ヘレナ=ゴスロ(1)


           *


 天空宮殿にあるゴスロ家の邸宅。豪華な部屋の豪奢なベッドの上で、一組の夫婦が寝転んでいた。


「……」


 妻のヘレナ=ゴスロは、隣にいる夫の頬をソッとなでる。


「……はぁ」


 不細工ブスだなぁと、ネトの顔面を眺めながら、しみじみと思う。悪い人じゃない。いや、むしろ、もの凄くいい人だ。


 思えば、これまで結婚してきた人たちは、自分にはもったいないくらいの、いい人だった。


 ただ、平均年齢が90歳を越えていただけで。


 ヘレナはおもむろに立ち上がり、鏡の前で『だっちゅーのポーズ』を決める。


「……」


 うん、問題ないプロポーションだ。最近、上級貴族の食事が美味し過ぎて3kgほど太ったが、おおむね、問題はない。


「はぁ……」


 女盛りの30代前半いっぱい。巷では、性欲が一番強くなる歳と噂である。このまま、この美貌を持て余したまま、若葉の時を終えるのだろうか。


 その後、後頭部に手を添えて唇を尖らせて見たり、横尻を横に突き出して手を添えてみたり。


 15分後……


「うん」


 ヘレナは納得し、キワキワの身なりに着替えて、部屋の外へと出る。胸元は綺麗なV。下半身はビッチビチのタイトドレス。


 当然の如くTバックである。


「おはよう、義母かあさん」

「あっ、ラレーヌさまぁ。あ、おはようございますぅ」


 ヘレナは深々とお辞儀をして、胸の谷間をことさらに強調した。だっちゅーのポーズである。


 義息子のラレーヌは、次期当主であり、実質的にゴスロ家の運営を任されている。ネトブサイクブギョーナブサイク・ド・変態と同じ血が入っているとは思えないほどのイケメンだ。


「っと。いっけなーい! ハンカチ落としちゃったぁー」

「……」


 フフッ、見てる見てる。めっちゃ見てくる。ヘレナは彼からの視線を感じて嬉しく思う。前屈みお辞儀からの、振り向いて、落とし物を経て、更にお尻突き出し。


 更に更に、振り返って上目遣い。


 ヘレナは、今まで培ってきた紛う事なき『落とし技術』を駆使し、なんとしてでもイケメン義息子を落とそうと奮闘している次第だ。


「……」

「……」


 殊更に、ジッと見てくる彼に、ヘレナは今までにない手応えを感じる。いつもは、そのまま視線を逸らすが、なんだか今日はジッと、ジッと見てくる。


 今日は、なんだか、イケそうな気がするー。


「……あのぉ、何かぁ?」


 ヘレナは渾身のアヒル口で尋ねる。


「あの……いや、なんでもない」

「フフゥ、あ変な人ねぇ」


 ラレーヌが慌てて目を逸らすのを、ヘレナは密かに愉しむ。間違いなく、惚れられている。現に、最近、明らかに彼からの視線を感じていた。


 もちろん、彼は独身ではない。これだけのイケメンなのだから、当然だ。すでに、正室も側室もいて、夜の生活は不自由していないとメイド間での噂をキャッチした。


 言わば、禁断の恋。


 いや、むしろ、それが燃える。


 ヘレナは父親のネトと婚姻を結んでいる。にも関わらず、義息子のラレーヌと……想像するだけで、あらゆる部分がホットになる。


「ここ最近ん、あちょっと湿気が多いですよねぇ」


 ここで髪をかきあげ、胸をパタパタ。○首が見えるか、見えないか。


「ふぁ……ああ、起きていたのか、ラレーヌ」

「義父さん、おはよう」

「……ちっ」


 ヘレナは舌打ちをしながら、不機嫌そうに夫を出迎える。ネトはブギョーナとは違い、夜の方も紳士的だ。いや、と言うより、すでにかなりの高齢なので、アッチの方は全然ダメだった。


 多少の変態プレーは覚悟していただけに、肩透かしだった。


 ヘレナは交互に、2人の顔を見る。ブサイク……イケメン……ブサイク……イケメン……ブサイク……イケメン。


 絶対に、血が繋がっていない。


 絶対にNTR……いや、NNTR《ネト・寝取られている》。


「あの……義母さん」


 そんな妄想に耽っていると、突然、ラレーヌが口を開く。


「あらぁ、何かしらぁ」

「ちょっと、部屋に来てもらえる?」

「えっ……それは、何かしら?」


 ヘレナの胸がトゥンクと高鳴る。


「ああ。ちょっと、言いづらい話だから部屋でお父様のいないところで、2人っきりで話したいんだ」

「えっ……」


 瞬時にネトの方を見るが、彼はすでに階段を降りていた。


「……わかりました」


 ヘレナは周囲を2度見して、最寄りのゲストルームへと彼を誘う。部屋に入ったラレーヌは、ドアの扉を閉めて、神妙な面持ちを浮かべる。


「あの義母さん……」

「は、はい」


 目をつぶって、殊更に胸を突き出して、お尻を強調する。まずは、キスかな。いや、ベッドが近くにあるから、そのまま押し倒されて……その後は。


 だが、軽い女になる気はない。


 キスまでなら、許す。なんなら、ディープも。だが、肝心なのはその後だ。燃え上がったラレーヌが更に触れようとしたところで、少しだけ顔を逸らすのだ。


 それが、淑女の焦らし方だ。


「義母さん……言いづらいけど、言うね」

「は、はい」

「……」

「……」

「い……」

「い?」

「1日に30個の落とし物は多過ぎるよ。更年期かもしれないから、魔医に行こう」

「……っ」


 圧倒的な勘違い。めちゃくちゃ、母として見られていた。女としての目線ではなく、扶養者として冷静に身体を心配していた。


 なんと失礼な息子で、なんと失礼な息子だろうか。


 トントントン。


 その時、執事がノックをした。


「ラレーヌ様、お客様がいらっしゃいました」

「ふむ……アポイントは取ってないが、突然の来客か?」

 






























「はっ、はい。ヘーゼン=ハイムの第2秘書官、モズコール様になります」

「……っ」

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