エヴィルダース皇太子


           *


 天空宮殿の政務室。エヴィルダース皇太子は、独り、ポツンと座っていた。依然として、内政官たちの議論は繰り広げられているが、腫れ物に触れるのを避けるように、誰も彼には近づこうとしない。


 そして。


 当の本人はイライラしながら、貧乏ゆすりをして、立ったり座ったり。時には、虚ろな瞳でボーッとして、ハッと気がついたように正気に戻り、また貧乏ゆすりを繰り返す。


「「「「……」」」」


 く、空気悪いなぁ、と部屋にいる誰もが思う。


 そんな中。


「……は?」


 エヴィルダース皇太子が、突如として、立ち上がり内政官の一人に詰め寄る。


「おい……誰が、お留守番だ?」

「えっ?」


 まったく別の場所で、別の議論をしていたのに、いきなり絡まれ、至極真っ当に困惑する内政官。


「お前、今、そう言っただろ?」

「い、いえいえいえ。私たちは、今後の支援策を議論していただけで」

「あ? が聞き間違えたと?」

「そ、それは……」

に、なんか文句があるのか? 話、聞くぞ?」

「……っ」


 圧倒的冤罪。絡まれ方が、異常でしつこい。完全にヤバい感じに成り下がっているエヴィルダース皇太子。


 そして。


 そんな周囲の視線を感じ取ったのか、キョロキョロとあたりを見回し、急に豹変して笑顔を浮かべる。


「なーんてな。冗談ジョークだ、冗談ジョーク。びっくりしただろう?」

「……っ」


 ニッコリと。


 全然取り繕えてない狂人○チガイスマイルで誤魔化し、再び椅子に座り、ユッサユッサと貧乏ゆすりを繰り返す。


 そんなことが、直近3日間で20回ほどある。


 情緒不安定過ぎる。


 内政官たちは、誰もが思う。アウラ秘書官とデリクテール皇子が戦場に赴き、完全におかしくなった。風の噂では、ヘーゼン=ハイムに土下座させられたと聞くが、真相など怖すぎて聞けない。


「「「「「……」」」」


 邪魔だなー、と誰もが思う。こんな時、筆頭秘書官のグラッセは、まるで、空気のように立ち居振るまうし、ご機嫌取りのブギョーナも今や奴隷だ。

 

 そんな中、息を切らしながら秘書官が部屋に入ってきた。


「申し上げます! 北軍のヘーゼン=ハイムがベルモンド要塞に到着。見事、武聖クロードの討伐に成功し、反帝国連合軍を退けました」


 「「「「……っ」」」」


 誰もが息を飲んだ。まさか、これほどまでに早く、北の軍を退かせ……まさか、五聖の一人まで打ち破るなんて。


 その場にいる全員が、エヴィルダース皇太子の表情かおを窺う。この事象に対して、果たして喜んでいいのか、どうなのか。


 一方で。


「……あっ……んぐ……はぁ……あ゛あ゛あ゛っん゛ん゛ん゛ん゛」

「「「「……っ」」」」


 ん゛滅茶苦茶怒ってるー。 


 眼球をガン開きで、これでもかというほど顔を真っ赤にして、ワナワナと戦慄いてる。怒りと屈辱で悶えている。


「皆の者! こんな時ほど気を引き締めよ! たとえ、1つ勝ったからと言って一喜一憂などするな! いや、ここが勝負どころで単なる通過点だ!」 


          ・・・


「申し上げます! 西側では、帝国軍が攻勢をかけ、反帝国連合軍を押し込んでます」

「そうか! さすがは、我が軍神ミ・シルだ。やってくれたか!?」


 エヴィルダース皇太子は、立ち上がって大歓喜する。


「は、はい……それも、そうなのですが、ヘーゼン=ハイムの弟子であるラスベル=ゼレスと共闘をし、武国ゼルガニアのランダル王を退けたとのことです」

「……っ」


 複雑。反帝国連合軍には打ち勝って欲しいが、ヘーゼン=ハイムの息がかかった者には断固として活躍させたくないエヴィルダース皇太子。


「……名門ゼレス家の跡取りともなるべき者が、最下級の上級貴族などの弟子になるとは。世も末だ。まあ、その輩も少しばかりは役に立ったかもしれないが、やはり軍神ミ・シルだろう」

「えっと、それが……」

「そうだよな!」


 エヴィルダース皇太子は魔剣を抜き、伝令の喉元に突きつけながら尋ねる。


「ひっ……そ、そうです」

「ははっ! 聞いたか、皆の者! やはり、ミ・シルだ! 流石は軍神……感服した」


          ・・・


 さらに2日後、伝令が報告にくる。


「申し上げます! 東では、大将軍ギリョウ=シツカミを打ち破り、籠城戦は大いに有利に戦を進めています!」

「「「「「「……っ」」」」」


 秘書官たちは、エヴィルダース皇太子の顔を恐る恐る眺める。


「……」


 不機嫌そう。東軍の総指揮官は、デリクテール皇子の腹臣、カエサル伯である。


「まあ、12大国のトップ級の中でもギリョウ将軍は強い方ではなかったからな……カエサル伯の実力ならば、至極当然と言うか、まあ、それくらいはやってもらわないとな」

「……いえ、それが……ギリョウ将軍を打ち破ったのは、ヘーゼン=ハイムの護衛士であるカク・ズです」

「……は?」

「ひっ」


 エヴィルダース皇太子は、再び眼をガン開きにして睨む。


「それは……12大国のトップ級が、名もなき者によって討たれたということか?」

「はっ、はい! そうなります」

「はっ! カエサル伯も落ちたものだな。情けない。デリクテールの顔にも泥を塗って……いや、ヤツも行っておきながら、功をヘーゼン=ハイムに掠め取られるとは」

「あの……デリクテール皇子は、自らが最前線に赴き、ギリョウ将軍を討ち取る策を自ら立てたそうです」

「……はっ……んっ……ごん……ぬっ!」

「ひっ」


 エヴィルダース皇太子は、三度、烈火の如く顔を真っ赤にし、魔剣を伝令の首元に掲げる。


「それは……何か? がお留守番をしていて、この場にずっと居ながら、一方で、『デリクテールの方は勇敢に戦いました』と言いたいわけか?」

「い、いえ! 決してそのようなことは……」

「なら、報告の仕方を考えろおおおおおおおおおおおおおおおっ!」

「ぐっ……ゴホッ……ゴホッ……」


 伝令の腹に、膝蹴りを喰らわせた。


「「「「「……」」」」」


 もう、この場にいたくない、と誰もが思った。


 そんな中。


 またしても、扉が開き。


























「申し上げます! 南軍は完全撤退です! 海聖ザナクレク率いる大船団をヘーゼン=ハイムの妹であるヤンが退けました!」

「……っ」

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