戦闘(2)


「イルナス様、操られているフリをして、くっついててください」


 ヤンは耳元で童子にささやき、立ち上がった。そして、自身の魔杖である牙影を構える。漆黒でしなやかな細長い杖に、敵の2人は目を見張った。


 珍しい魔杖なのが、少ないこちらの優位点である。


 牙影がえいは、ヘーゼン=ハイムが初めて造り出したとされる魔杖である。闇の力を司るそれは、汎用性のある魔杖ではなく、特注品だ。


 まず、魔杖の中でも異色だろう。


 バガ・ドの魔杖はとにかくでかい。巨大な丸太のようなもので、持っているだけで大変そうだ。


 ゲルググの魔杖は、ヤンの牙影よりはかなり長い。


「……」


 やはり、警戒すべきは、この男。雰囲気がただならないオーラを纏っている。近接系の能力も持ってそうだ。


 ヤンは、牙影がえいの先端を3度揺らして集中する。すると、闇の塊が3個、ヤンの周りに浮かびあがる。


「喰らえい、我が魔杖『砲臥竜ほうがりゅう』!」


 バガ・ドが叫びながら大炎を放つ。そのまま、ヤンに命中する矢先、影の3つが大炎を防ぐ。それは、たちまち空中で霧散する。ゲルググはその様子を不気味に眺めている。


「はぁ……はぁ……はぁ……」


 途端にヤンの全身から汗が噴き出る。


 この牙影がえい……猛烈に扱いづらい。


 そして、相手の魔杖『砲臥竜ほうがりゅう』も強い。威力は6等級……帝国の大尉級ぐらいだろうか。こっちは3つの影で相殺したが、威力は確実にあっちの方が上だ。


 そして、魔力の消費が半端じゃない。10等級の宝珠ぐらいの威力にも関わらず、その10倍ほどの魔力を吸い取られる。


 ……操作方法が違うのだろうか。


「なかなかやるな! 今度はこれはどうだ!?」


 次にバガ・ドが放ったのは、無数の炎。散弾状にヤンに向かって襲いかかってくが、彼女は牙影をクルリと一周高速に回す。すると、闇の壁ができて、すべての炎を弾いた。


 ヤンは思った。バガ・ドは、いちいち初心者に優しい。リアクションが大げさで、魔法を放つ前に言ってくれる。


 ヤンは、牙影を大きく上下に揺らす。すると、バガ・ドに向かって黒い刃が放たれる。突然の攻撃で面を喰らったのか、老人は砲臥竜ほうがりゅうを大袈裟に振り、巨大な炎で相殺した。


 なるほど。小さく揺らすと闇が貯まり、空間を描くと、壁になる。大きく揺らすと刃状に放たれるのか。戦術の柔軟性は多分にある。


 スーのようなタイプが好みそうな魔杖だ。


 要領はわかってきたが、元々、闇属性の魔杖持ちは少ない。ヤン自身もヘーゼンには教えられたが、闇属性の魔杖は元々得意でもない。


「……」


 注視しなければいけないのは、ゲルググの動向である。


 さっきから、バガ・ドとヤンの戦いを見ながら一歩も動いてこない。先ほどの身のこなしや、素早い判断力から戦闘に自信がないようには見えない。


 ヤンは、牙影がえいを何度も何度も小さく揺らす。


 3……8……16……よし!


 大きく上下に牙影を動かした。すると、無数の闇が刃状となってバガ・ドに襲いかかる。


「ぐわあああああああああっ!」


 叫び声をあげた老人の前に、ゲルググが立ちはだかり、魔杖を地面に置く。すると、巨大な水柱が発生して闇の刃をすべて飲み込んだ。


「……そんなものか。だいたい掴めた」


 ゲルググは、静かな声で答えた。ヤンは彼の魔杖を見ながら、警戒レベルをますます上げる。


 水属性の防御系魔杖……こちらの宝珠4等級と言うところだろうか。


 ヤッバイ。


 この扱いづらい魔杖で長期戦に入れば、絶対に負ける。


 そもそも、なぜあのスーはこんな扱いづらい魔杖を渡してきたんだとヤンは激しく恨む。しかも、10等級という最下級の魔法使いが操るような低品質の魔杖だ。


 考えれば考えるほど、『なんか他にあったでしょうよ』と思わざるを得ない。


 このままじゃ駄目だ。


 ヤンは、別のアプローチで魔力を注ぎ始める。今度は、ただの魔力ではなく、自身の得意な風属性を込めて牙影を小さく揺らす。


 すると、無数の闇が今度は激しく動き出す。まるで暴風のように、乱雑な動きをするそれは、ヤンの周囲で激しく舞った。


「な、なんだそれは……」


 バガ・ドの問いに対して、ヤンは不適な笑みで返す。とてもじゃないが、『わかりません』と言える雰囲気ではないし、そもそも声ばれする危険もある。


 複属性にしたことで、何らかの作用が起こっているのは間違いないようだが。


 ヤンはそのまま牙影を上下に大きく動かす。すると、不規則な動きをした闇が暴れるように固まって、細い渦状の形態となって襲いかかる。


「くっ……なめるな―――――」


 バガ・ドが砲臥竜ほうがりゅうを構えて炎竜を発生させ、闇に向かってその口を開けるが、それは、竜の腹を食い破るように霧散させた。


「嘘……なんで!?」


 10等級のはずだが、凄まじい威力が魔杖に乗った。ヤンは、じっくりと内蔵されている宝珠を見つめる。


「あんのイジワルすー……」


 質のいい宝珠に変えられている。威力からすると、5等級ほどものだ。


『その程度、言わなくても気づくだろう。注意力が散漫だから死を招くのだ』


 間違いない。絶対に、そんなことを言ってくる。


「くっ……」


 そして。


 そんなことになった日には、死ぬに死ねない。


 とは言え、やり手の敵の魔杖は4特級。上位の業物で、1等級の違いは辛い。


『僕は9等級の魔杖で雷鳴将軍ギザールに勝った』

「……っ」


 うるさいな、勝てばいいんでしょ? どうせ、すーは、卑怯で、用意周到で、準備万端でったんでしょうけど。

 

 絶対絶命。


 魔杖は不安定で、使いづらい。


 敵は一流。





 

 


 




















 そんな緊張の最中で、黒髪の少女は、不敵に笑った。



【あとがき】

こんにちは! 花音小坂です。いつも、ギフト、応援、ご指摘、レビュー、コメント本当にありがとうございます。返信できない代わりに、この場でお礼を言わせてください!


 さて、こんな緊張感のある場面で申し訳ありませんが、毎回恒例の宣伝でございます。本日7月4日に、ヤングエースUPにてコミック最新話がアップされます!


 とうとう、戦闘開始です! オブチシュン先生は、戦闘シーンの迫力がもの凄いです(作者は描写自信なし)! ぜひぜひ、ぜひぜひぜひぜひ作者のモチベ向上にご協力お願いします!


 ぜひ応援ボタンを押して頂ければ作者歓喜でございます。ポチッとな。


 今後とも何卒よろしくお願いします。

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