モルドド秘書官


           *


 ミクシリアン皇子と部屋で会談を行った後、デリクール皇子とモルドド秘書官、カエサル伯は、彼の邸宅を後にする。


「中々会えずに、本当に申し訳なかったですねぇん。どうしても外せない用事がありましてぇん」

「いや。では、次の任命式で会おう」

「はぃん」


 脂汗だっくだくの中年巨漢皇子は、満面の笑みでお辞儀をする。


 邸宅を出た後、エヴィルダース皇太子の邸宅へと馬で向かう。各々の調査結果の共有のためだ。本当は、その足でイルナス皇子の邸宅へ向かいたいところだが、エヴィルダース皇太子の気性も考えて、一度、戻ることにした。


「……彼ではないな」


 道中、デリクテール皇子がつぶやいた。


「ええ」


 モルドド秘書官も迷わず同意する。ミクリシアン皇子が内定順位を明かすことはなかったが、へーゼン=ハイムが関与している疑惑は見てとれた。大方、何かをネタに脅されているというところだろう。


「とすれば、ドナナ皇子か、イルナス皇子……か。どちらだと思う?」

「順当に行けばドナナ皇子でしょう。イルナス皇子は、あまりにもハンデが大き過ぎる」


 彼は魔法が使えない。これは、皇位継承順位を駆け上がっていくためには、決定的に足りないピースだ。強大な魔力を持つということは、国家のトップとして求心力を保つためには必須だ。


 どれだけ賢く、武芸に秀で、人格が優れていたとしても。


 そんな中、ロレンツォ次官が馬で駆けつけてきた。


「へーゼン=ハイムの動向はわかったか?」


 デリクテール皇子が尋ねる。


「護衛省に尋問を受けていたようです」

「尋問? 何の件でだ?」

「噂では……イルナス皇子が行方不明になったようです」

「なんだと?」


 デリクテール皇子が、その場で馬を止める。モルドド秘書官も、カエサル伯も、隣で驚いた表情を浮かべる。


 ……このタイミングで、皇子が行方不明。


「もう1つ。その情報を、少し粘って追っていたのですが、どうやら、ヘーゼン=ハイムの弟子ヤンも行方不明で、護衛省は捜索を指示しているようです」


 ロレンツォ次官が答える。彼は横のつながりが多い有能な帝国将官だ。こうした重要な情報を得られるのは、心強い限りだ。


「ヤン=リン……あの幼児も行方不明か」


 モルドド秘書官がつぶやく。


「幼児? 私が知っているヤン=リンは、そこまで小さくはなかったが」


 デリクテール皇子は、怪訝な表情を浮かべる。


「そうなのですか?」

「ああ。最後に会ったのが1年前だが、14から16歳頃の少女であったよ」

「……おかしいですね。私もモルドド秘書官と同じ感想です。記憶での、あの少女は、5歳児のようだった」


 ロレンツォ次官が、神妙な表情でつぶやく。


「いや、おかしいぞ。私は謁見の間でその少女を見たが、デリクテール皇子と同じく、幼児には見えなかった」


 カエサル伯が、眉間に皺を寄せながら答える。


「「「「……」」」」


 そのチグハグな回答に、全員が全員、首を傾げる。もちろん、それぞれヤン=リンと出会った時期が違うので、多少印象が違うのは仕方がない。しかし、そのギャップがあまりにも大き過ぎるように感じる。


 ここで、モルドド秘書官の脳裏にイルナス皇子が思い浮かぶ。彼は、童皇子と呼ばれており、幼児体型であると言われている。


「ロレンツォ次官。ヤン=リンは魔法を使えましたか?」


 モルドド秘書官が尋ねる。


「……使っていた記憶はありませんね。元々、孤児の身分で、へーゼン=ハイムが義妹として引き取ったと聞きました」

「私も同じです。ドクトリン領でも、魔法を使っていたという記憶はない」

「……」


 へーゼン=ハイムが意図的にその魔力を隠していた? それとも、ヤンの才能を見出して、密かに魔法使いとしての修練を積ませていたのだろうか。


「……」


 いや、あの男の性格ならば、引き取った翌日にでも即戦場に立たせるだろう。影で魔法使いとして育てるなどということは、まず、しない。


 そんな中、デリクテール皇子が腕を組みながら話し始める。


「ヤン=リンの魔力は異常だった。あの救国の英雄である大将軍グライドの幻影体ファントムを召喚し、火炎槍かえんそう氷絶ノ剣ひょうぜつのつるぎを放たせたのだから」

「……」


 少しの間の沈黙を経て、モルドド秘書官がボソッとつぶやく。


「イルナス皇子が、ヤン=リンと同じ症状だとしたら?」

「どういうことだ?」

「あの少女は、ある時点までは魔法が使えなかった。だが、何らかの機会で覚醒し、膨大な魔力を持つに至った……

「そ、そんな事例聞いたことがないぞ? 単に魔法を使う機会がなかっただけじゃないのか?」


 カエサル伯が言う。


 確かに、それが魔法使いの常識であり、世の中の必然だ。魔力を持たない者が、魔法を使えるようになることはまずない。


 ましてや、魔力の発現とともに、身体も同じく成長するなどど、突拍子もないことかもしれない。


「しかし、今の事象を説明するには、辻褄が合います」


 モルドド秘書官は、あの少女を『幼児の天才である』と捉えていた。ロレンツォ次官も恐らく同じだろう。だが、あのヘーゼンとやり合う幼児は、見ていて違和感しか感じなかった。


 仮に、イルナス皇子と同じように、彼女が同じような発育障害を抱えていたとすれば、イルナス皇子もまた、ヤンと同じように異常な潜在魔力を持っている可能性もあるのではないか。


「イルナス皇子が皇太子に内定された……と?」


 デリクテール皇子が尋ねる。


「私は、ドナナ皇子よりも可能性が高いと思っています」

「……わかった」


 デリクテール皇子は馬を翻し、走り出す。


「イルナス皇子に会談を申し込む。まずは、噂レベルでなく、行方不明の情報を確定させる。ロレンツォ次官は、引き続き護衛省で動向を洗ってくれ」

「はっ!」

「……デリクテール皇子、1つ提案がございます」


 モルドド秘書官は、隣で馬を走らせながら言う。


「聞こう」


































「カエサル伯に、ヤン=リンの行方を追って頂くことは可能ですか?」




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