護衛士長 ビシャス


           *


 天空宮殿護衛省では、全ての帝国将官たちが、慌てふためき動き回っていた。


 イルナス皇子の行方不明。


 事件発覚後、天空宮殿の護衛士長ビシャス=ダゴラは、すぐに天空宮殿から帝都に至るまでの道をすべて封鎖したが、すでに、2日が経過していた。


「クソ……あまりにも遅すぎたな」


 ビシャス護衛士長は、悔し気につぶやく。行方不明事件は、初動が肝心だというのに、すでに、かなりの時間が過ぎてしまった。


 イルナス皇子は、星読みのグレースから皇位継承順位の内定宣告を受けた後に、行方不明となっている。ここまでは、複数の証言から裏取りができた。


 だが、ここから先の情報が一切出てこないのだ。


 ビシャス護衛士長は、ため息をつき、執務室に入ってきた部下の1人に尋ねる。


「……あのボンクラどもは吐いたか?」

「いえ。それが、側近も執事も秘書官も、『知らない』の一点張りで」

「そんなはずがあるか!」

「ひっ……」


 隣にいた副護衛士長のレザード=リグラが、机を叩きつけ叫ぶ。


 彼の父ガザリアは、超名門貴族のリグラ家当主である。そんなエリート中のエリートである彼は、3年前の帝国将官試験に主席で卒業し、出世が最も早いとされる護衛省に配属された。


「……」


 仕事の質も量も申し分なく、若手の中でエース中のエースだと呼び声は高い。だが、そんな彼は常に功績を挙げようと、日々焦っている様子が垣間見える。


「落ち着け」

「しかし、イルナス皇子とともに住んでいる者たちが、誰も覚えていないなどあり得ません。ましてや、側近たちすら口裏を合わせるなど」


 レザードは、鋭い瞳で反論する。


「魔法で記憶を消されたのかもしれない」

「……そんな魔杖は聞いたことはありませんが」

「暗殺者が扱う類のものだ。大陸にあまり知られていないのも不思議ではない」


 ビシャス護衛士長は冷静だった。20年以上務めた経験が、彼に焦りを生ませなかった。暗殺、誘拐、脅迫、この天空宮殿にはありとあらゆる事件が起きる。


 それこそが、皇族、貴族の本質であることを彼は熟知していた。


「星読みのグレース様への聞き取りは?」

「それが、『皇位継承に関する情報はお渡しできません』の一点張りで」

「……仕方ないな」


 真鍮の儀における、情報は厳しく制限されている。元々、彼女から情報を聞くのは難しいだろうとは考えていた。


「まあ、いい。元々、皇位継承関連とは可能性は薄そうだ」


 イルナス皇子は、魔力を持たぬ不能者として有名だ。過去2度の真鍮の儀も、当然の如く最下位。他の候補者なら、真っ先にその関連を疑うが、今回はたまたま、タイミングが重なっただけなのだろう。


「あとは……皇帝陛下への報告のタイミングだが」


 当然、一刻も早く報告しなければいけないが、同時に慎重さも求められる難しい事件だというのが、ビシャス護衛士長の見解だ。


 側室のヴァナルナースは、皇帝レイバースの寵愛を受けている。彼女は、1人息子のイルナスを溺愛しているので、精神的な面で彼女が病めば、不興を買うのは目に見えている。


 だが、今回の事件の性質が読めない限りは、いたずらに騒ぐわけにもいかない。さまざまな思惑が、この天空宮殿内に蠢いている。派閥関係、家柄、階級、あらゆるものを考慮しながら行動していく必要があるのだ。


 その時、別の部下が執務室に入ってきた。


「報告します。新任帝国将官のヤン=リンが無断欠勤をしているそうです」

「……なに?」


 ビシャスは怪訝な表情を向ける。


「確かその者は、へーゼン=ハイムの弟子だろう?」


 エヴィルダース皇太子の指示で、あの男の身元は、散々洗った。そんな彼の周囲には有能な人材がひしめくが、特にヤンの異様な経歴が目立つ。


 前の帝国将官試験で、歴代No.1の成績を叩き出した麒麟児。左遷部署に配属されたが、その先で圧倒的な功績を挙げては、左遷され、圧倒的に功績を挙げては左遷されてを繰り返していると聞いた。


「家は捜索したのか?」

「ええ、くまなく。争った形跡などは全くないですね。何かを盗られた様子もありません」

「……何か他に予定があって外出したとか?」

「届けは出ておりません。天空宮殿内で見た者もいません」

「イルナス皇子と同じような状態と言うこと……か」

「はい。まあ、相当な激務であったようですので、そのままいなくなるというのは自然なこととも言えますが」

「……」


 聞けば、通常業務に加えて、すーであるへーゼン=ハイムからの課題をこなしていたと言う。それが、本当に無茶苦茶なレベルで、人の限界を超えていると巷で噂ではあったのだが。


「行方不明の時期は重なる……か」

「ヘーゼン=ハイム……」


 その時、隣にいるレザードがボソッとつぶやいた。


「ああ。そう言えば、君は同期だったな」

「……ええ」


 そう答えながらも、彼の心中は穏やかじゃないだろう。本来であれば、その世代の出世頭はレザードであったはずだ。


 だが、ヘーゼン=ハイムが歴史に残る異次元の出世を遂げたことで、レザードの話題が天空宮殿界隈で昇ることは一度としてなかった。


「ビシャス護衛士長。あの男を洗いませんか?」


 レザードが、目をギラつかせながら尋ねる。


「……」


 確かに、ヤン=リンの行方不明のタイミングも重なっている。他に特筆すべき動きがないので、そこを疑うのは捜査の常道とも言える。


「……」


 だが、何よりも。


 護衛長として20年以上務めた経験が告げていた。


 どうにも、あの男が怪しいと。
































「よし、ヘーゼン=ハイムを尋問する」




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