皇帝
エマは気疲れのし過ぎで、幻聴を聴いているのだと思った。いくらなんでも、いくらヘーゼンでも、皇帝陛下の目の前で、そんな……まさか……
「ガッ……ガガガガガガッ……」
「……っ」
父のヴォルトの目玉が飛び出てるー! あの、暴走クソジジイが。いつも、空気の読めない迷惑な父親が。メチャクチャに動揺しまくっている。
「はわっ……はわわわわっ」
とんでもないことを。
当の皇帝レイバースも、耳をかっぽじっている。いや、かっぽじっていらっしゃる。そして、仕切り直して、再度、聞き直す。
「フフッ……歳のせいかな。最近は、耳も大分悪くなってきた。ヘーゼン=ハイム。もう一度、言ってくれ。今、なんと?」
「恐れながら申し上げますと、エヴィルダース皇太子は、皇帝の器ではございません」
「「「「「……っ」」」」」
やっぱり、幻聴じゃなかった。
と言うか、恐れろ。
「申し訳ありません。お酒に慣れていないようで、少々酔っ払っているようです。失礼を申し上げているかもしれませんが、紛れもなく本心なので、広いお心でお許しいただきたく思います」
「「「「……っ」」」」
酒のせいで済むレベルじゃない。皇帝陛下の目の前で、皇位継承権第一位の息子を、ゴリッゴリに否定したのだから。
「ガハ、ガハハハ! な、なるほど。ワシも若かりし頃は、若きレイバース皇太子にそんな苦言を言ったことあった……かな? ほ、ほら、本気でぶつかったあの時です!」
「た、確かに。あの時だな! ふ、フフッ、あの時の……拳は痛かったな。だが、ヴォルトとはその後、親友となり今もなお私を支えてくれている」
皇帝レイバースとヴォルトは思い出したかのようにそう言い、必死のフォローをしつつも、『確かそうだったはず』と無理やり、懐かし気な笑顔を浮かべる。
だが。
「私は違いますね。今のエヴィルダース皇太子が皇帝になれば、仕える気も、支える気も、毛頭ございません」
「「「「「……っ」」」」」
断固、超否定。
「あわ……あわわわわっ……」
その場で、エマがテンパりながら、ヤンの方を見る。
「……っ」
当然の如く、ガビーン顔。
「き、き、ききききききき貴さっ……貴様っ……くっ……」
エヴィルダース皇太子は激昂しかけたが、素早く口を閉じる。だが、拳には爪がガッツリと食い込み、血がポタリポタリと滴れ落ちる。
皇帝レイバースも、さすがに驚いた表情を浮かべる。ただ、不快な表情は見られなかった。
「その……理由を聞こうか」
「資質の面で、私が口を挟む気はありません。まあ、少し苦言を言わせて頂くならば、甘やかされて育ったせいで、自制心が足りておらず、浅慮なところがありますので、その腐った性根は直すべきでしょうな」
「あぐっ……あがごぐぅ……へ、ヘーゼン=ハイムぅ」
苦言。あまりにも、超苦言過ぎる。
エヴィルダース皇太子の口から泡がブチブチと発生する。
「ですが、私の気になっているところは、そこではありません。大事なのは、皇帝として何を為したいかです」
「……」
そう答えた時、皇帝レイバースの表情が変わった。
「エヴィルダース皇太子には、帝国をこうしたいというヴィジョンがないように見えます。それは、ある意味で柔軟なことだと感じますが、トップの皇帝になれば、そうは行かない」
「ふ、ふざけるな! 貴様のような……貴様のような輩に何がわかる!?」
さすがにエヴィルダース皇太子が激昂して叫ぶ。
「では、なんのためにですか?」
「……っ」
「エヴィルダース皇太子。あなたは、なぜ、皇帝になるのですか?」
「くっ……貴様っ! 不敬にも程があるぞ!?」
「誤魔かさないでください」
「……っ」
ヘーゼンは、真っ直ぐにエヴィルダース皇太子の表情を見つめる。
「貴様に答える筋合いなどない!」
「……エヴィルダース。よい、申してみよ」
「へ、陛下。ですが、この男は、あまりにも不敬でーー」
「臣下の率直な意見と問いかけは、不敬とは言わないぞ」
「で、ですが」
「それに……敬意とは己の内から出てくるもの。へーゼン=ハイムからそれを感じないと言うのは、エヴィルダース。貴様が、敬意を払うに値しない者だと見なされているからではないのか?」
「……っ」
「さあ、答えよ」
「そ、それは……」
エヴィルダース皇太子は、答えに窮して筆頭執事のグラッセの方を見る。
「……わかった、もういい」
「あう……あ、いや、そうではなくて……その……」
皇帝レイバースが、小さくため息をつくと、エヴィルダース皇太子は如実に顔を真っ青に染めて、言い訳にもなっていない言い訳をつぶやく。
「かつて、レイバース陛下は、領土拡大政策を掲げ、12大国の1つであった帝国をトップの超大国にまで押し上げました」
「……」
「それは、若き皇太子であったレイバース陛下が強く熱望し、前皇帝のレゴラス陛下と激しく対立してまで己の想いを貫いた」
「……」
ヘーゼンは、ワインを一気に飲み干す。
「エヴィルダース皇太子は、生まれてから一度でもレイバース陛下の意見に逆らったことがありますか?」
「……ないな」
皇帝レイバースもまた、ワインを一気に飲み干す。
「そ、それは皇帝陛下の意見が常に正しいからでーー」
「皇帝であろうと、万能ではありません。常に皇帝が正しいなどという考えを持った者に、少なくとも私は仕えたくはありません」
「へ、へ、ヘヘヘヘヘーゼン=ハイム……貴様ぁ!」
「……エヴィルダース。少し、黙れ」
「あぐっ……あぐぁ……」
皇帝レイバースの静かなる言葉に、エヴィルダース皇太子は唸りながら自制する。
だが、なおもヘーゼンは話をやめない。
「自身の意見を持たないのは致命的です。皇族として、常に臣下に囲まれたせいで、臣下の意見が自身の意見だと勘違いし、自身で思考することがなくなってしまった」
「……」
「だから、一部の家臣から犬のような扱いをされるのです」
「「……っ」」
お前しかしてない、とヤンとエマは強く思う。
「少なくとも、帝国の
「……っ」
へーゼンは、そう答えて、さらにワインを口にする。
「……なるほど。では、その方はデリクテール皇子の派閥という訳か?」
皇帝レイバースはグイッとワインを口にする。
「いいえ」
「……では、他の皇子に仕えるべき者がいると?」
「私が忠誠を捧げるのは、皇帝陛下の器に足る者です。そういう意味では、未来のエヴィルダース皇太子にも、デリクテール皇子にも……無論、他の皇子に忠誠を誓いますし、誓わないとも言えます」
「……」
へーゼンは、そう答えて、さらにワインを口にする。
「フフフ……やはり、その方は面白い男だな」
皇帝レイバースも同じくワインを飲む。
「へーゼン=ハイム。その方が、今後、どの皇子につくか。
「……真の皇帝足る器を望むのでしたら、覚悟された方がいいでしょうな」
そう言った瞬間、笑みを浮かべていた皇帝レイバースの表情が引き締まる。
「どういう意味だ?」
「血ですよ」
ヘーゼンは赤く染まったワインを掲げる。
「血?」
「皮肉なことですが、平穏からは平凡な皇帝しか生まれません。血で血を争うほどの壮絶な戦いの中にこそ、真なる皇帝が生まれます」
「……息子たちを互いに斬り合わせろ、と?」
「陛下に、真なる後継ぎを作る覚悟がおありならば、そうなさると良いでしょう」
そして、そのワインを一気に飲み干す。
「……」
「っと。申し訳ありません。少し酒を飲み過ぎたようだ。つい本心を話し過ぎてしまいました。いや、陛下に無礼講と言って頂き本当に助かりました」
「「「「「……っ」」」」」
それで、済む!? とその場の全員が思った。
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