ドナナ皇子


           *


「……バカな」


 元皇位継承順位第4位のドナナ皇子は、自身の邸宅で愕然とした表情を浮かべた。だが、星読みのジャザルエは、淡々とした表情で再度宣告する。


「ドナナ皇子。あなたの順位は7位です」

「……ははっ、タチの悪い冗談だな。嘘だろ?」

「いえ」

「……っ」


 頭がクラクラした。今回の継承順位は、密かにデリクテール皇子越えを狙っていたのだ。自身の努力を誇れるほどに、努力をし尽くした。


 もうこれ以上ないと言えるほどに。


『そなたは、の弟なのだから、デリクテール皇子くらいは超えろよ』

「……っ」


 瞬間、尊敬する兄の言葉が脳裏によぎる。少しでも近づこうと全力で走った。なのに……偉大過ぎる兄の背中が、どこまでも遠く思えた。


「何か質問など、ありますか?」

「7位……だとっ……7位……な……ない」

「……では、失礼します」

「な、7位……なな……な……ない……」


 星読みのジャザルエが、お辞儀をし退出した後も、ドナナ皇子は自失し、ブツブツとつぶやき続ける。


 そんな、バカな。


 潜在魔力に大差がなければ、派閥の影響力、功績に依存する。1位のエヴィルダース皇太子は、当然、圧倒的だが、次男のルーマン皇子も、ドナナ皇子も、同じ正室セナプスの息子だ。


 2人とも、それなりの権勢と功績を誇っている。


 それが……ミクリシアンあのゴミにも抜かれただと。


「そんなバカな」


 ドナナ皇子は、再びつぶやく。


 40歳オーバーにして、未だ婚姻すらできない。性格は最悪。派閥も極小で、家にも見放されたあのロクデナシ皇子に? 


 努力もしない怠惰な生活。魔力も大したことがない生粋の穀潰しに?


 あのキッツい、酸っぱい加齢臭を撒き散らす中年デブ皇子に、自分が?


 あの話し方が異様にキモいあのオッサンに?


「……」


         ・・・


 プチっ。


「……うわああああああああああっ!」


 ドナナ皇子は、力任せに棚を持ち上げて倒す。そこに納められていたワインなどは、粉々にぶち撒けられ、地面は真っ赤な液体で染まった。


「ふざけるなっ! がっ! このが7位……7位だとっ!? 7位だとおおおおおおおおおおっ!」


 力任せに、感情のまま、全ての家具をぶち壊す。7位……最下位から2番目……イルナスあのクズを除けば、実質的に最下位のようなものじゃないか。


「はぁ……はぁ……はぁ……くっ……ふぅうううううううっ……ふううううううううっ」


 こんな不公平なことがあるか。


 ドナナ皇子は、顔を塞ぎ泣き暮れる。皇帝の息子として生まれ、正室の息子として生まれ、帝国での輝かしい将来が待っているはずだった。


 だが、長男とそれ以外で、これほどまでに違うとは。


 エヴィルダース皇太子は、正室のセナプスの長男であったが故に、寄ってくる勢力も多かった。ブギョーナがそれをまとめ、清濁併せて全てを取り込んで太らせた。やがて、アウラ秘書官など有能な人材を使いながら、功績を積み上げていった。


 いつもそうだ。


 弟のルーマン皇子とドナナ皇子は、常に、エヴィルダース皇太子の影のような存在だった。皇太子として彼が煌びやかな道を歩み続けていた影で、見えないような存在。


 常に、『皇太子である兄を見習いなさい』と言われ続け、尊敬し、その背中を追ってきたのに。4位と7位では、天空宮殿における影響力が天と地ほど違う。エヴィルダース皇太子も、この結果には失望を覚えるだろう。


 何より……皇帝レイバースの……父のあの失望したような眼差しは、耐えられない。


 耐えられる、訳がない。


「……帝都に出る」


 やがて、ドナナ皇子は筆頭秘書官のラコステ=ワニーに指示をする。


「は? いや、しかし……それは」

「いいから早く馬車の準備をしろ!」

「はっ、はい」


 数時間後、帝都の繁華街に到着した。大陸有数の大通りは、貴族などもよく往来し、活気のある賑わいが広がっている。


 この裏通りには歓楽街が広がるが、ドナナ皇子の目的は表にある超高級料理店だった。


「お待ちしておりました」


 店に入ると、総支配人が出てきてお辞儀をする。この場所は、民間ながらセキュリティが厳重に保護されているので、大臣たちなども秘密裏の会談で使用する。


「……」


 ドナナ皇子が円卓に座った。しばらく、誰も現れない。だが、彼の表情は鬼気迫るほど歪み、身体は緊張で硬直し、自然と震えがこみあげる。


「……仕方がない」


 そう、仕方がない……仕方がないのだ。もう、自分には伸び代がない。次の真鍮の儀でも7位ならば、たとえエヴィルダース皇太子が皇帝になったとしても、迫害され、玩具おもちゃにされるだろう。


 それこそ、イルナスあのクズのように。


 そんなことは、耐えられない。そんなことになるくらいならば、自分はーー


「……」


 ドナナ皇子の握る拳に、ジワリと汗が出てくる。当然だ。これから犯そうとしていることは、それだけ重い。それは、重々わかっている。


 だが、御してみせる。


 突如として。


 漆黒のローブを着た痩せ型の男が出現した。鋭く無機質な目が特徴的で、禍々しく歪に曲がった魔杖を手に持つ。


「やっと、会えたわーねー……ククククッ」

「……」



































「お初にお目にかかります。私は、ルクセルア渓国の魔軍総統ギリシア=ジャゾと申します……ククク」


 

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