モズコール


「はっ……はわわわっ」


 ヤンは、ガビーンとした。


 なぜか、モズコールが、ドアの前で立っているのか。


 しかも……


「なんで、ズボン履いてないんですか!?」

「私、部屋では『脱ぐ派』なんです」

「人の部屋で!?」


 たまに、そういう人がいることは聞いたことがあるが、普通、自分の部屋だけだろうと、ヤンは改めて変態の常識を疑う。


「寝てるからいいかと思いまして」

「変態過ぎる!?」


 なんという変質者。むしろ、一番ダメだろうとは思うが、モズコールの変態的解釈は、今に始まったことではないので、話を先に進める。


「で、なんで私の部屋にいるんですか?」

「倒れて運び込まれたというので、心配になりまして。私も娘がいますもので、つい、重ねてしまいまして」

「……そ、そうですか。それは、どうもお気遣い頂きまして」


 ヤンはペッコリとお辞儀をする。親心というやつか。少女自身、孤児なのでよくわからないのだが、まあ、それでも心配してくれるのは嬉しい。


「いえ、気にしないでください。元気になってよかったです」

「……」

「……」


          ・・・


「は、早くズボン履いてくださいよ」


 キョロキョロしているんだから。視線を股間に合わせないように、キョロキョロしているんだから。


 だが。


「動けないんです」

「なんで!?」


 ヤンは再び、ガビーンとする。


「ご主人様は、非常にヤン様を大切にしておられますな。周囲に、侵入防止の魔法罠トラップを張っておられるなど、私、気づきませんでした」

「……っ」


 ヤレヤレ顔をしながら、モズコールは自供する。


「わ、私に何もしてませんよね?」

「看病して差し上げたかったのですが、動けませんでしたからね」

「……そうですか」


 この時ばかりは、心の底からヘーゼンに感謝した。いや、流石のモズコールも、ヤンやラスベルに不貞行為など働けば、即破滅であることは自覚しているので、その可能性が限りなく低いのはわかっている。


 加えて、愛娘ヴァージニアと同じ歳の子に、ましてや彼女の学友にーー


「……どうしよう不安が全然拭えない!?」


 ヤンは三度、ガビーンとする。学友の父親なんて、もの凄い安心感なはずなのに。いや、だからこそ、むしろ危険だと思うのは自分だけなのだろうか。


「ところで、すーはどうしたんですか?」

「今の時間は、星読みの館に行っているはずですよ」

「……私も行こうっと」


 ヤンは立ち上がって、身支度を始める。


「っと、その前に」

「ズボン履かせてくれるんですか?」

「自分で履いてください!」


 そうツッコミながら、モズコールを強引に動かして魔法罠トラップのエリアから移動させる。


「ふぅ……助かりました」

「今度からは、勝手に入らないでくださいね」

「でも、心配で。私も娘がおりますので」

「私の方が心配になるんです!」


 ピシャリとそう言い放つが、モズコールはなぜか万物のことわりを悟っているかのような微笑みを浮かべる。


「あの、ヤン様。1つお願いがあるんですが」

「なんですか?」

「星読みの館に、私も連れて行ってもらえませんか?」

「嫌です」


 ピシャリと即座に言い放つ。


 そもそも、ヤン自身、星読みの館には行ったことはない。だが、ヘーゼンからは聞いている。グレースという星読みならば、もしかしたら、夢の話の不安を解消してくれるかもしれない。


 だが、モズコールは深々と頭を下げて粘る。


「お願いします。どうしても、行ってみたいのです」

「……なぜですか?」

「なぜ? 星読みの居住区は、男子禁断の女の園。そんな聖域サンクチュアリに足を踏み入れたくないという男がいるのならば、その芳しい空気を感じてみたくない男がいると言うのならば、逆に『なぜ?』と私が聞いてみたいですな」

「ダメ過ぎる!?」


 想定しうる理由の中でも、最もダメな理由だった。


 というか、連れて行く訳がないだろう、こんな変態。


「そこを、なんとか、お願いします」


 !?


「土下寝やめてくださいよ!」

「私は、こんなことでしか想いを伝えられない愚かな男です。ただ、禁断の女の園に踏み入れたいだけの、本当にどうしようもない、愚かな人間なんです」

「愚か過ぎる!?」


 なんと正直な男だろうか。


 と言うか、自分くらいの歳の娘がいる父親が、まっすぐビーンな土下寝をすることに、些かの抵抗もないのだろうか。


「はぁ……私が行くのは、星読みの館と言う、別に男子禁制じゃない場所ですけど」

「構いません。少しでも近くで、肌で感じられれば、私はそれで満足です」

「……わかりました。じゃ、支度するので、外で待っててもらえますか?」

「本当ですか!? ありがとうございます!」


 モズコールは額をグリグリと地面に擦りつけた後に、立ち上がり、あらためてお辞儀をして部屋を出る。


「ふぅ……さて」


 ヤンはベッドから降りて外出の支度を始める。


「ん?」


 ふと、部屋の机に飾られていた魔道具が目に入った。


「……」


 蓄音器だ。ヘーゼンが、『いつ、いかなる時も証拠を残しておきなさい』と言って録音しっぱなしになっているものだ。


「……」


 カチっ。


『失礼します。ヤン様……ヤン様……大丈夫ですか!?」

『……』

『ヤン様……起きてますか?』

『……』

『おーい! 起きてますか? お・き・て・ま・す・か!?』

『……』

『寝てますか!? 実は、寝てるとみーせーかーけーて! 起きてますか!?』

『……』

『……』


          ・・・


 カチャカチャ。


『あはーーーーん! あはーーーーん! あっはーーーーーん!』


 !?


『ヤン様! ご覧ください! ご覧くださーーーーい! 生まれたままの、ありのままの、私の姿をご覧くださーーーーーーーーーーーーい!』

「……っ」

『ハイー! ハイハイハイハイハイハイーーーーーーーーー! ハイハイ! ハイハイハイハイハイハイ! ハイハイ! ハイハイハイハイハイハイハイハイハイハイいいいいいいいいいい! ハイーーーーーーーーーーーーーーーー!』

「……っっ」

『はぁ……はぁ……ふぅ……」

「……っっっ」

『フフッ……何やってるんだろう、私は……』


 カチャカチャ。


『さて……大丈夫ですか、ヤン様……っ、な、なんだこれは……あ、足が……』






























 逆に履いてた!?

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