エヴィルダース皇太子(1)
*
「……」
「……」
沈黙に次ぐ、沈黙。
そして。
ガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタッ。
ドナナ皇子の邸宅。エヴィルダース皇太子は、豪奢な部屋の豪勢な椅子で、貧乏ゆすりをしまくっていた。
イライラしていた。
先ほどのアウラ秘書官の発言が、気になって気になって仕方がないのだ。
『イルナス皇子の下へ行きます』
なぜ、
「あ、あの……」
「っと、す、すまないな」
エヴィルダース皇太子は、慌てて笑顔を取り繕う。今は、
パンと手を叩き、気を取り直して、会話を始める。
「それで……様子を聞きにきたのだ。そなたも、皇帝継承順位の内定があったのだろう?」
「そ、それは」
「……」
如実に、ドナナ皇子の表情が曇り始める。『やはり、怪しいな』とエヴィルダース皇太子は直感的に思う。
だが、怪しまれないように、雑談を交えてそれとなく誘導していく。
「そなたは、日頃から厳しい修練を絶やさなかったからな。もし、相当上の順位に行っていれば、
「……」
「はははは、何を言いづらそうにしている?」
エヴィルダース皇太子は、快活な声を出して笑う。とにかく、相手のガードを下げさせて順位を聞き出さないといけない。
柔和な表情を取り繕い、柔らかい声で話を続ける。
「そもそも、皇位継承順位というのは、より優れた者が上に立つもの。誰が上で、誰が下であっても恨みっこなしだ。ましてや、
「……」
ドナナ皇子の顔色が優れない。なかなか、ガードを崩さない弟だ。残っているのは、コイツとミクリシアン皇子だけ。
絶対に、落としてやる。
「気楽に話そう。どうせ、任命式では、皇位継承順位は、公然と知られるのだ。何も隠すようなことではない」
「……し訳ありません!」
「……っ」
ガバッと。
ドナナ皇子が突然、土下座を敢行する。
やはり……こいつが次期皇太子か。
瞬間、エヴィルダース皇太子は、腑が煮えくり帰りそうな怒りを感じる。よりにもよって、自分の弟が自分を追い抜かして、皇太子の座を奪うとは。
今すぐに、斬り殺してやりたい。
しかし、そんなことは当然できることではない。エヴィルダース皇太子は、必死に自身の感情を押し殺し、何度も落ち着けと言い聞かせる。派閥では圧倒的な差があるのだ。
何も焦ることはない。
エヴィルダース皇太子は、爽やかな微笑みを浮かべて、ドナナ皇子の肩を叩く。
「何を謝ることがある? さっきも言っただろう? 皇位継承順位が上だろうと、下だろうと、
すなわち、こっちが兄でお前が弟だから、偉そうに皇太子面するんじゃねーぞ、と言外に言い含める。
ドナナ皇子は頭をあげずに、震えながら声を振り絞る。やはり、偉大な兄である自分を超えたことが、畏れ多いのだろう。
星読みどもも、なぜ、こんなヤツを皇太子に。
「私は恥ずかしい弟です。気高く、雄々しいお兄様のような存在を目指しておりましたが……このようなことに」
「わはははっ!
大事なことなので、もう一度念押しをする。すると、ドナナ皇子は、ジワっと瞳に涙を溜めながら感激する。そんな表情を見つめながら、エヴィルダース皇太子は、心の中でガッツポーズをする。
こいつは、チョロい。
絶対に皇太子の内定を放棄させて見せる。ありとあらゆる手を使ってプレッシャーをかけて、全身全霊の力を持って、派閥の総力をあげて。
それでも、ダメだったら……殺す。
「……ううっ。兄様」
「泣くな泣くな。それで、ドナナ。そなたの順位は何位だったのだ?」
エヴィルダース皇太子は、肩に手を添えて、満面の笑みで尋ねる。
「7位です」
「……」
「……」
・・・
「く、ククク……ハハハハハハハハハハハハハハハハハハっ! アハハハハハハハハハハハハハハハハハハっ! アハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハっ!」
しばらくして、エヴィルダース皇太子が大声で笑い始める。心の中では、全然笑っていない、100パーセント中の100パーセント作り笑顔だ。
「そなた、冗談が面白いな。やはり、皇太子内定となると違うな? あろうことか、
「こ、皇太子内定……あ、あの、いったい、なんのことでしょう?」
「……っ」
こいつ、この期に及んでトボけるか。
エヴィルダース皇太子は『落ち着け』と何度も心の中でつぶやき、優しくドナナ皇子に語りかける。
「だって、そうであろう? 7位と言えば、下には、
「……う、ううううううううっ」
ドナナ皇子は、さめざめと泣き始める。その様子に、エヴィルダース皇太子は、眉間に皺を寄せる。
ん? こいつ、まさか、本当に……
「いや、そなた。冗談だろう?
「ひううううううううっ……ううううううううううううううううっ……」
「泣いてないで答えろ!?」
「ひっ!?」
エヴィルダース皇太子は、怒りで机を叩き割る。
なんなんだ、この泣き虫クソ野郎は。もったいぶって、自分を嬲ろうと言うのか。こいつが皇太子なのだ。自分の見立てが間違っているはずがない。
もし、そうでなければ……
「も、申し訳ありません! ですが、私も何がなんだか……なんでこんなことになってしまったのかわからないのです!」
「いいから答えろ! そなたの順位は、本当に7位か!? 契約魔法で誓えるか!?」
「ひっ……は、はい……間違いありません。私の命に掛けて、嘘偽りは言っておりません」
「……っ」
その場を数歩後退り、眼球をガン開きにして、エヴィルダース皇太子は、口を大きく開けっぴろげる。
コイツが……7位……な、ない。
「こんな……こんな恥ずかしい弟で、本当にーー」
ドナナ皇子の申し開きを聞き終わる前に、エヴィルダース皇太子は、身を翻してその部屋を後にする。そして、すぐさま邸宅を出発して、馬を全力で走らせる。
「そんなはずはない……そんなはずが……」
誰かが嘘をついているのだ。今まで確認した皇子の中で、誰かが。ルーマンか? デリクテールか? バルマンテか? リアナか? とにかく、一刻も早く探し出さなければ……
だが。
「……っ」
エヴィルダース皇太子の想いとは裏腹に、自然と馬の走る方向は、イルナス皇子の邸宅だった。
「いや、違う。絶対に……そうだ、ただの確認だ……念の為の確認」
自分が、そこに向かうのは、『絶対』を『絶対の絶対の絶対』にするためだ。確認だ。単なる確認行為。億が1の可能性……いや、兆が1の可能性でも潰しておかなくては。
「くそっ! くそおおおおおおおっ!」
むしゃくしゃする。
ついでに、半殺し、タコ殴りにしてやる。
数十分後、イルナス皇子の邸宅に到着した。
そして、ちょうどその時に、アウラ秘書官が神妙な面持ちで出てきた。
エヴィルダース皇太子は、猛然と近づき、すぐに胸ぐらを掴んで凄む。
「どうだったのだ!? 早く言え! そんな訳ないだろう? そんな訳がないのだが、念のための確認だ! 念のための念のための念のための! どうだったのだ!?」
「やはり、イルナス皇子の皇太子内定は、間違いないようです」
「……まん?」
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