ヘレナ=ゴスロ(2)



「はっ……くっ……」


 ヘレナは唖然とした。亡き前の夫、ゲスリッチ=ドーテに強制NTRをさせてきた真性変態執事が、なぜ、こんなところに。


「なんだろうね? 行こうか」

「はっ……はひっ……あっ……いや、ちょまっ……ちょまっ……」


 首を傾げながら部屋を出るラレーヌに、ヘレナ震える足をガクガクさせながらもついて行く。


 震える。


 あの時のことを思い浮かべると、足どころか、全身が震える。


 そして、そんなことなど想像にもせず、ラレーヌは変態に向けて、満面の笑みを浮かべる。


「これはモズコール殿。ヘーゼン=ハイム様のご活躍は耳にしてますよ。私も親族として、鼻が高いです」

「いや、ありがとうございます。ご主人様に、しっかりとお伝えしておきます」

「とは言え、エヴィルダース皇太子に対し、相当に喧嘩を売ったことは天空宮殿界隈では持ちきりのこと。どうなさるおつもりでしょう?」


 ラレーヌは鋭く尋ねる。現在のゴスロ家の立場は微妙だ。元々の当主は、ブギョーナで、エヴィルダース皇太子の側近であった。


 その後、彼が失脚して当主がネト=ゴスロとなったが、派閥の離脱は解消していない。今後のゴスロ家の立ち回りは難しいものになってくるのは容易に想像ができる。


 その問いに、モズコールは困ったような笑みを浮かべて答える。

 

「私は政治ソッチの方は全然疎いもので。後日、第3秘書官のラスベル様がいらっしゃいますので、彼女とお話になってください」

「……では、モズコール殿は何をしに?」

「ヘレナ様と2人でお話しさせてください」


 !?


「えっ……わ、わわ私!?」

「はい」


 ニッコリとモズコールは笑顔を浮かべる。


「……わかりました。では、客間をお使いください」

「ありがとうございます」


 執事に案内されて、モズコールとヘレナは客間へと入る。


「さて……やっと2人っきりになれましたな」

「な、ななななんの用事ですか!?」


 ヘレナが叫ぶと、モズコールは数枚の肖像画を手渡す。


「こちらが、あなたに方々です。ウンマルコ=ビッジ……オーサ=カンデス……カンジ=チャウー。この3人は、いずれも、帝国の大臣級です」

「……っ」


 キッつ、とヘレナは目を背けた。なんて醜悪なブサイクどもだろうか。ブギョーナに勝るとも劣らない。ゲスびた笑いが肖像画から聞こえてくるようだ。


「こ、この人たちに……何を?」

「彼らとの情事を思う存分楽しんでいただきます」


 !?


「い、嫌ですよ! 嫌です嫌」

「嫌よ嫌よも、ですか。さすが、『ブス専のヘレナ』……わかってますなー」

「……っ」


 不名誉極まりない異名。


「とにかく、何とかして2人きりの機会を作ります。その間で、なんとか、潜り込んでください」

「潜り……込む?」


 何を言っているのだ。こいつは、いったい、何を。


「大臣室執務机の下に、ですよ」

「はっ……くっ……」


 さも、当然かのように。変態は、まるで、息をするかのように答える。


 潜り込んで、ナニを、どうしろと言うのか。


「そ、そんなことされたら変な女だと思われて終わりでしょう!?」

「確かに、突然の暴挙に、困惑するでしょう。ですが、私は帝都の裏社会で彼らの性癖を抑えてます。2人きりからの、突然、人が来てからの執務机の下に潜りこみ。これですな」

「……っ」


 イカれてる。


 この男は、脳みそがイカれてしまっている。


「そ、そんなはしたないことできません!」

「できるでしょう?」

「……っ」


 モズコールは、さも、当然かのように言い放つ。


「いや、助かる。あなたのような淫乱クソビッチは非常にレアです」

「……っ」


 こんな変態に、淫乱クソビッチ呼ばわり。ヘレナの中に、フツフツと怒りが込み上げる。


「あなたは本当に逸材だ。絶妙な熟女感。適度なアバズレ感。普遍的なメス顔感。ドスケベ三拍子がすべて揃っている」

「くっ」


 言いたい放題。なんなんだ……こいつは、自分の何を知っていると言うのだ。


 そんなヘレナの怒りなど気にすることもなく、モズコールはイキイキと話を続ける。


「男はシチュエーションに燃えるもの。あの偉大なるへーゼン=ハイムの義母ママハハでありながら、名門ゴスロ家の当主の妻というステータスは、彼らの欲望をより刺激する」

「はっ……くっ……」


 モズコールは、恍惚の表情を浮かべて嗤う。そして、大きく手を掲げてまるで、壮大な理想を語らう政治家の如く、高らかに謳う。

 

「許されざる熟された禁断の果実。それが、あなただ! ヘレナ=ゴスロ様」

「で、できないって言ってるじゃない!」

「……」


 パーン。


 ヘレナはモズコールの頬を思いきり叩いた。手がジンジンする。だが、当然だ……


 こんな言い方されて、黙っている方がーー


「淫乱クソビッチな義母ママハハ……ママ……はは……はぁ……はぁ……うぐっ」

「……っっ」


 突然、モズコールは胸を抑える。動悸が高鳴り、苦しそうに息を吐く。明らかに、身体に変調をきたしている。ただ、苦しそうにしながらも、ヘレナには、一向にそれが苦しそうに見えなかった。


 それはまるで……苦愛くるいとおしいかのように。


「ぐっ……ごがっ……ぐぐぅひぃ……」

「こ、来ないで!」


 ヘレナは、悶絶しながら、苦しみながら、近づいてくるモズコールを前にして後ずさる。


 だが、彼は猫のように拳の面を前にして、ニャンニャンポーズをしながら、踊りながら、更に更に近づいてくる。


 やがて。


 モズコールは両手で型取ったリンゴマークを前後しながら、ブツブツとつぶやき、近づく。


「禁断の……果実……リンゴ……ママ……バブみ……ドキン……ドキン……ドキン……ドキン……ふぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおん! あああああああああああああ高鳴るううううううううううううううううううううううううううううぅ!」

「……っ」


 降臨。


 異常変態サイコパススケベ降臨。


 に、逃げなきゃ。


 ガチャガチャ。


「……っ」


 ヘレナは身を翻して、ドアに近づきノブを回すが、一向に開かない。


「無駄です。外部への情報を遮断するための魔杖きぐを使ってます。こえも漏れることはないので、ご安心を」


 モズコールは、いかにも、卑猥そうな棒をこれみよがしに掲げながら、更に更に近づいてくる。


「ひっ……ひいいいぃ」


 何とか、こいつから逃れるためには……


 殺す。


 殺すしかない。


 ブチっ。


「きえええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええっ!」

「……っ」


 ヘレナは、目を充血させ、猛然と突進。マウントを取り、モズコールの顔面を躊躇なく殴る。


 この男のせいで、この男のせいで、自分の人生は台無しになったのだ。ヘレナは、全身全霊を賭け、力の限り、文字通り全てを振り絞って殴り続ける。


「オラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラ!」

「うばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばば」


 弾弾弾弾弾弾弾弾弾弾弾弾弾だだだだだだだだだだだっ! 弾弾弾弾弾弾弾弾弾弾弾弾弾だだだだだだだだだだだ弾弾弾弾弾弾弾弾弾弾弾弾弾だだだだだだだだだだだ弾弾弾弾弾弾弾弾弾弾弾弾弾だだだだだだだだだだだ弾弾弾弾弾弾弾弾弾弾弾弾弾だだだだだだだだだだだ弾弾弾弾弾弾弾弾弾弾弾弾弾だだだだだだだだだだだ弾弾弾弾弾弾弾弾弾弾弾弾弾だだだだだだだだだだだ弾弾弾弾弾弾弾弾弾弾弾弾弾だだだだだだだだだだだっ!


          ・・・


 ピクッ……ピクッ……


 更に。


「死んねえええええええええぇ!」

「ん゛ぎいいいいいいいいいいいっ!?」


 泡を吹きながら、うめき声をあげるモズコールの首を、なおも、全力で締める。もうすぐ……この異常者を……亡き者にできる……


 ヘレナは首を思いきり締める。ピクついていたモズコールは、眼球が今にも飛び出しそうな顔で『ぐるもぎゅ』と変な擬音を立てながら唸る。


 やがて。


 モズコールは両手を地面に落としながら、ペタッとへたる。


「はぁ……はぁ……」


 殺した。


「……はぁ……はぁ……」


 殺して……しまった。


「あっ……わ、私……」


 その時、正気に戻った。


 なんてことを……


「……っ」


 その時。


 ゴリっと。ヘレナの尻に硬いモノを突きつけられる。モズコールを見ると、微かな笑みを浮かべながら勝ち誇ったように笑っている。


「はっ……くっ……そっ……そんなーー」


 バカな。なんで生きて……いや、それより、この男は、丸腰だった。間違いない。さきほどの魔杖も、すでに地に落ちたままだ。現に両手は完全にバンザイをしてされるがままではないか。


 いったい、何を突きつけられてーー


「はぁ……はぁ……はぁ……これ以上、動かないで……ください」

「ふ、ふざけるなーー」

「本意ではない!」

「……っ」

「私がこれを……だが、今、あなたがこれ以上動けば……頼みます……私に……これを……撃たせるな」

「……」


 ヘレナは、抵抗をあきらめ、ガックリとうなだれる。


 まさか、他の魔杖を常備しているなんて。思えば、ヘーゼンもそうだった。学生の頃、襲いかかった時に、小枝のような魔杖で、用心棒を皆殺しにしたんだった。


「……ふっ」


 抵抗をやめた彼女を凝視して。


 モズコールは、フッと爽やかな笑みを浮かべ。


 いった。


「ありがとう」

「えっ?」































「気持ちくしてくれて……ありがとう」

「……っ゛」

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