ミクリシアン皇子(3)



「んんふっ、ふっ……ふっ……はあぁん……ふっ……ふっん……はあぁん!?」


 壮絶な痛みを腹式呼吸で堪えながら、ミクリシアン皇子は、目を疑った。高貴なる自分の人差し指が、逆方向に折れ曲がっているのだ。


 そして。


 目の前に、突如として、黒髪の青年が現れた。


 さっきまで、確かにミクリシアン皇子とエマの2人きりだった。やって来た、のではなく、現れた。


 ミクリシアン皇子は、すぐに振り返る。


「エ、エマ=ドネアぁん!? な、なんだコイツはぁん!?」

「……」

「……っ」


 ポーッとしてる。


 さっきから『守ってくれた騎士』見たいな目で、黒髪の青年を見つめていて、ミクリシアン皇子の声も、姿も、途方もなく届かない。


 完全なる、アウトオブ眼中。


 だが、そんな動揺など構いもしないで、男は深々とお辞儀をする。


「ど、どこから現れたぁん!?」

「初めまして、へーゼン=ハイムと言います」

「……っ」


 無視。


 質問をガン無視。


 それに。


「へ、へーゼン=ハイムぅん!? そ、そなたがかぁん!?」

「はい」

「……っ」


 へーゼン=ハイム。政治にまったく関心のないミクリシアン皇子でも、その名は知っていた。前の反帝国連合国との戦で第2功を立てた男だ。


 だが、エヴィルダース皇太子との仲が最悪で、昨今はロクな功績をあげられていないと聞く。


「エマ、あとは僕が説明する。すまなかったね。捏造された思い出話など、聞いていて気持ちが悪かっただろう?」


 !?


「ふっ、ふっけえええええええええええいぃん! ふけっ、ふけっ、ふけっ、ふっけえええええええええええいぃん! ふっけえええええええええええいええええええええええいぃん!」


 ミナクシリアン皇子は、折れ曲がった指をさし狂ったように絶叫する。なんだ、コイツは。不敬にもほどがある。自分を誰だと思っている。皇帝の息子だぞ。


 上級貴族だろうが、関係ない。皇族に不敬行為など、即、三族を根絶やしにされても、不思議ではない。


 だが。


「さて。時間もないので、本題を」

「……っ」


 そんなミクリシアン皇子の指摘を完全に、まったく、一ミリも聞かなかったものとしてスルー。こっちの事情などお構いなしに、へーゼンは話をサクサクと進める。


「私は、イルナス皇子派閥の筆頭になりました」

「あ? はっぁん! あんのゴミカス童のぉん!? 見る目ないな、そなたは」

「皇位継承最下位よりもマシですよね」


 !?


「な、なななななっ、なーーーーーーぁん!?」


 突如として、いきなり、的確に、痛いところを突かれて、ミクシリアン皇子は動揺の声を発する。


「私はイルナス皇子殿下とともに、星読みの皇位継承順位を聞きましたから。あの方は最下位ではありませんでしたから、私にはわかるんですよ」

「そ、そ、そんなの信じられるかぁん!?」

「信じられるでしょう? 

「……っ」


 寒気がするようなほど冷たい視線を向けられ、ミクリシアン皇子は、ンギュンと肛門を閉じる。


「だって、最下位は、あなたなんだから。『最下位だ』と星読みに宣告されているあなたと他2名は、イルナス皇子が最下位でないことを知っていますよね?」

「だからと言って、わ、わわわが最下位だという証拠はないぃん」

「いや、最下位でしょう。確信してます」

「……っ」


 キッパリと。


 へーゼンは断言する。


「ふざけるなぁん! どこにそんな証拠があるぅん!?」

「絶対に最下位です。命賭けます」

「……っ」


 命を賭けられた。


 命を賭けて、最下位だと言われちゃった。


「理由、聞きたいですか?」

「当たり前だ! いや、証拠などないはずだ!」

「では、手短に……私なりの分析結果です。0.00000001パーセントの確率で、最下位でない可能性はありますが、まあ、絶対と言って差し支えないほどの確信です」

「はぁん……んぐぅ」

「あなたは、すでに43歳で、魔法使いとしての成長期も過ぎてますし、そもそもの魔力も大したことはない。その16段腹を見たところ、武芸もゴミレベルだと思われます。祖父母にも見放されて、地盤は弟のナルミヤ皇子に集中していますよね。一万歩譲って外面がわがよければ、まだ、救いようもあるが、その内面なかに引っ張られて気持ちが悪いことを体現したような容姿をしている。間違いなく、皇帝の失敗作だ」

「はっぅん……くっぅん……」

「地盤も、能力も、将来性も心許ない上に、ろくな向上心も見当たらない。皇族というブランドをまとっていることに甘え、落ちぶれて、努力するすらも怠った典型的な腐った豚皇子……それが、あなたです、ミクリシアン皇子」

「はぁ……えええええええぁん!?」

「あなたのような豚皇子に比べれば、飼育された豚の方がマシなレベルだ。煮ればチャーシューになるし、焼けば美味しい肉として食することができる。ただ、皇族というだけで、帝国の莫大な富が無尽蔵に支払われるだけで、なんの生産性もない。平民たちの汗水垂らした税金を貪り食らって怠惰な生活を満喫する寄生虫にも劣る劣悪な存在。それが、あなたですミクリシアン皇子」

「おっほぉ……うおおおおおおえええええええええええええぁん!?」

「さっき、あなたの指に触れた時も、カスほどの潜在魔力しか感じられませんでしたよ。しかも、腐ってる……腐臭すら感じる怠惰な魔力でした。正直触っていて不快でした。それで、確信の確信が、確信の確信の確信に至った次第です」

「うほっ……けええええええええええええええええええええぇん!? うほっけええええええええええええええええええええぇん!?」


 MAX不敬。


 言い過ぎ。


 いくらなんでも、皇子に対して非礼が過ぎる。


「以上、手短にまとめましたが、伝わりましたかな」

「……うのぉん!? う、う、う、うのぉん!?」


 手短くない。


 全然、全くもって、手短くない。


「き、きききき貴様っぁん!? そこまでの侮辱を言うからには、覚悟はあるのだろうな?」

「事実は侮辱ではありません」

「っうふうううううぅん……」


 鼻を鳴らしながらミクリシアン皇子は、深く息を吐き乱れる。


「か、仮にぃん! 万が一ぃん! 億が一ぃん! が皇位継承候補最下位であってもぉん! 不敬罪は不敬罪だぞぉん!」


 皇位継承順位の話は、あくまで皇族内での序列の話だ。皇族であることには変わりがないので、上級貴族であっても、不敬罪は適応される。


 だが、ヘーゼンは変わらず笑顔を絶やさない。


「それについては、この男から説明させましょう」


































「お久しぶりでございます」

「あ……アーナルド=アップぅん!?」

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