ヤン

           *


 ヤンは、夢を見ていた。


 海賊船団が大海原で航海する光景だった。帆台にいるのは、飲んだくれの年老いた海賊だった。その右手首はすでに存在せず、代わりに鈎手が仕込まれている。


 器用に鈎手を扱いながら、美味そうに酒をグビグビと飲む。


 そんな中、空から雨雲が発生し、無数の雷が落ちてくる。


「や、ヤツが来たぞ! ライエルドだ!」


 恐怖の入り混じった、海賊たちの声が響く。一方で、突然出現したのは、褐色肌の若者だった。雷と同化した彼は、空中で悠然と浮遊して海賊たちを見下ろす。


「うっ……ひっく……来やがったか……ひっく……」


 老いた海賊は、ガブガブと酒を喉に追いやり、千鳥足で対峙する。


「しつこいヤツだな……ちょーっと殺したくらいじゃねぇか……ひっく……」

「奪われる者の苦しみがわからない海賊ども……死ね」

「うぃ……ひっく……奪われるだけの弱者が悪いのさ……へへへへ……」


 老海賊は笑い、鈎手のような魔杖を掲げ、無数の竜巻を発生させる。すると、空に蔓延っていた雨雲が霧散しする。


 その間で、老海賊は数千の風刃を見舞うが、褐色肌の若者は、瞬時に高速移動し躱す。


「しかし……ひっく……まさか、単騎で突っ込んでくるとはな。ザナクレク! へへへ、こいつ、捕らえてぶっ殺すぞ」


 そう叫んだ時。


 一斉に砲弾が、老海賊の船へと撃ち込まれる。


「うおおおおおおおおおおっ! な、なんだあああああっ……ひっく……」


 船が炎上し大きく揺れる衝撃に、千鳥足の老海賊が豪快に転ぶ。


「すいませんね、親分。俺も、ソロソロ自分の団を立ち上げたいもので」


 不敵に笑っていたのは、3メートルを越える戦斧を担いだ巨漢の若者だった。取り囲んだ船団の砲台ら、明らかに老海賊の方を向いていた。


「……ひっく……ザナクレク、お前っ……裏切りやがったか!?」

「あんたは強過ぎる。こうでもしなきゃ、この大陸の海は、あと50年……いや、死ぬまで俺はあんたの天下だ」

「悪く思うな。共闘させてもらう」


 2人の若者に挟まれた老海賊は、邪悪な笑みを浮かべる。


「ナメられたもんだな……この俺様が……こんなところで殺られるかあああああああああああああああああっ!」


 壮絶な死闘が、数日ほど続いた。

 

 結果として。


 地に伏しているのは、老海賊だった。


「はぁ……はぁ……くっ……がはははははははははははっ! どうだ!? 俺の勝ちだ! 今日からこの俺が、海の覇者だ!」


 若者の海賊は、歓喜して叫ぶ。


「おい、ザナクレク……約束だ。食国レストラルとの、今後百年の不可侵条約を結んで貰うぞ」


 褐色の若者は、冷静につぶやく。


「わかってる。上手く甘い汁を飲もうぜ……互いにな!」

「……」

「さあ、螺旋ノ理らせんのことわりを俺に渡せ!」

「……くくくっ」


 老海賊は、機嫌がよさそうに笑う。


「何が……何がおかしい!?」

螺旋ノ理らせんのことわりは、お前じゃないと言っている、ザナクレク」

「ふざけるな! さっさと……」


「そうか……


 と、つぶやく。


「何を言っている? さあ、トドメをーーっ」


 突如として。


 老海賊は、自らの心臓に鈎手を突っ込んだ。すると、血の黒が飛び散り、それが、褐色の青年にまとわりつく。


 やがて、暗黒の光が彼を包む。それは、あまりにも禍々しく、凶々しく、真我真我まがまがしかった。


「ぐあああああああああああああああああああああああああっ」

「予告するぜ、ガナクレク! 貴様は、いつか、螺旋ノ理らせんのことわりによって全てを失う! 貴様が心の奥底から欲したものに、身を滅ぼされるのさ……へへへ……へへ……」


 老海賊は、狂ったように笑い。


 その場で灰になり消滅した。


           *

           *

           *


 目を開けると、そこは知っている天井だった。天空宮殿内にあるヤンの部屋だ。


「……あっ、そうだった」


 確か、雷帝ライエルドの幻影体ファントムを召喚して、そこから意識を失ったのだ。南の砂漠から帝都までは竜騎でも1週間はかかる。


 ということは、あの戦いから、すでにかなりの時が経過しているのだろう。


「……」


 ヤンは、夢の内容を思い起こす。褐色肌の若者は、若き雷帝ライエルドで、巨漢の若者は、五聖の海賊王ザナクレクだろう。


 であれば、あの老海賊は……


「……」


 ヤンは胸に手を当てて、身体の中にあるであろう螺旋ノ理らせんのことわりを意識する。


 自分の行動は、自分で決めたはずだ。なのにも関わらず、行く先々で、まるで、螺旋ノ理らせんのことわりに導かれるように、ヤンは砂漠へと行き着き、雷帝ライエルドを取り込んだ。


 なんとなく、得体の知れない怖さを覚える。


 未来はもちろん決まっていない。自分の意志次第で、黒にも白にも変わる。ヤンはヘーゼン=ハイムの背中を見て、なおのことそれを強く思った。


「……」


 だが、そんな意志すら見通され、決められた運命さだめを歩かされているとすれば。


すーはどう思うかな」


 無性に、ヘーゼンと話したくなった。


 今までは、こんなことは思ったことがなくて、むしろ、永遠に口を聞きたくないくらいなのだが、この疑問を、この得体の知れなさを解消するためにはヘーゼン以外には考えられなかった。


「よし!」


 ヤンが天井を見るのをやめ、ベッドから降りると。


「気がつきましたか?」

「……っ」
































 変態モズコールの仁王立ち!?


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