星読みの館(2)


 やがて、女官が迎えに来て、部屋に案内された。それから、更に十数分ほど待っていると、緑のローブをまとった若い淑女が入ってきた。


 星読みのグレースである。


 星読みは、女官により構成された専門祈職である。彼女たちは、貴族同様に魔力を持つが、婚姻は許されていない。生涯宮中に仕え、帝国の未来さきを占うことを生業としている。


 当然だが、モズコールはお留守番だ(魔法で動けなくさせた)。


「あら、珍しい。少し心が乱れてますわね」

「……失礼しました」


 へーゼンを一瞥するなり、グレースは鋭い観察眼を披露する。やはり、星読みの感知能力はもの凄い。


「どうやら、風を上手く掴んだようですね」

「お陰様で、タイミングに確信が持てました」

「フフッ……それで、そちらの可愛らしい子は?」


 グレースが後ろの黒髪少女を見る。


「ヤン=リンと言います。私の弟子です」

「初めまして」

「……」


 その不可思議な瞳は、クリクリとした瞳をジッと眺める。


「あ、あの、どうかしましたか?」


 ヤンが心配そうに尋ねる。


「……奇貨をお持ちだったんですね」

「ええ」


 へーゼンが頷く。


「少し触れさせて頂いても?」

「もちろんです……ヤン、来なさい」


 黒髪の青年は、隣に少女を座らせる。緑のローブをまとった淑女は、そっと手を握り目を瞑る。


「……」


 数秒もしない内に、グレースの額から汗が噴き出てくる。以前、へーゼンにも同じようなことをしたが、おおむね似たような反応だ。ただ、得体の知れないヤンの魔力に戸惑っているようにも見える。


「あの……大丈夫ですか?」


 ヤンが心配そうに尋ねると、彼女は、気がついたように意識を取り戻す。


「え、ええ。平気です」


 グレースは笑顔を浮かべるが、明らかに表情は疲弊していた。


「……」


 この少女の中には、真なることわりの魔杖が埋め込まれている(というよりへーゼンが飲ませたのだが)。


 その中に、大将軍グライドと雷帝ライエルドの残滓も混在しているのだから、探るのは相当難儀だっただろう。


 それから、しばらくヤンの瞳を見続けた彼女は、やがて、ボソッと言葉を口にする。


「……天意」

「えっ?」

「私たち星読みは、天の意思を読み解く者なのです。星の数ほどある膨大な摂理から、帝国の未来さきを司る。皇帝陛下ですら、天意には逆らえません」

「……」


 真鍮の儀のことを言っているのだろうと、へーゼンは思った。次期皇帝は星読みが選抜する。皇帝のレイバースですら、その決定に異を唱えることは許されない。


「巨大な星は、より多くの星を引きつける。ですが、へーゼン=ハイム……あなたのそれはあまりにも強すぎます」

「……」

「ヤン。あなたの星は、より多くの星を惹きつけます。好む、好まざるに関わらず。様々な星に導かれた者が、あなたに魅せられ集い、あなたを中心に巡り漂う」

「……」


 その言葉は、へーゼンにとってはしっくりときた。これまでの日々で多くの者と出会ってきた。その中で、多くの味方を得てきたが、それは単に利害関係からで互いに信頼をし合っているという間柄ではない。


 だが、ヤンは違う。


 少女の周囲に、あらゆる者が集まってくる。善人、悪人、老若男女、無能、有能、貴族、平民など、そこに垣根は存在しない。へーゼンが引きつけた者たちは、いつの間にか、ヤンの周りを巡っているのだ。


 星読みのグレースは、それを天意と呼んだ。


「……」


 一方で、この少女には自覚がないようで、うーんと唸りながら首を傾げる。


「目下、おじいちゃんばっかりなんですけど」

「……」


 グレースはキョトンと目を丸くする。


「あの、聞いてください。螺旋ノ理らせんのことわりすーにぶちこまれちゃって、老害と虚弱老人が私の中に住んでるんです。それで、まだまだ色々と来そうでーー」


 !?


痛痛痛痛痛痛いだだだだだっ! な、何するんですか!?」


 へーゼンは、思わずヤンの耳をつねる。


「グレース様は、君のお悩み相談窓口じゃない」

「だ、だって! すーに相談しようとしましたけど、こんな機会は、滅多にないですし」

「厚かましいことこの上ないな」

すーに厚かましいって言われた!?」

「住まわせてやればいいんじゃないか。まだ、空いてるだろう?」

「私の身体が長屋扱いされてる!?」


 ヤンがガビーン、ガビーンとした表情を浮かべる。


「……クク……ククククク……フフフフフフフフっ」


 星読みのグレースは、2人のやりとりを見ていたが、やがて、耐えきれずにコロコロと笑い始めた。


「こ、こら2人とも。グレース様に失礼でしょう!?」


 エマがアワワとしながら諌めるが、ヤンは未だ額を抑えられながら、届かないグルグルパンチを繰り出している。


「フフッ……なるほど。へーゼン=ハイム、あなたは?」


 グレースは笑顔を浮かべて頷く。


「……この子に務まるのかは、非常に不安ですが」

「よろしいのではないでしょうか」

「時期はお任せします。どうせ、それまではロクに身動きも取れないでしょうから」


 そう言って、へーゼンは席を立つ。


「す、すー。私は、なにも解決してもらってませんけど」

「何事も人に頼るのはやめなさい。誰もが悩みを抱えて生きているのだから、せいぜいもがき苦しんで生きていけ」

「奴隷に落とした者たちに吐きそうなクソ台詞ゼリフ言われた!?」


 三度、ヤンがガビーンとしながらも。


 へーゼンは軽くお辞儀をしてその場を去り、エマは固まった少女を抱き抱えながら、申し訳なさそうにお辞儀をして退出した。


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