星読みの館
*
最前線の兵が凱旋帰国してから、すでに1週間が経過していた。その頃、ヘーゼンはエマとともに、星読みの館の待合室にいた。
「もう。いつもいつも、急なんだから」
「すまない」
ヘーゼンが直接アポイントを取ることもできるのだが、天空宮殿の上級貴族が騒ぎ過ぎる。彼女くらいの爵位がないと、干渉がうるさくて身動きも取りづらい。
「はぁ……周囲では、もの凄いことになってるよー」
エマは大きくため息をつく。
ヘーゼン=ハイムという名は、この大陸に瞬く間に駆け巡った。元々、イリス連合国の大将軍グライドを討ったことでも有名だったが、反帝国連合国との戦で、決定的となった。
武国ゼルガニアの魔戦士長オルリオを退け、五聖クロードをも狩った帝国の異端。12大国にとっては、帝国の四伯よりも脅威的な存在であると認識される。
「どうだ? 君から見て」
「……天空宮殿の上級貴族たちは、ほぼみんな、あなたの敵だと思った方がいいわね」
「だろうな」
ヘーゼンが天空宮殿に帰ってきた時、通り過ぎる貴族たちの視線は至極冷ややかだった。帝都の国民とは正反対の感情……見て取れるのは、憎悪と拒絶。
「彼らは知っているのさ。僕が、秩序をぶち壊そうとしていることを」
決定的だったのは、皇帝に人事改革案を直訴したことだろう。既得権益の温床を取っ払う。それは、その場にいる超高位の大臣たちにとっては、反帝国連合国などよりも、よほど憎憎しい存在に映ったに違いない。
「……はぁ。でも、どうするの? 言っておきますけど、私は大して力にはなれないわよ」
「わかっている」
エマの父親であるヴォルト=ドネアは、レイバース皇帝一代の忠誠を誓っている皇帝派だ。彼らは現皇帝の政権下では大きく力を及ぼすが、次の皇帝では権威を振るえない。
そして、レームダックは既に始まっている。
「ただでさえ、レイバース陛下は、滅多に謁見の場にお出になられないのに」
「……」
皇帝は、だいぶ身体も弱ってきており、一部では『病気ではないか』などと噂されている。話半分で聞いたとしても、健康上に芳しくない面を持つことは確かなようだ。
前に謁見した時には、顔色などには変わりがないように思えたが。ヘーゼンの見立てでは、五年以上十年未満というところだ。
もって、次の次の真鍮の儀までか。
いや……加えて、暗殺されるリスクもある。現在は、エヴィルダース皇太子が皇位第一継承権を持っているので、表だった大きな政局は訪れていない。
順当にいけば、次の真鍮の儀も、エヴィルダース皇太子が皇位第一継承権を継続するという見方が大きい。実際、ヘーゼンも同じ見立てだ。
「……」
だが、次の次の真鍮の儀まではわからない。目下、第2継承権を持つデリクテール皇子は、無視できない勢力だろうし、何よりもイルナス皇子を、ヘーゼンが立てるつもりだ。
彼の年齢は、ヤンと同じくらいの年頃。
もし、彼に潜在的な魔力が備わっているのならば、ヘーゼンがヤンのそれに気づいたように、星読みが彼の魔力を感じ取る可能性は高い。
「……どちらにしろ、勝負は、次の真鍮の儀だろうな」
現在の皇位継承者の人数は8人。イルナス皇子は、圧倒的な最下位だ。だが、次の真鍮の儀で、1つでも上に上がれば、弱小勢力といえど多少の力を持つことになる。
「そんなの、1パーセントにも満たない確率だろうけど」
「それだけあれば僕には十分だ」
そんな風に雑談していると、ヤンが部屋に入ってきた。
「エマさん! お久しぶりです」
「ヤンちゃん! 元気になったのね」
ブラウンヘアの美女は、パァッと明るい声を出してムギューっと黒髪少女を抱きしめる。
「エヘヘ……なんか、いっぱい寝てたみたいで」
「本当によかった。でも、どうしたの? わざわざ、こんな場所に来るなんて」
「星読みの館に
ヤンはそう答えて、ヘーゼンの方を見るが、彼の視線は奥にいる中年紳士に向けられている。
「なんで、モズコールを連れてきたんだ?」
「だ、だって『来たい』って言って聞かないんです」
「……ヤン、ちょっと」
そう言って。エマから少し離れた場所で、ボソッと耳打ちする。
「バカなのか、君は? こんな変態連れてきて」
「だっ、だって! どうしてもって聞かないんですもの。不法侵入で捕まって、問題になるよりマシでしょう?」
「……」
正しい判断だ。以前、勝手にテナ学院の女子トイレに
そして、そんな視線に対して、モズコールはニコリと爽やか笑顔でお辞儀をする。
「お帰りなさいませ。挨拶が遅れましたことをお詫び申し上げます」
「……そう言えば、数週間振りかな」
モズコールはヘーゼンの側近の中でも、完全フリーな動きを任された数少ない存在である。
「私は私の戦場で戦っていました。今日は、その報告を」
「ほぉ……ヤン、エマ。少し、席を外してくれないかな」
そう言って、ヘーゼンは2人を強引に追い出す。彼女たちにこの話を聞かすのは、少し酷だろう。報・連・相は仕事の基本とは言え、最近では彼自身がついていけないことが多い。
黒髪の青年は、いったん、大きく深呼吸をして、中年紳士の方を見る。
「それで? 報告とは」
「……ヘーゼン様は、四聖をご存知ですか?」
「ふむ……五聖や、四伯なら知ってるが」
いや、武聖クロードが死んだ今、巷ではそう呼ばれているのだろうか。
「
やっぱり、後で聞くとヘーゼンは答えた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます