皇帝


「はぁおおぅん……こぉん……でぇん……っるぅん……」


 ミクリシアン皇子は、緊張のあまり、肛門をンギュっと引き締める。なぜ、あの男がこんなところに。なぜ、あの男が、この高貴な場にいるのだ。いや、いるはずがない。


 彼は、ゴシゴシと目を擦って、ガン見する。


 だが。


「申し訳ありませんね。アーナルド=ドアップは、私の陰部です」

「……陰部とは、彼の裏の名前のことだ」


 へーゼンは、すかさず補足する。


「おっと、失礼。表の世界では、ご主人様の第2秘書官をしております。本名は、モズコール=ベニス。以後、お見知りおきを」


 中年紳士風の変態は、優雅にお辞儀をする。


「はあっん……くっん……にぃん……にぃん!?」


 ミクリシアン皇子は、あまりにも狼狽し睾丸を数センチせり上げる。あの日から、隙を見れば通っていた。いや、通い尽くしていた。


 気がつけば、すっかり、常連だ。


「まったく……本当に残念ですよ。正直、あなたのような豚皇子などは眼中になかった。あくまで餌として準備していたのに、こんなところでカードを使わされるなんて」


 へーゼンは、至極残念そうにつぶやく。


「そん……なぁん……ば、ばばばばばかなぁん!? ギボルグ副大臣はぁん!? ウンマルコ大臣はぁん!?」

「全員、ご主人様の奴隷です」

「……おっんぐっぅん」


 モズコールの言葉に、ミクリシアン皇子は、喉を鳴らし、ゴクンと生唾を飲み込んだ。副大臣が? 大臣が奴隷? そんなバカな……いや、そんなバナナ。


 だが、そんな混乱をよそに、モズコールは自信を持って、その犯行の手口を語り始める。


「初めての風俗を、単独で突っ込む勇者は少ない。誰しもが不安ですからな。だから……私は、あなたの背中を押して差し上げたんですよ」

「えっん……くっん……ぼっ……」


 彼は、今にもゲロを吐きそうなミクリシアン皇子の背中を、優しくサスサスする。


「信頼できる者の紹介で、信頼できる者と同じ体験をする。そうすることで、心理的なハードルがグッと低くなる」


 モズコールは、自身の尻をキュッと引き締める。


「んのぉ……としぃん……あぁん……なぁ……ん」

「さらに、『副大臣以上しか入ることができない』という特別感を与えることで、VIPに向けたセキュリティも万全であるという仕掛けも施しました」

「がっん……こぅん……いけぇ……よぉん……」


 ミクリシアン皇子の動揺が止まらない。ギボルグも、ウマルコも、ケッノも、全員がモズコール劇場の役者だった。


 瞬間、中年巨漢皇子の脳内に、走馬灯のように、これまで通って来た帝都歓楽街の思い出が駆け巡る。


 あんなことや、こんなことをしてしまった。


「……おや? ミクリシアン皇子。顔色が悪いですが、大丈夫ですか?」


 ヘーゼンが首を傾けて尋ねる。


「ふっふざけるなぁん! を誰だと思っているぅん!? こんな脅しなどで屈しーー」


 カチッ。


           *


『おいぃん、の名を言ってみろぉん』

『ミクリシアン皇子です』

『ではぁん、これはぁん?』

『えっ……っと、ミクリシアン皇子のお◯◯◯◯です』

『違うぅん。これは、皇帝だ』

『ひっ、そんな不敬な』

『なんだとぉん!? どこか不敬だぁん!? いや、むしろ、のお◯◯◯◯のサイズを考えれば皇帝と呼ぶにふさわしいだろうぅん!』

『ひっ……し、しかし。流石に私ども下々の者は……』

『黙れぇん! ほら、言ってみろぉん! のお◯◯◯◯は、なんだ!?』

『こ、皇帝です』

『ふっん……ふははははははははっぅん! そうだろぉ!? あのクソ親父のレイバースなどぉん、のお◯◯◯◯にすぎないぃん! 偉そうにしやがってぇんあのクソ◯×⬜︎……』


             *


「……」

「……」


            ・・・


「いぃん……ごっほぉん……」


 ミクリシアン皇子は、油のような汗をポタポタと落とす。


「これは、私の発明した蓄音機という魔道具でして。音を記憶できるんですよ」

「はっん……ちょん……ちょまっん……」

「こちらとしては、失言の1つでも取れればいいと思ってたんですが、あまりにもどストレートに皇帝陛下への想いを述べられていて、安心しました」

「えぅん……じょん……こふぅ……さぁぃん……」


 パチパチパチ。


「いや、しかし変わった愛情表現ですな。まさか、皇帝陛下を自身の最も気高きお◯◯◯◯になぞらえるなど、本当にミクリシアン皇子は、皇帝陛下を愛しているのですね」


 モズコールは手放しで褒め称えながら、手のひらと手のひらを合わせて、広げてハートマークを作る。


「……私はまったくそう思いませんが、人の価値観はそれぞれなので、そういう見方もできるかもしれません。もしかしたら、彼のように、皇帝陛下がお喜びになるかもしれません……試してみますか?」

「だめぇええええええええええええん!? だめぇん、だめぇん! だめぇだめぇだめええええええええええええええぇん!」


 ヘーゼンの提案に、ミクリシアン皇子は、ひざまずきながら裾を掴んで縋る。


「そうですか? 万が一、億が一、兆が一、モズコールへんたいのように、あなたが皇帝を慕っているという判断をしてくれるかもしれませんけど」

「そんな訳ないぃいいいいいん!? そんな訳、そんな訳、そんな訳ないいいいいいぃん!?」


 ミクリシアン皇子は、ブンブンと首を振りながら唾を撒き散らす。


 皇帝レイバースは非常に厳格だ。性生活の乱れなど言語道断。ましてや、息子が息子を父親呼ばわりしていたなど、皇族の地位は確実に追われる。


 いや、絶対に、撲殺される。


「よかったです。少し、安心しました。あの行為について、『皇帝陛下が屈辱だと感じるであろう』という価値観を持っていて」


 ヘーゼンは爽やかな笑みを浮かべる。


「な、何が欲しいぃん!? なんでもするからぁん! 頼むからぁん! お願いしますぅん!」

「手短に言うと、奴隷ですね」

「えっん?」 



























「生涯、私の奴隷として働いてください」

「……っ」


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