駆け引き


           *


 その頃、ミクリシアン皇子は、完全従属ポーズをガン極めしていた(土下座)。そんな体勢のまま、彼は目の前に出された膨大な台本をブツブツと読み込んでいる。


 ヘーゼンは別の手紙を書きながら、彼の腰に腰かけながら、淡々と指示をする。


「いいですか? 変に応用を効かせようとしないように。あなたは、柔軟性が皆無で、アドリブが効かない。なんの期待もしてないから、書いてあるパターンを一言一句違えることなく、全部頭に叩き込んでください」

「いぇへぇん!? そんな無茶なぁんーー」


 カチッ。


『ふっん……ふははははははははっぅん! そうだろぉ!? あのクソ親父のレイバースなどぉん、のお◯◯◯◯にすぎないぃん! 偉そうにしやがってぇんあのクソ◯×⬜︎……』


「失敗すれば、皇帝陛下は、すごく悲しむと思いますよ」

「いほっえふぅううううううぅん!」


 よくわからない擬音を発しながら、ミクリシアン皇子は人生で最も努力し、台本を覚える。


 そんな中、筆頭秘書官のパコル=ドブルマが急ぎ足で報告に来た(従属済)。


「で、デリクテール皇子から会談の申し込みが来ました」

「そ、それは本当かぁん! すぐに準備をーー」

「断れ」

「……っ」


 ヘーゼンはニッコリと笑顔を浮かべる。


「こ、こ、断れる訳ないじゃないですかぁーーいっひっぎいいいぃん!?」


 ブチブチブチャァッッッ!


 瞬間、へーゼンは、ミクシリアン皇子の髪をガン掴みして、毛根ごと全抜きする。


「できないなど、知るか。居留守でも使え」

「いっひっひっひいいいいぃん! あはぁいん!」

「……なんだ、嫌か?」

「じぇ、じぇじぇじぇん! じぇんじぇん! あっりがとうございまぁすぅん!」


 部分的ハゲが出来あがったミクリシアン皇子は、泣いて喜びながら、すぐさま、顔面蒼白のパコル筆頭秘書官、アンチーノ第2秘書官(従属済)に指示をする。


 そんな悲劇の3人を尻目に、へーゼンは思考を次々と組み立てる。


「想定よりも動きが早い」


 大方、モルドド秘書官の動きだろうと推測する。1年前、デリクテール皇子に抜擢されたと聞いたが、もはや、中枢まで食い込んでいるのか。


「エヴィルダース皇太子は、ルーマン皇子。デリクテール皇子は、バルモンド皇子の元に向かっているみたい」


 カク・ズが、暗躍部隊の報告を聞いてヘーゼンに伝える。


「バルモンド皇子は抑えられたか」


 的確に、いいところを突いてくる。この調子であれば、数時間後には、ミクシリアン皇子の元へと辿り着く。死ぬ気で居留守を使わせても、限度がある。


 長引かせられて、半日と言うところか。


「……イルナス様の周辺は?」

「秘書官や執事たちが、行方不明に気づいたみたい。慌てて、外に出て探し回っている」

「そうか」


 こちらは予想よりも遅い。彼らは、イルナスに対し忠誠心などはない。大方、適当に付き従っていて、職務怠慢も日常茶飯事だったのだろう。


「天空宮殿の護衛省に通報されるのは、まだ先だな」


 皇位継承順位が最下位といえど、皇子が行方不明にでもなれば、大失態だ。見つかる可能性がゼロになるまで、彼らは自身の願望に従って誤魔化そうとするだろう。


「……全員、拷問、死刑は免れないわね」


 エマが複雑そうな表情を浮かべる。


「仕方ないさ」


 あの邸宅の中に、イルナスの味方は誰一人としていなかった。彼らはあんなに小さな子どもに、一欠片ひとかけらの慈悲も施さず、ただ、己の保身と憂さ晴らしのために、遠ざかり、貶めた。


「運が悪かった。ただ、それだけのことだ」


 同時に、『運命』というのは日頃の行動で幾らでも変えられるとヘーゼンは思っている。それが、彼らにはわかっていなかった。


 天空宮殿を脱出する時に、イルナスが少しでも彼らの今後を気にかければ、ヘーゼンも忠誠心を損なわぬために、何か対処を考えたかかもしれない。


 苦境に陥った時、助けずに手を差し出さない者に、手を差し伸べる気はない。


「しかし、モルドド秘書官が厄介だな」

「へーゼンの元上官よね。そんなに有能な人なの?」

「温和な顔をした抜け目のない策士だ。人間関係の調整に長けていて、人の思惑を読むのが上手い」

「それって……清廉潔白なデリクテール皇子とは相性が悪いんじゃない?」

「……いや」


 へーゼンは首を横に振る。以前の彼はどこか浮世離れした様子が見えたが、反帝国連合国との戦を境に、変わった。


 エヴィルダース皇太子派閥から疎まれ、左遷された野心的な策略家たちを、自身の派閥に取り入れるようになった。


 そのうちの1人がモルドド秘書官だ。


 彼ならば、デリクテール皇子の高潔さを理解を示しつつ、互いに納得のいくまで話し、折衷案を混じえ、物事を上手く運んでいくはずだ。


「……ヤツが間に合えばいいがな」

「えっ?」

「いや、保険の保険だ……それより、エマ。君はこの後、自身の邸宅まで帰ってくれ」

「わ、わかった」


 ミクリシアン皇子の元に訪問した痕跡は、あえて残す。『この無能の傀儡を企てた』と見せることが、ヘーゼンの次なるプランだ。


「……」


 あの男ならば、エマに辿り着く可能性は高い。


 この時点で、イルナス皇子が皇太子となったことが、遠からずデリクテール皇子陣営にバレることが濃厚になった。


 あとは、どう延命をするかだ。


 エマの行方まで途絶えれば、モルドド秘書官の思考がヘーゼンのコントロール下から外れることになる。それは、イルナス皇子の皇太子内定を発覚するのを遅らせる可能性も、逆に早まる可能性も出てくる。


 これ以上早まるのはマズい。


「でも、ここまで辿り着いたら、流石に誤魔化しきれないんじゃないの?」

「ああ……彼ならば、いずれイルナス皇子に辿り着いてもおかしくはない。のために、物事を動かす準備が必要だ」


 モルドド秘書官のような切れ者が相手ならば、常に先手を打つ必要がある。


「最悪の想定?」


































「ヤンたちが四伯に追われることだ」

「……っ」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る