ドナナ皇子(2)



「バレてないだろうな?」

「当たり前じゃない。私はルクセルア渓国のトップ級よ? 四伯でも……ヘーゼン=ハイムですら気取られないわ、絶対に」


 魔軍総統ギリシアは、自信を持って断言する。


「……そうか。それで、貴様はに」

「ちょっと待って」


 神経質そうな男は、手のひらでドナナ皇子の口を制止し、自身の魔杖を振るう。


「……っ」


 すると、2人の男が新たに出現した。1人は、太った中年の男。彼は目を丸っとしながら、キョトンと驚いた表情を浮かべている。


「あっ……ちゃ……ぶりけー。やはり、転移は慣れないものですな。あっ、申し遅れました。あたくし、ゼレシア商国旅団長アルコ=ロッソと申します」

「……」

「麗しき帝国の皇族の方にお会いできるとは、光栄の限りです……ダヒョヒョヒョヒョ! ダヒョヒョヒョヒョヒョ!」

「……」


 アルコ旅団長は仰々しいお辞儀をして、歯の浮くような台詞を吐き、胡散臭い笑い声を上げる。本能的に信用できぬ人物だと、ドナナ皇子はみなした。


 そして、もう1人。


 端正な顔立ちをした若々しき男。穏やかな表情を浮かべているが、圧倒的に本物の空気を纏っている。彼は、爽やかな笑顔を浮かべて口を開く。


「お初にお目にかかります。アルフレッドと申します」

「え、英聖……」


 先に勃発した反帝国連合国戦の実質的な取りまとめ役である。五聖として君臨する若き英傑を前に、ドナナ皇子はゴクリと生唾を飲みこむ。


「さて、面子も揃ったことだし本題に。我々と組めば、次の真鍮の儀では、あなたを皇太子に押し上げることも可能よ……ククク」


 魔軍総統ギリシアは、皮肉めいた笑みを浮かべる。


「はっ! バカな。そんなに簡単にいくわけがない」

「そうですかな? 現在の帝国は、実質的に10の大国を相手にしている状態だ」


 アルコ旅団長が、ホヒュホヒュと熱いお茶を冷ましながらつぶやく。


「……」


 あの戦から1年が経過したが、勢力間の関係は変わっていない。これ以上、帝国が領土を進行すると、対抗できる国家がなくなってしまうため、反帝国連合は一層のまとまりを見せたのだ。


 アルコ旅団長は、ズビョビョとお茶をすすりながら、話を続ける。


「戦の傷は、徐々に癒えてきている。必然的に、対外的な戦争のフェーズが今後増えていくと予想されますが、我々ならば、あなたの望むままの功績を差し上げることも可能だ」

「……っ」


 要するに出来レースを提案しているのだろう。仮に、ドナナ皇子が戦に出向く時は、ワザと負けて領地を献上する。


「しかし、そなたらの国の領地が取られるのだぞ? それを許容するというのか?」

「他の皇子が主導する戦に勝てればいいんですよ。もちろん、どの戦がどの皇子主導によるものか、内部情報はキッチリと頂きますがね」

「……」


 なるほど、それなら確かに、ギブアンドテイクを実現できる。場合によれば、戦を主導する皇子をハメ殺すことも可能だろう。


 ドナナ皇子は、質問を続ける。


「……そなたらが、残り7つの大国の権限まで譲渡されているという証明は?」

「ククク……お・ば・か・さ・ん。だから、英聖アルフレッドに来てもらったんじゃない」


 魔軍総統ギリシアが視線を馳せると、若き英傑は机に数枚に及ぶ羊皮紙を広げる。


「10大国首脳連盟の委任状です。帝国に面した最前線の土地から広がる5つの城は、いずれも私の自由になります」

「……っ」


 ドナナ皇子は、各国で書かれた内容を食い入るように見つめる。紛れもなく方筆で書かれており、首脳の方印も押されている。皇族である彼にはわかる。


 この調印は、文章紛れもなく、本物だ。


 いや、ここで嘘をつく理由などない……この言葉は信用できるとドナナ皇子は判断した。


「それだけではございません。我が商国が全面的に金銭面をバックアップして、派閥の資金を底なしに運営できるようアシストしましょう…………ダヒョヒョヒョヒョ! ダヒョヒョヒョヒョヒョ!」

「……」


 アルコ旅団長はそう答え、胡散臭い笑い声を上げる。信用はならないが、これも当然魅力的な話だ。


 帝国の主な資金源は、エヴィルダース皇太子の派閥に握られている。これから派閥を太らせていくとなると途方もないほどの資金が必要だ。


「……しかし、そこまでの資金が急遽捻出されれば、流石に疑われるのでは?」

「すでに、ロイカー領のチヨリツ=スユキナは我が商国に組み込んでおります。その地で、宝珠の源泉や、金山、銀山が発掘されたことにすればいい」

「……すでに、帝国を裏切っている者がいるとは」

「裏切り? いえ、そうではございません。チヨリツ殿も、今後の帝国の未来さきを憂いている愛国者です」


 英聖アルフレッドは、静かにお茶を飲みながら答える。


「そもそも、帝国の皇帝を星読みが決めるなど、甚だおかしい。それでは、どんなに無能な者でも関係がなく、彼女たちの機嫌によって決められてしまう」

「……」


 その通りだと思った。よくよく考えてみれば、なぜ、殿上人である自分が、単なる祈職の女どもに未来を左右されなければいけないのか。


 英聖アルフレッドは、丁寧にドナナ皇子に語りかける。


「我々が求めるのは、帝国との融和です。この巨大な大陸を1つの国家だけで運営しようと思えば、それこそ無理が生じます」

「……無理?」

「歴史的に見れば、古来、帝国よりも遥かに強大な力を持つ国家はいくつも存在した。しかし、一度としてこの大陸が統一されたという事実はない。なぜか?」

「……」

「人はある程度の戦争が必要だからです。仮に帝国が他の国をも凌ぎ、どの国をも対抗できなくなった時、その力は分裂し帝国自体が瓦解する。それが、どうも無能にはわからないようで」

「……」


 英聖アルフレッドは、ドナナ皇子に笑いかける。


「帝国と他の大国が、ある程度の戦力バランスで争ってこそ、大陸全体の最適が保たれるのです。それには、大極を見据え、物事を帝国のみに囚われない、賢き皇太子について頂く必要があるのです」

「……だから、帝国を裏切れと?」


 その問いに。


 端正な顔をした青年は。


 綺麗な笑顔を浮かべて答える。
































「違います。これは、帝国への裏切りではない。これこそが、帝国を救う唯一の方法なのです」


 

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