護衛士長 ビシャス(2)
30分後。ヘーゼン=ハイムが護衛省の執務室へ入ってきた。
「お呼びですか?」
「……1人で、とお伝えしたはずですか。その方は?」
ビシャス護衛士長は、隣にいる男を見る。
「ああ、公認書記官ですよ。不当な尋問は権利の侵害に当たりますからね」
「……」
帝国には、尋問時に公認書記官を同席できる制度がある。尋問中に会話した内容が、証言として公式に記録されるというものだ。
「あなたは『蓄音機』と言う魔道具を開発したと聞きましたが?」
「アレは、公式の尋問の場での使用認可が降りてませんから、持ってきてません。私からすると、古い慣習ですが、まあ、従いますよ」
「……」
ビシャス護衛士長は心の中で舌打ちをする。エヴィルダース皇太子の圧力で、蓄音機は尋問で使用できないことになっている。
五聖を倒すほどの魔法使いでありながら、法的な知識すらも熟知し、抜け目がない。
しかし、その周到さが逆に怪しいと、天空宮殿護衛士長は、長年の直感を働かせる。
「へーゼン=ハイム。こんなことになってしまって、同期として本当に悲しいよ」
レザード副護衛士長が、皮肉めいた笑みを浮かべる。
「……ああ、確か首席を取った人だったよね。初めまして」
「……っ」
完全にアウトオブ眼中だったが如く。へーゼンは、笑顔で、レザード副護衛士長に握手を求める。
「すまないが、立場上、容疑者である君とは、仲良くはできないな」
「そうか。まあ、ステージは違うが、お互いに頑張ろう」
「……っ」
なんだ、その上からの物言いは、とレザード副護衛士長は、額に青筋を走らせる。
「落ち着け、ヤツの手だ」
ビシャス護衛士長が、耳元でつぶやく。
「……ふぅ。わかってます」
レザード副護衛士長も、小さく深呼吸をして頷く。
「早速だが、尋問室に入ってください」
「わかりました」
ヘーゼンは、公認書記官とともに尋問室の中へと入った。
「で? ご用件は?」
「……」
座るや否や。へーゼンは、ふてぶてしく、膝を組む。
「……あなたの弟子が一人、行方不明になりました」
ビシャス護衛士長が答え、黒髪の魔法使いを見据える。
「軟弱な弟子で、お恥ずかしい。まぁ、そのうち帰ってくるでしょう」
「……イルナス皇子も行方不明になったそうです」
「ほぉ、それは一大事ですな」
ヘーゼンはそう答え、我関せずという表情を崩さない。長年、護衛士長を努めて来たビシャス護衛士長だったが、目の前にいる男の心は、まったくと言っていいほど読めない。
「可能なら、魔法での聴取をさせてもらえませんか?」
「お断りします」
「……後ろめたいことがあるのですか? ご自身の潔白を主張されたいのなら、受けるのが適切かと思いますが」
「ならば、エヴィルダース皇太子を筆頭に皇位継承順位の高い順に聴取をすればいい。恐らく何かが出てくるのではないですか?」
「……不敬ではないですか?」
「冗談ですよ。しかし、片手落ちの捜査はつらいものですな。いかに怪しい人物がいたとしても、事情聴取も満足にできないのですから」
ヘーゼンの嫌みに、ビシャス護衛士長は苦々しく歯を食いしばる。彼が務めたこの20年の期間で、犯罪者の捕縛率は実に99%。
だが、お蔵入りになった事件の中で、皇族関連の事件は約半数。いずれも、強力な派閥が犯行に及んだとされる事件に対しては、未解決で終わらせている。
権力者の犯罪を、すべて黙認しているのだ。
怪しい者に魔法での聴取を受けさせるなら、優先順位が違うだろうとヘーゼンは暗に主張する。
だが、それとこれとは話が別だ。
「……
ビシャス護衛士長は、堂々と言い放った。
「ほぉ、それは素晴らしいですな。しかし、大丈夫ですか? 勇み余って虎の尾を踏むこともあるのでは?」
「……」
この男は、完全に自分をおちょくっている。ビシャス護衛士長は心の中に燃えるような悔しさを募らせた。
捜査の末に、エヴィルダース皇太子の関与が発覚したら大変なことになるだろう? 権威次第で捜査のするしないを決める男が、張り切りイキっても、ろくなことにはならないだろう?
言外でこの男はこう主張している。しかし、それは逆効果だと、ビシャス護衛士長はほくそ笑む。
長年のカンが、そう言っている。コイツは怪しい、と。
「……私はこの天空宮殿の護衛士長です。皇帝陛下より陛下以外の捜査権を頂いております。仮にどのような地位であれ、
ビシャス護衛士長は、ハッキリと言いきった。この事件は、エヴィルダース皇太子が関与している可能性は限りなく低いと考えている。
イルナス皇子の皇位継承順位は最下位で、彼らの競争相手とはなり得ない。皇太子の任命式が控える中、仮にそのような暴挙を犯せば、皇位継承権を剥奪される可能性すらある。
むしろ、敢えてそれを引き合いに出す、ヘーゼンこそが怪しいのだ。
「ほぉ……それは素晴らしい。あなたの仕事に対する誠実さを見習いたいものですな。仮に皇位継承権のある者が怪しくとも、
「……ええ、もちろん」
「間違いないですね?」
「クドいですね。そうだと言っているでしょう」
覗き込むような仕草に、ビシャス護衛士長の心がざわめく。嫌な男だ。優しく頬をなでられるような、不快感を感じる。
しかし、念押しすればするほど、ヘーゼンの関与している疑念は、ますます強くなる。間違いなく、ヤツは
「レザード副護衛士長。あなたも同じ意見ですか?」
「ああ、もちろんだ」
彼は堂々と言い放ち、ヘーゼンの額ギリギリまで近づいて、その漆黒の瞳を、真っ直ぐに睨みつける。
「私は、相手が誰であっても逃さない。
「……」
この3つの部隊は、帝国選りすぐりの暗部の精鋭たちである。四伯は表の舞台で帝国を支えるが、彼らは裏に蠢く闇で、帝国の秩序を支える。
内部粛清組織なだけに、彼らは独立的な組織風土を持つ。超名門貴族だろうが、皇族だろうが関係ない。皇帝以外のあらゆる権力の捜査権を有している。
そして、その権限を持つのが、ビシャス護衛士長である。
彼らに容赦と言う文字はない。かつては、四伯ですら隠居に追い込んだ冷徹無比の集団だ。いかに、ヘーゼン=ハイムが優秀だと言えど、彼らから逃れる術はない。
「ほぉ……彼ら3部隊をすべて投入しますか」
ヘーゼンは、それでも、余裕の表情を崩さない。レザード副護衛士長は、勝ち誇ったような笑みを浮かべて隣を見る。
「当たり前だ。ねえ、ビシャス護衛士長?」
「ああ、もちろんだ」
その言葉に、ヘーゼンはニッコリと笑顔を浮かべる。
「それを聞いて安心しました。キチンと捜査を頂けて本当に嬉しい限りです」
「クク……」
ビシャス護衛士長とレザード副護衛士長は、互いに目配せをして笑顔を浮かべる。この強がった反応。間違いなく、この男は事件に関与していると確信した。
「ところで、2つ言っておきたいことがあります」
「なんですか?」
「これは、他言無用でお願いしたいのですが……私なんです」
「は?」
ビシャス護衛士長が、聞き返す。
「イルナス皇子とともに、皇位継承順位の内定を受けたのは」
「……」
この男、どういうつもりだ? 今更、こんなことを言って。それならば、なおのこと、嫌疑は濃くなる。イルナス皇子は皇位継承順位の宣告後に、姿を消したのだから。
この流れで、その発言を持ってくる意図がまったくわからないまま、続けてヘーゼンは、爽やかな笑顔を浮かべて答える。
「そして、もう1つ……」
「イルナス皇子が、皇太子に内定されました」
「「……っ」」
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