アウラ秘書官

           *


 その日、アウラ秘書官は、周辺国境間の視察から帰ってきた。


 皇位継承順位の内定は、不定期で通達される。なので、なるべく天空宮殿内に常駐したいのだが、最近はエヴィルダース皇太子に敬遠されているため、外へ向かわされる仕事が多い。


「ふぅ……ままならないものだな」


 小さくため息をつき、部屋のベットへと寝転ぶ。


 実質的な派閥運営の舵取りを行った上で、反帝国連合国に対しての富国強兵策も常に進めていかなくてはならない。


 常に彼のもとには際限なく仕事が舞い込んでくる。ほぼ休みなく、際限なく頭を使い続けているため、さすがに疲れてきた。


 ウトウトと意識を失い始めた時、副官のレイラクがノックをし、部屋に入ってきた。彼は、アウラ秘書官の右腕である。


「どうした?」


 すぐに目を覚ましたアウラ秘書官が尋ねる。


「それが、皇族間の動きが、どうもおかしいのです」

「……具体的には?」

「エヴィルダース皇太子が、デリクテール皇子との会談を行った後、ルーマン皇子と謁見を。更に、本日、ドナナ皇子と会談を行うそうです。一方で、デリクテール皇子が、バルマンテ皇子の邸宅に向かわれたとか」

「……皇位継承順位で、大きな動きがあったか」


 アウラ秘書官は、淡々とつぶやく。エヴィルダース皇太子が、それほど活発な動きを取ると言うことは、大方、皇太子内定から漏れたのだろう。


 予想外のことだが、慌てることなく質問を続ける。


「へーゼン=ハイムは?」

「護衛省から呼び出されて、尋問を受けていたようです」

「尋問? 何の嫌疑だ?」

「それが、護衛省もなかなか口を割らないのです」

「……エヴィルダース皇太子の下へと向かう。レイラクは、へーゼン=ハイムの嫌疑を洗え」

「わかりました」


 アウラ秘書官は、すぐに、部屋を出て向かう。とりあえずは、現状を把握しなければいけない。エヴィルダース皇太子の順位、そして、他皇族の皇位継承順位の状況で打てる手が変わる。


 数十分後、エヴィルダース皇太子の邸宅に到着した。本人は、目をギンギンに血走らせながら、爪をガジガジと齧っている。


「……何の用事だ?」

「皇太子内定から漏れましたか?」

「……っ」


 瞬間、不機嫌な表情が、更に紛然としたものに変貌した。なんとわかりやすい人なのだろうと呆れる一方で、事態の把握ができたことで、アウラ秘書官の脳内はさらに高速で回る。


「何位でしたか?」

「……まだ、『そうだ』とは言っておらん」

「いずれ、わかることです。それに、内々に対処できることではありません」

「……」


 それでも黙り込むエヴィルダース皇太子に、アウラ秘書官は、心の中でため息をつきつつ、落ち着いた表情で話す。


「早々に次期皇太子を特定しなくては、対処が遅れます。情報を開示いただければ、より早くエヴィルダース皇太子の意向に沿った動きを取ることも可能です」

「……ぃだ」

「すいません、聞こえませんでした。もう1度」

「2位だ! 何度も言わせるな!?」

「失礼しました」


 アウラ秘書官は、深々と頭を下げる。


 予測通りの答えだ。


「星読みの賛成票は?」

「1票……残りは全て……1位の者に」

「……」


 圧倒的だ。魔力が拮抗していれば、ここまでの差にはならない。デリクテール皇子の成長期はすでに過ぎているので、若手の皇子かと推測をする。


「デリクテール皇子とは、どのようなお話を?」

「……皇位継承順位の情報交換を」

「なるほど」


 おおかた、あちらが言い出したことだろう。デリクテール皇子は、へーゼン=ハイムを敵視している。エヴィルダース皇太子に協力体制を提案しても不思議ではない。


「デリクテールも、リアムも、ルーマンも、バルマンテも違う」

「……確かですか?」


 アウラ秘書官が聞き返す。怪しいのは、リアム皇子とバルマンテ皇子だが。


「確かだ。デリクテール皇子の内定者である者に、契約魔法を結ばせ、答えさせた。ルーマン皇子も、セナプス王妃経由で裏が取れた」

「……」


 筆頭執事のグラッセが、代わりに答える。


「とすれば、ドナナ皇子、ミクリシアン皇子、イルナス皇子か」


 アウラ秘書官の見立てでは、どの皇子も、皇太子の資質からは程遠いようにも感じる。


 ドナナ皇子は、最近、エヴィルダース皇太子の悪い影響を受け、天空宮殿内での評判もすこぶる悪い。魔力も、正直、中の上と言ったところだ。


 ミクリシアン皇子は、アウラ秘書官の中ではイルナス皇子よりも最悪だ。正直、アレについていく気がしない。


 イルナス皇子は、そもそも魔力が存在していない。


「……」


 もう1つの可能性として挙げられるのは、真鍮の儀式の工作。だが、こちらはアウラ秘書官が直々に取り仕切り、不正が行われないのは確認した。


 へーゼンが、自身の思考を超えてくることは可能性としてはあるが、限りなく低いと見積もっている。


「イルナス皇子……か」


 不意にアウラ秘書官の脳裏に、童皇子の姿がよぎる。


「はっ! あいつは、絶対にあり得ない」


 エヴィルダース皇太子はハナで笑う。


「……私も、もちろん、そう思ってはいますが」


 だが、直感的にだが、この3人を並ばせるならば、へーゼン=ハイムならば、イルナス皇子を選ぶような気がしている。


 傀儡にするにしても、ドナナ皇子は、エヴィルダース皇太子の弟で我が強い。素直には従わないだろう。ミクリシアン皇子は、外見がすこぶる悪い。そういう者は、置物には向かない。


 イルナス皇子は、気質が素直で、努力家だ。魔力がないと言う致命的な弱点があるが、逆に言えば、それさえ克服すれば……


「これから、ドナナに会いに行く。もし、ヤツが皇太子であれば、を弄さなくてはいけないな」

「……わかりました」


 選択肢は2つ。皇太子の座を放棄させるか、暗殺するかである。前者は公に認められている権利だ。歴史上も、数度、派閥勢力が足りずに放棄した例が存在する。


 後者は、相当なリスクが伴うが、今のエヴィルダース皇太子ならば、皇族区内での暗殺は容易だろう。


 消去法では、ドナナ皇子が皇太子に内定されたと見るべきだろう。その見立てに、異論はない。


 だが。


 頭の片隅に、どこか引っかかるものを覚える。イルナス皇子の年齢は、16歳。だが、未だ発育が遅く、幼児体型のままだ。


 優秀過ぎる幼児体型……


「……っ」


 そうだ、ヤン=リンだ。ノクタール国で会った少女は、当時、幼児体型だった。そして、次に会ったのは反帝国連合国で共闘をした時だった。


 あの時も、その急激な成長に、随分と驚いたものだったが、そんなことよりも大将軍グライドの幻影体ファントムを召喚した衝撃と悪魔異常者テラ・サイクパスの存在で、その印象が薄れていた。


 イルナス皇子の存在自体が考慮の対象に入ってこなかったので気がつかなかったが、彼とヤン=リンの症状は、あまりにも酷似している。


 とすればーー


「失礼します」

「あ? とともに、来ないのか?」

「私は、別行動をします。少し、気になることがありますので」

「……どこに行く?」





























「イルナス皇子の下です」

「……っ」


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