戦闘(3)


           *


「……」


 ゲルググは、ジッと観察をしていた。ローブで口元を覆ってはいるが、目元は明らかに笑っていた。


 まるで、強者を愉しむかのように。


 そんな彼女に対して、鋭い目の男はビシッと答える。


「君、ヤン=リンだろう?」

「ちっ、違います」

「嘘つけ」

「……っ」


 黒髪少女は、ガビーンとした瞳を浮かべる。まさか、本当にバレないとでも思ったのだろうか。


「ヘーゼン=ハイムの差し金だろう? 大人しくすれば、痛い思いはしない」

「ち、違うって言ってるじゃないですか!?」

「……」


 なるほど、断固認めないスタイルを取るらしい。態度はバレバレだが、言質は取らせないようにしている。


 ヘーゼン=ハイムが蓄音機なる魔道具を開発したせいだろう。もちろん、そんな物は持ち合わせていないが、あらゆる可能性に備えてと言う事だろう。


「ならば、引きずってでも連れて行く」


 ゲルググは、自身の魔杖を緻密に動かす。


 水鳥演舞すいちょうえんぶ


 遠隔攻撃、防御に強く、数種類もの魔技を放つことができる汎用性の高い魔杖だ。


 その魔杖の動きとともに、数百を越える鳥の形をした水の塊が出現し、ヤンたちに向かって襲いかかる。


「くっ……」


 対して。


 ヤンは、細長い木の枝のような魔杖で弧を描き、目の前に巨大な闇を創り出す。


 先ほどの静なる壁とは異なり、動なる壁。黒い渦の螺旋が常に蠢いており、水鳥たちを次々と弾き飛ばして行く。


「……」


 なるほど、風の属性を加えたことで、威力が十数倍に跳ね上がっている。


「よく似ている」


 ゲルググのそれと同じく汎用性のある魔杖だ。ヤン=リンの年齢は、確か17歳頃だったか。自身が学生だった頃と比べると、雲泥の差だ。


 紛れもなく、天才の類だ。


「……」


 隣を見ると、バガ・ドが参戦したそうにウズウズしていた。


「加勢してくれませんか?」

「な、何を言う! 1対1の正々堂々とした決闘に水を差す訳にはいかん!」

「……はぁ」


 ゲルググは深く深くため息をつく。こういう老人なのだ。無駄に正義感が強く、無駄に曲がった事が嫌いで、無駄に騎士道精神を貫く。


 だが、こうした青臭い正義が、ゲルググ自身嫌いではない。


「仕方ないな」


 そうつぶやいて、懐から剣の柄部分を取り出す。そして、それに魔力を込めると、たちどころに炎が刀身と化す。


 剛炎ノ剣ごうえんのつるぎ


 3等級の魔杖で、攻撃特化の業物だ。水属性の水鳥演舞すいちょうえんぶで守りながら、火属性の剛炎ノ剣ごうえんのつるぎで攻撃をする。


 これが、ゲルググの戦い方だ。


 一方で。


 ヤンは、ガビーンと、ドン引きしている。


「りょ、両手持ち!?」

「何を驚く? ヘーゼン=ハイムは、無数の魔杖を一度に操ると聞くぞ?」


 そう言い放ち、ゲルググはヤンの方へと走り出す。


「くっ……」


 ヤンは後ろに下がりながら、次々と風影を発生させて攻撃を繰り出す。


「甘い!」


 剛炎ノ剣ごうえんのつるぎで、いとも簡単にそれらを斬り霧散させる。威力は圧倒しているので、訳はない。


 そして、逃げて行くヤンに向かって数百の水鳥を反撃に繰り出す。少女は再び、目の前に闇の壁を造るが、水鳥は全方位で襲いかかる。


「くっ……」


 ザシュ。


 闇風の圧で吹き飛ばし損ねた一匹の水鳥が、ヤンの腕に掠めて、血飛沫が舞う。


「や、ヤン!? ヤン!」

「はぁ……はぁ……大丈夫……です」


 イルナス皇子が取り乱した様子で、何度も揺り動かすが、ヤンは額に汗をかきながらニコリと笑う。


 完全なる強がり笑顔だ。


 彼女は、魔杖を持っていない、包帯の巻かれた手のひらで腕を抑えるが、それは、すぐに真っ赤に染まる。


 浅い傷ではないことは、明白だった。


「くっ……」


 それから、ヤンは、魔杖の持ち手を変えた。恐らく、腕の傷が深くて握力がなくなっているのだろう。


 自身の優勢を確認したゲルググが動きを止めて、取り乱し、泣きそうになるイルナス皇子に視線を移す。


「やはり、共謀しておりましたか」


 恐らくだが、ヤン=リンは、皇子を守るために遣わされた護衛というところだろう。


「もうやめろ! 頼むから、やめてくれ!」


 イルナス皇子は、ヤンの前に立ち小さな両手を拡げる。


「申し訳ありませんが、そう言う訳にはいきませんな」


 ゲルググは淡々と答える。どんなに気が乗らなくても仕事は仕事。手心でも加えようものなら、自身の身の危険も危ない。


 そんな命懸けの博打を打つほど、仰ぎたくなる者もいない。


 イルナス皇子を避けるように、数百の水鳥を放つ。それらは、童皇子を素通りし、ヤンに向かって襲いかかる。


 黒髪少女は走りながらも、魔杖を動かし、次々とそれらを弾いていくが、一匹の水鳥がヤンの魔杖を弾いた。


「くっ……」


 ヤンは水鳥に手を弾かれて、手のひらに巻いてあった包帯とともに、魔杖を地面に落とす。すぐさま少女は魔杖を拾おうと、手のひらを伸ばす。


 だが、遅い。


 ゲルググは剛炎ノ剣ごうえんのつるぎで、ヤンの方へと走り出す。脳内の計算で、ヤンが魔杖を拾うまでに、斬れることを確信した。


「ひっ」


 黒髪少女は、魔杖を持つことをあきらめて、ゲルググの方を振り向く。その表情は明らかに怯えていた。


 勝った。


 そう思った瞬間。


 ゲルググの動きがピタリと停止する。


「がっ……」


 身動きが、取れない。すぐさま、ヤンを見ると、先ほどとは打って変わって安堵した表情に変わっている。


「くっ……」


 地面を見ると、ヤンの影がゲルググの影まで伸びていた。


「影で縛れる効果はあると思ってました。製作者が、すこぶる性悪なんで」

「……っ」


 いや、そこは織り込み済みだ。だからこそ、ヤンから魔杖が手から離れるまでは、接近戦を避けて遠隔で攻撃していたのだから。


「がっ……ぐっ……なんだ……動っけえええええええええん!?」


 叫び声が聞こえ、ゲルググが視線だけを動かすと、バガ・ドも同じように身動きが取れなくなっていた。こちらは、明らかな油断だが、同じように影で縛られている。


 完全に計算され尽くした行動だ。


「なぜだ……」


 ゲルググは思わず口にしていた。見ている光景が、あまりにも信じられない。ヤンの手には、魔杖が握られていない。


 だが。


 ヤンはニヤリと笑い、ゲルググから死角になっている包帯が巻いてあった手のひらを見せる。


「……っ」


 地面に落ちた魔杖の柄部分が、血に染まった包帯で繋がれている。


 




 


























「血で、魔力を結びました」

「……っ」


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