無礼講


 宴の間に、レイバース陛下が入ってきた。側には、ドネア家の当主ヴォルト。そして、1人の美しい淑女が控えていた。


 側室ヴァナルナース。金色の流れるような髪。透き通るような粉雪のような肌。『傾国の美女』とまで噂されている美貌の持ち主だ。


 末子の童皇子イルナスの母親である彼女は、皇帝からの寵愛を受けていた。


「……」


 エヴィルダース皇太子は、ギュッと握り拳を握る。彼の母親は、正室のセナプスなので、その冷め切った間柄を苦々しく思っているのだろう。


「急にすまないな。ヴォルトが、ヘーゼン=ハイムとの宴を執り行うと聞き、も参加したいと思ったのだ」

「もったいなきお言葉です」


 へーゼンは片膝をつきながらお礼を言う。


「本来ならば、後に開かれるであろう大規模な祝宴で話を聞きたかったのだが、少し遅れているようだから、すぐにでも話を聞きたくてな」

「……っ」


 ビクッと、エヴィルダース皇太子が肩を震わせる。彼の側には、筆頭秘書官のグラッセしかいない。周囲に多くの家臣がいなければ、かなりションボリしたように見える。


「ガハハハハハハッ! まさか、武聖クロードと魔戦士長オルリオを相手にし、退けるとは思わなかったぞ。ワシも、鼻が高い」

「……ははっ」


 ヴォルトは、へーゼンの側に行き肩を組んで、ワイングラスに酒をダボダボに注ぐ。へーゼンは引きつった表情で笑みを浮かべ、渋々、ワインに口をつける。


「特に五聖は、我が四伯と並び称される大陸屈指の強者。反帝国連合国との戦で、その武威を見せつけたのは本当に痛快だった」


 皇帝レイバースは、嬉しそうにワインを飲み干す。


「あの陛下……お身体に触りますので、飲み過ぎは」

「ハハハ、わかっておる。ヴァナルナースは、心配性だな」

「……」


 2人を観察したへーゼンは、この結びつきは非常に強いものだと推察した。晩年の老人が若い女に狂うことはよくあることだが、互いに慈しみ合い、寄り添う様子が見てとれる。


「陛下も若き時は、たびたび戦場へ赴きワシらを困らせたじゃありませんか」


 ヴォルトも酒が進んできたのか(20本目)、イタズラっぽい笑顔で皇帝レイバースに問いかける。


「あの時は、が行けば、帝国軍の士気が上がると思ったのだ」

「いや、非常に迷惑でしたよ。敵国の猛者たちがこぞって狙ってくるのですから」

「ハハハ! 思えば、若き頃は多く失敗してきたものだ」

「……」


 若き皇帝レイバースの勇猛さは有名だ。晩年こそは、天空宮殿内に引きこもって皇太子に実権を渡したが、たびたび戦にも赴いていたと聞く。

 

「ガハハハ……いや、本当に困った……そして、ジオラ伯の困った顔が、印象的だったわい」

「「……」」


 皇帝レイバースとヴォルトは、各々で少し物寂しい表情を浮かべる。


「へーゼン=ハイムよ。ジオラ伯は……最後、なんと言っていた?」

「……帝国国民を見ながら、『いい笑顔じゃ』と言っておりました」

「そうか」


 精悍な表情をした老人は、ワインをグイッと飲み干した。そして、更に酒が進んで来たタイミングで、声をかける。


「へーゼン=ハイム。1つ頼みがあるのだが、聞いてくれるか?」

「はい」

「この度の反帝国連合国の戦は、その方が紛れもなく第一功だ。それは、疑いようがない。だが、ジオラ伯もまた、長年帝国に尽くしてくれた重臣。は、最後の最後まで帝国に尽くしてくれた忠臣の死に華を添えてやりたいのだ」

「従います」

「……いいのか?」

「陛下の臣下を大事にされているお心が伝わってきました。また、ジオラ伯とは数回ほどしか会話をしておりませんが、非常に素晴らしく尊敬すべき人物でありました。異存はございません」

「そうか」

「……」


 皇帝レイバースに、安堵の表情が見てとれる。へーゼンは、かなり、臣下を気遣う性格の持ち主だなと推察した。


 帝国における皇帝の晩年は、如実にレームダックが始まるものと聞いている。それは、星読みが次期皇帝の指名権を持っているからで、皇帝の権力が相対的に弱まるからである。


 だが、依然として皇帝派としてある程度の権力を持っていることを考えると、人望は多く集めていたようだ。


「エヴィルダースも、それでよいか?」

「はっ! もちろんでございます」

「……」

 

 勝ち誇ったような笑顔で、エヴィルダース皇太子は頷く。どうやら、ヘーゼンが第1功でなくなることが、嬉しくて仕方がないらしい。


「よかった。では、今夜は無礼講だ。楽しく飲もう」


 皇帝レイバースは、その後も上機嫌にワインを口にする。


「ところで、そちらの可愛らしい子はどなたかしら?」


 ヴァナルナースが、料理を食べている黒髪少女を見て尋ねる。


「弟子のヤンと言います」

「なんと。その方が、海聖ザナクレクが率いる大船団を退けた少女か」


 皇帝レイバースは瞳を丸くする。


「……」

「どうした? ヴァナルナース」

「……いえ」


 瞳を潤ませた彼女は、皇帝レイバースの問いに答えなかった。恐らく、イルナス皇子のことを思っていて辛くなったのだろう。


 童皇子は、すでに継承争いから外れていると見なされている。皇帝からも目をかけられてもいないので、この場で口にするべきではないと思ったのだろう。


 更に酒が進んで来た時に、皇帝レイバースが上機嫌に声をかける。


「へーゼン=ハイム。その方から見てエヴィルダースをどう見る?」

「と言いますと?」


 皇帝レイバースの問いに、へーゼンは聞き返す。


は、少し覇気がないようにも映る。一方で、家臣たちからは、剛毅な気性であるとも。もう少し、偽りなき自身を見せて欲しいと願っているのだが。どう思う?」


































「器ではありませんな」

「「「「「「……っ」」」」」

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