ドネア家


           *


 へーゼン一行は、ドネア家の邸宅に到着した。流石に皇帝陛下が来るというだけあって、全員が慌ただしく支度をしている。


「え、エエエエマ様!? 今まで、どこにいらしたんですか! 早く……早く準備してください!」


 筆頭執事のパエリが、慌てふためいた様子で駆け寄ってくる。


「……そうだ!? えっ、私、何でこんななの!?」


 エマは自分の格好に気づき、慌てふためく。皇帝陛下との会食1時間前。超名門のドネア家令嬢と言えど、本来ならば半日前ほどに身だしなみなどを整えて臨むのが常識である。


 確実に、彼女の常識は破壊されつつあった。


「さっ、ヘーゼン様、ヤン様も、カク・ズ様も早くお着替えになって下さい」

「はぁ……」


 ヘーゼンは、乗り気じゃない様子を隠そうとしない。皇帝陛下に酒を注がれれば、飲むしかない。思考が停止するので、酒は好まないのだが。


 そして、30分が経過して。


「ど、とうかな? 変じゃないかな?」


 エマが身だしなみを整えてきた。5分で、支度を終えたヘーゼンは、視線を数秒動かして笑顔で頷く。


「いいんじゃないか? あまり、帝国の流行には詳しくないが、綺麗だと思うよ」

「エヘヘ……エヘヘへへ……」


 ブラウンヘアの令嬢は顔を真っ赤にしながら、嬉しそうに微笑む。


 一方で、ヤンもまた、身だしなみを整えさせられて来た。普段から、上級貴族の嗜みなどさせていないので、着させられている感がある。


すー。私はどうですか? 変じゃないですか?」

「変」

「キーッ! なんなんですか!? なんなんなんなんなんなんですか!?」


 ドレスアップした状態で、ヤンはグルグルパンチをかますが、やはり、額で止められる。


 そんな中。


「エヴィルダース皇太子がいらっしゃいました」

「え゛っ!? な、なんで」


 エマが驚いた表情で、筆頭執事のパエリに尋ねる。


「皇帝陛下が、急遽お呼びになられました」

「……そうか。呼んだか」


 ヘーゼンは冷静につぶやく。


「えっ! ど、ど、どう言うこと!?」

「エヴィルダース皇太子の顔も立てようと言う、配慮だよ」

「と、とにかく出迎えに行くね」

「えっ? 僕も行くけど」


 !?


「行くの!?」

「当たり前だろう? 皇太子が来ているのに、出迎えに行かない帝国将官がいるか?」

「そうだけど、あなたは行かないで! いや、でも……行かないとマズいのかな……でも、行ったって修羅場だし……えっ!? どうしよう、どうしたらいいの!?」


 エマは混乱に混乱を重ねる。


「君は、ただ、笑顔でいてくれればいいよ」

「……っ」


 ニッコリ。


 こんなにも心トキめく台詞が、全然ロマンティックじゃない。むしろ、不安、不穏、不吉を増長させる言葉だ。


 そして、せっかちのへーゼンは、すぐに足を前に進めて筆頭執事のパエリを追い抜いて、出迎えに行く。


「……っ」


 結果として、ドネア家に入って来てエヴィルダース皇太子が見たのは、へーゼン=ハイムの姿だった。


「本日は、私の第一功をお祝いくださるそうで。本当にありがとうございます」

「……」


 エヴィルダース皇太子は、何も言わずにへーゼンを無視して、宴が執り行われる場に移動する。その場にいたエマとヤンは、思わず安堵の表情を浮かべる。


「よかったぁ。ここで怒鳴り合いが始まったらどうしようかと」

「あの方にとって、ドネア家は重要な位置付けだからな。まして、皇帝陛下を招待した会食で、表立った非礼はしないさ」


 それに、かなり、緊張している様子だった。どうやら、相当に父親のことを恐れているらしい。


すー

「ん?」

「もし、ですけど。反帝国連合国との戦の功績で、レイバース陛下がエヴィルダース皇太子に譲位したらどうするんですか?」

「……僕はないと思うな」


 ヤンの問いに、へーゼンは迷わず首を振る。


「なんでですか? エヴィルダース皇太子は総指揮官ですし、可能性はあると思いますけど。レイバース陛下の前では、ネコ被っているみたいだし」

「や、ヤンちゃん! めっ!」


 エマは、慌てて黒髪少女の口を塞ぐ。


「……実際に2人の関係性を見た印象でしかないが、レイバース陛下には、エヴィルダース皇太子が『未だ皇帝の器ではない』とみなしているのではないかな」


 謁見の度に思う。皇帝を前にしたエヴィルダース皇太子は、いい意味でも悪い意味でも覇気が感じられなかった。借りてきた猫のように大人しくなるのだ。


「皇帝とは、誰にもへりくだらず、強固な意志を持ち、物事の実行を指示していくものだ。皇太子と言えど、玉座欲しさに完全に遜ることなど、レイバース陛下は望んでいないように思える」

「……いつものままのエヴィルダース皇太子の方がいいってことですか?」

「少なくとも、本性を隠したまま接するよりは、その方がいいだろうな」


 自分を曝け出すということは、覚悟のいることだ。エヴィルダース皇太子には、圧倒的にそれが足りていない。要するに、小手先だけでいい顔をしたって皇帝には通用しないということだ。


「へーゼン……くれぐれも」

「わかってる。皇帝陛下の前で、無茶はしないさ」

「……っ」




























 めちゃくちゃ、嘘くさーい、とエマは圧倒的な不安を覚えた。

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