高さ


「……」

「……」


          ・・・


「「……えっ?」」


 ビシャス護衛士長とレザード副護衛士長の声は、見事にシンクロした。


「あれ? 聞こえませんでしたかね? 『イルナス皇子が皇太子に内定した』と言ったんです」

「「……っ」」


 2人は、シンクロして、絶句する。


 ンゴックン。


 瞬間、尋問室に生唾を飲み込む音が響き、ハッと気がついたビシャス護衛士長が、声を震わせながら机を叩く。


「う、嘘をつくな! なんで、皇位継承順位が最下位のイルナス皇子が、いきなり皇太子に内定するのだ!?」

「イルナス皇子は、魔力が強すぎるが故に、成長が阻害され、あのような幼児体型になっているのです。覚醒が近づけば、星読みが潜在魔力を読み取っても不思議ではありません」

「な、なんで、そんなことがわかる!?」

「不詳の弟子であるヤンがそうでしたから」

「……嘘つけぇ!」


 レザード副護衛士長は、隣にあった椅子を蹴飛ばして叫ぶ。


「最もらしき理由をペラペラと! 騙されないぞ! 我々に犬狢ケバク蛇封ダオフォン古虎ジェガンの部隊を派遣されたくないからハッタリを言っているのだろう!」

「そんなことはないですよ」


 ヘーゼンは立ち上がり。


 額と額がくっつきそうなほど近づき、睨む。


「だって……?」

「……っ」


 なんと言う禍々しき瞳。レザード副護衛士長は、一瞬にして背筋が凍る。見つめるだけで、先ほどまでの自信が粉々に崩れ去りそうになる。


 だが、同期に遅れを取る訳にはいかない。


 絶対に、負けて、たまるか。


「当たり前だ! 貴様の証言など、なんの信憑性もない! 証拠だ! 証拠証拠証拠証拠! 貴様の言葉が真実である証拠を出してみろ!」

「では、その場に同席していたヴァナルナース様にお伺いすればいいでしょう?」

「……っ」


 レザードは、思わず、数歩後ずさる。


「ふ、ふざけるな! あの方は皇帝陛下の側室であらせられるお方だ。そう簡単に会えるはずがない」

「会えますよ。皇帝陛下以外の捜査特権を与えられているのですから。『イルナス皇子の行方不明の捜査』と言えば、ヴァナルナース様は確実に話してくださるはずですよ」

「……っ」


 レザード副護衛士長が、さらに、数歩後ずさる。だんだん、この話に信憑性が帯びてきてしまっている。実際、ヴァナルナースに裏を取ることはできる。できてしまう。


 もしかしたら……いや、そんなはずはない。


「だ、だからと言って、貴様が真実を言っていると言うことにはーー」


 カチッ。


『あなたがこの帝国の皇位継承権1位です……イルナス皇太子殿下』


「……」

「……」


         ・・・


「準証拠として提出します。星読みグレース様の声と照合してみてください」

「「……っ」」


 それを聞いた瞬間、ビシャス護衛士長の視界が、グニャリと歪んだ。一気に胸の動機が早くなり、額から汗が噴き出してくる。


「いや、星読みも脇が甘いですね。魔力感知には優れていても、こうした最新の発明には疎い」

「……っ」


 こ、こいつ。星読みにすら謀略を。


「き、貴様っ……さっき、畜音器は持ってきてないって」

「嘘です」


 カチッ。


『……私はこの天空宮殿の護衛士長です。皇帝陛下より陛下以外の捜査権を頂いております。仮にどのような地位であれ、犬狢ケバクを放ち、犯人を捕まえて見せますよ』


 『私は、相手が誰であっても逃さない。犬狢ケバク……いや、蛇封ダオフォン古虎ジェガン。全ての部隊を動員し、必ず捕まえてみせる』


「「……っ」」

「いや、すいませんね。尋問で取り上げられると、嫌だったので。それに、あなたたちのカッコよく、勇ましい、正義の言葉は、蓄音器の方が、より臨場感を持って伝わるでしょう?」

「……はっ……なっ……おっ……えええっ!?」


 録音されている。調子こいた、カッコつけた、イキった言葉が。ガッチリと、バッチリと、ビッシリと録音されてしまっている。


 えっ……まさか、本当にイルナス皇子が、皇太子に?


 もし、その事実が本当だとすれば、最も疑わしい容疑者は紛れもなく皇位継承権第一位――現皇太子のエヴィルダースだ。


 それは、マズい。


 マズすぎる。


 いやいや、嘘だ。すべて、この男の工作だ。星読みグレースの声を似せて取ることだってできる。


 騙されるな。


「ち、ち、蓄音器の情報だけで信憑性が担保できるか!?」

「そう時間がかからず裏付けが取れるはずですよ。今、皇族の方々は『誰が皇太子だ?』と探し回っているはずですから」

「……っ」

「いや、よかった。実は、イルナス皇太子殿下が行方不明だと聞いて、いち早くヤンを向かわせたんですよ。しかし、弟子だけですと、やはり不安ですから、なんとか犬狢ケバク蛇封ダオフォン古虎ジェガンを派遣して欲しいなって思いまして」


 !?


「貴様っ……我々を騙したのか!?」

「はい」

「……っ」


 悪魔過ぎる。


「しかし、安心しました。権力に忖度し、まともに捜査して頂けないと思ってましたが、杞憂でした。あの勇ましさは、本物ですよね。彼らのような精鋭が動けば、必ずや犯人を捕まえてくれることでしょう」

「……っ、そ、そ、それはぁ」


 滅茶苦茶に撤回したい。さっきまでの自分に馬乗りして、マウントをとってボッコボコにぶん殴って、なかったことにした過ぎる。


 一方で、ヘーゼンは爽やかな笑みを浮かべて話を続ける。


「おっと、ヴァナルナース様にも早くこの朗報をお伝えしなくてはいけませんね。私はイルナス皇太子の派閥筆頭なので、報・連・相は欠かさないんですよ。今頃は悲嘆に暮れているので、さぞや安心するでしょうから」

「はっ……くっ……ちょ……まっ……ちょ待てよ!」


 ビシャス護衛士長の鼓動が、どんどん早くなる。そんなことをすれば、彼女を寵愛している皇帝レイバースに知られるのは時間の問題だ。


 陛下に知られれば、もう犬狢ケバク蛇封ダオフォン古虎ジェガン派遣の撤回はできない。撤回すれば、厳粛な皇帝が、激昂することなど目に見えている。


 だが、エヴィルダース皇太子が関与していたら、間違いなく揉み消され、殺される。


 撤回しても殺される。


 徹底しなくても殺される。


 ……どちらを選ぼうと、必ず殺される。


 ビシャス護衛士長は、隣のレザード副護衛士長の方を見る。


 何か……何か策はーー


「あ……あがぁ……あんがぁ……あがぁ……」

「……っ」


 滅茶苦茶、泣きそうな表情で、唸っている。ダメだ、コイツは、とビシャス護衛士長は、早々に見切りをつける。


「あ、あの……少し……考える……その……」

「いや、最悪の想定ばかりしても仕方がないですよ? 試しに、エヴィルダース皇太子に事実確認でもしてみれば、どうですか? まあ、風の噂だと、取り乱しまくって、邸宅内をグッチャグチャにしてるようですが」

「……っ」


 あり得る。と言うか、こんなヤバい話、あの激しい気性のエヴィルダース皇太子に確認すること自体、即殺されるリスクがつきまとう。


「……そろそろいいですかな? 一刻も早く、ヴァナルナース様にお伝えしたいのですが」

「はぅ……あの待って……くれ」

「……まだ、なにか?」


 ビシャス護衛士長は、震える声で言う。


「その……犬狢ケバク蛇封ダオフォン古虎ジェガン派遣の発言をどうか……取り下げさる訳にはいかないだろうか?」

「ん? それは、どういう意味でしょうか?」

「……ん゛ん゛っ」


 わかってるくせに、惚けてくる。性格が最悪。あまりにも最悪過ぎる。


「殺される……派遣して……仮に……エヴィルダース皇太子の関与があれば。だからーー」

「いえ、大丈夫ですよ。あなたには皇帝陛下から頂いた独立捜査権があるではないですか」

「……そ、それは」

「なにより、あなたはその誠実さがあるではないですか? 自身の仕事に誇りをお持ちのあなたが悪辣な犯人などに屈するはずがないでしょう」

「……っ」


 悪魔だ。目の前で屈託なく笑っているこの男は悪魔であるとビシャス護衛士長は確信を持った。


 しかし、あきらめるわけにはいかない。なんとしても、秘密裏に犬狢ケバク蛇封ダオフォン古虎ジェガン派遣の撤回をしなくてはいけない。


「あ……ヘーゼン……ヘーゼン=ハイム。あ、そこをなんとかさぁ」


 レザード副護衛士長は、さっきまでの表情を豹変させ、馴れ馴れしく近づいて馴れ馴れしい笑顔を浮かべる。


「……同期……ん、ほら。わ、私たちは、同期じゃないかぁ?」

「……」

「水臭いじゃないかよ、おい。同期ってのは、互いに助け合うものだろう? もちろん、私もお前が困った時に、できる限りのことはする。なんせ、同期だからな」

「……あの、少し気になったんですけど」


 ヘーゼンが、目の前で上目遣いになっているレザード副士長を見ながら口を開く。


「えっ、な、何が? 何か困ったことある? いや、同期だから、私も本当に精一杯のーー」

「高いと思うんですよーー」































が」

「「……っ」」

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