それから


           *


 皇帝陛下レイバースと側室ヴァナルナースが去った後。エヴィルダース皇太子が、殺意を持って、こちらを睨み尽くした末に去ったや否や。


 エマは、すぐさまヘーゼンの両肩を掴み、ガクガクする。目いっぱい、ガックガクする。


「あ、あんまり揺らされると酔いが回るのだが」

「ねえ! ねえねえねえねえ! へーゼン……あなた、無茶しないって言ったじゃない!? 言ったじゃない言ったじゃない言ったじゃない!?」

「言ったね」

「だったら、なんで!? ねえ、なんで!? な・ん・で!?」

「結果、大丈夫だった」

「……」


 無茶→やれもしないこと→やれた→大丈夫だった→結果、無茶じゃない……うん、そっか、無茶じゃない。


「……」

「……」


          ・・・


「……っ」


 ん、いや無茶過ぎる!?


 しかし、現実に、そんなイカれた図式が成り立ってしまっていることに、恐れ慄く超名門家令嬢。


「ヤン……ヤンヤンヤンヤンヤンヤン!」


 エマは、ブワッと涙を流しながら振り返る。もう、いい。この男のイカれ具合は、今日に始まったことではない。この悩みを共有できる妹のような存在に救いを求めーー


「にゃははははは! ヤン、ちょーっと大きくなったかの」

「結構前に大きくなりましたよー。目が回るから、回さないで欲しいんですー」

「……っ」


 ヤンは、すっかり出来上がっていた酔っ払い(ヴォルト)に高い高い(クルクル)されている。すなわち、それどころじゃない。


 と言うことは、一緒に、ガビーンしてくれない!?


「だが、これで終わったな」

「……っ」


 一方で、勝手にひと段落つけたヘーゼンは、やはり、少し酔っ払っているのか、ボーッと天井を見る。


「な、何も終わってないと思いますけど」


 絶賛回転中のヤンが、ボソッとつぶやく。


「論功行賞もひと段落ついた。名目的には第1功を譲ったが、裏で確約している昇進と土地も譲渡されるだろう。あとは……正式な式典だから、無礼講という訳にもいかないしな」

「「さっきのはいいみたいになっちゃってる!?」」


 ヤンとエマは、やはり、同時ガビーンをする。


 とは言え、異常者サイコパスの行動が異常であることは、むしろ、普通であると理解している弟子は、すぐさま切り替えて平常な思考を巡らせる。


「あっ! ってことは、すー。私、学生に戻れるってことですか!?」


 酔っ払いに高い高いされているヤンは、目を輝かせながら尋ねる。


「ああ」

「やったー! やったー! やったー! やったー! やったー! やったー! やったー! やったー! やったー! わーい! わーい! わーい! わーい! わーい! わーい! わーい!」

「まあ、閃光のように短い貴重な学生生活を、せいぜい充実して過ごすのだな」

「ふ、不吉なこと言わないでくださいよ。まだ、1年と半年残ってますよ」

「ふっ……」

「絶対にそんなにないって笑い方してる!?」


 ヤンはガビーンと愕然とする。


 そんな中、ラスベルが部屋の中に入ってきた。彼女は、戦後の処理でいろいろと駆け回ってくれていた。感情的に未熟なヤンと違い、間違いなく仕事をこなしてくれていると言う意味では、使い勝手が遥かに上だ。


「ゴスロ家とは?」

「概ね会話できました」

義母かあさんは元気だったか?」

「は、廃人みたいな顔してました」

「そうか……元気そうで何よりだ」

「言葉が通じていない!?」


 ラスベルがガビーンと愕然とする。


「それで、あの……モズコールさんが……」

「そ、それは、後で聞く」


 ヘーゼンは如実に話題を避けた。


「姉様! 私、これで、学生やれるんです! めいっぱい、学院を楽しめるんです!」

「そう……よかったわね」


 学生生活を過ごせるだけで、こんなに無邪気に喜ぶ黒髪少女を見ながら、つい、ホロリと涙腺が緩くなってしまう青髪少女。


 一方で。


「ラスベル、心配には及ばない。この甘ったれには、僕が全身全霊をかけて学生生活を過ごさせてみせるから」

「「「「ほぼ地獄宣言!?」」」


 ヤン、ラスベル、エマ……そして、外にいたカク・ズの言葉は見事に一致した。


「私は、とにかく、帝国将官試験に受からなくちゃ」

「君ならトップは間違いなしだが、まあ、左遷部署への配置だろうな」


 反帝国連合国との戦で、ヤンとラスベルは完全にへーゼンの弟子として認知された。申し訳ないが、今後は不遇を囲うことに間違いはない。


「……仕方がありません。私が選んだ道ですから」


 だが、ラスベルの顔に迷いはない。


「とは言え、種は蒔いてある。左遷部署と言えど、キッチリと実績が積める部署に異動させるから、そのつもりでいてくれ」

「で、できるんですか? 先ほどエヴィルダース皇太子が信じられないような殺意を撒き散らして出て行ってましたけど」

「なんとかする」


 ヘーゼンは、キッパリと答える。学生時代からの奴隷セグゥアは、人事院期待の若手であり、名門ジュクジォ家の婿養子でもあるので、裏で暗躍させれば、それなりに活躍できる土壌のある部署に行けるはずだ。


 元上官のロレンツォ次長はデリクテール皇子の派閥だが、人の良いあの人のことだ。有能な人材を寄越せば、ヘーゼン陣営でも鍛えてくれるはずだ。


 戦場ではマラサイ少将など、骨のある派閥外のものは、そもそも問答無用だろうし。


「……そこには、ヤンでもぶち込むか」

「絶対ヤバい想像してる!?」


 度重なるガビーンをスルーして、ヘーゼンは思考を続ける。


 あとは、隙間でケッノ=アヌ生粋のクズなどを脅していけば、まあ、なんとかなるだろう。


すーは、これからどうなさるんですか?」

「ほぼ間違いなく左遷部署で軟禁状態だから、その間で力をつけるさ」


 2号(内政型)もいるから、天空宮殿に貼り付けになることはないだろう。やることは山ほどあるが、一旦は表舞台から姿を消すことにかるかなと、ヘーゼンは思考する。


「フフ……学校……私、ヴァージニアとロリーと楽しんじゃいますから! 全力で学生生活を満喫しますから!」

「はぁ……ヤン、遊びではないぞ」


 そう嗜めながら。


 ヘーゼンはフッとため息をつき。




























 珍しくワインを自分から口にした。



             帝国編 完

             ヤン学生編 完

             →皇位継承編



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【あとがき】


いつもご拝読ありがとうございます。

花音です。


ここまで、読んでくださり本当にありがとうございます。また、応援、レビュー、評価、誤字脱字等のご指導ありがとうございます。普段、返せていない代わりにこの場を借りてお礼を言わせてください。


 さて、皇位継承編ですが、別編を(すでに非公開にしました)加筆・追加・修正したものになると思います。


 申し訳ないです、オリジナルにしたいところなんですが、物語の流れ上、ほぼ前と同じ話を載せることもあるかなとは思います(特に導入部)


 毎日投稿は変わらず続けていく予定ですので、何卒ご容赦いただき読んでいって貰えばと思ってます。


 今後とも何卒よろしくお願いします。


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