワガママなのだろうかと、ヤンは大きくため息をついた。
「しかし、この先はもう大丈夫ですよ。帝都をかなり進んだので追ってもーー」
そう言いかけた時。
ゾクっと、ヤンは全身から鳥肌を覚える。
「どうした?」
「……っ」
一筋の汗を垂らして、ヤンは下を向く。
何か、強大な魔力の塊がこちらを追ってきている。
「馬を降りてください」
「て、敵か!? なら、馬を止めない方がーー」
「いや……この敵からは、逃げられません」
猛然と姿を現したのは
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