ヘーゼン=ハイム(13)


           *


 求めるのは、強さのみ。


 生まれてから、それのみ志して生きてきた。


 武に生き、武に死ねればいい。


 強者と戦い、結果として負けて死すとも、それでもいいと思った。


 だが、こんな……こんなものを望んじゃいなかった。こんななす術もない、惨めな敗北を……


 崩壊していく身体を俯瞰で眺めながら、武聖クロードの意識は、溶けて消えていった。


        *


「ぜぇ……ぜぇ……ぜぇ……はぁ……はぁ……」


 ヘーゼンは、跡形もなく消滅した武聖クロードの方を見つめながら、激しく息をきらす。身体の全細胞が悲鳴をあげ、今にも倒れ込みたい衝動に駆られる。


 短期間で、魔力を消費し過ぎた。


 修羅ノ掌しゅらのしょうは、手の幻影体ファントムを創りだし、魔杖を駆使することができる。だが、合計で10もの魔杖を一度に使うため、瞬間的な魔力消費が大きい。


 加えて。


 魔杖『偽神ノ業ぎじんのわざ』は、10倍の魔力を消費することによって、その魔杖の能力を完全に模倣コピーするものだ。


 真地空烈断しんじくうれつだんは魔力消費が凄まじいので、必然的に偽神ノ業ぎじんのわざの負担が大きくなる。


「ぜぇ……ぜぇ……はぁ……はぁ……」


 わかっている。ヘーゼン=ハイムに倒れることは許されない。武聖クロードを完全な雑魚モブ扱いし、『簡単に倒したのだ』と見せつけなければいけない。


「ぜぇ……はぁ……はぁ……」


 息を整えて、自分の魔力を確認する。相当に減少している。だが、相手は五聖。最強の一撃で葬る必要があった。


「戦い方は、要改善だな」


 この著しい魔力消費では、どこまで継戦できるかがわからない。仮に、連戦になった時に対応できない可能性もある。


 その時。


 魔軍総統ギリシアが、目の前に姿を現す。顔は真っ青に青ざめ、血管は今にもはち切れそうだ。側には、活動を停止してピクピクしている魔戦士長オルリオがいた。


「……化け物」


 冷たく震えた声が響く。先ほどまでの興奮した様子とは一変して、落ち着き払っている。


 ヘーゼンは、真っ直ぐに見つめ、つぶやく。


「次は実体で会おう」

「……っ」


 魔軍総統ギリシアの千里ノ理せんりのことわりは、自身の幻影体ファントムを自在に動かし、駆使する魔杖なのだと推測する。


 故に、この場ではどう足掻いても消滅させることができない。


「ちょ、調子に乗らないことね、ヘーゼン=ハイム。この戦で、あなたの危険性は大陸中に伝わった。果たして帝国に、あなたの居場所はあるかしら?」

「……」

「いい? 幻影体ファントムのまま、どこにでも移動できる私は無敵よ。そして、あなたを絶対に許さない。どんな手段を用いてもーー」

「ルクセルア渓国の王城グラスリオ」

「……何を言っているの?」


 成立しない会話に、神経質な男はイラだった様子で尋ねる。


「いや、だから。魔軍総統ギリシア……君の実体が保管されている場所だよ」


 !?


「い、言っている意味がわからないわね」

「武聖クロードに言われなかったか? 君の嘘は表情かおでわかると」

「……っ」

「気持ち悪いほど承認欲求の強い君が、12大国の中で国力の低めなルクセルア渓国に属しているのは、実体を人質として取られているから」

「違う」

「実際には、契約魔法に縛られた奴隷で、コキ使われるだけの存在。許されるのは、幻影体ファントムとして人材、兵の大陸間の輸送のみ」

「違う……違う……」

「12大国のトップ級を気取って外面がわは偉そうにしているが、実態は、酷使されるだけの、ただの小間使い」

「違うって言ってるでしょおおおおおおおおおおおおおおおお!」


 魔軍総統ギリシアは発狂したように叫ぶ。


「そうか、でも僕はそう確信しているよ」

「はっ……くっ……」


 ニッコリと。


 ヘーゼンは悪魔のような清々しい笑顔を浮かべる。


「もちろん、皇帝陛下に進言しておくよ。『まず、滅ぼすならルクセルア渓国を』とね」

「……っ」

「君の千里ノ霧せんりのきりは、敵に回すと厄介だし、あると非常に便利だ。王城グラスリオで、実体の君をしばき上げて、奴隷として死にたくなるほどコキつかえばいいんだろう?」

「……あっ……ぼん……じゅ……」


 魔軍総統ギリシアは、泡が吹きそうなほど口を開けて唸る。


「ルクセルア渓国は、対面を保つために君にトップ級の待遇を与えているのだろうが、帝国は……というか、僕は違うな」

「……あ……ぼん……じゅ……」

「君のような性根の腐ったクズは、掃き溜めのような陽の当たらない場所で、何も考えずに、ただ命令だけを黙って、忠実に遂行するだけの存在に教育してやらなければな……いい指導係がいるから、今度紹介するよ」

「……ら……らるっ……く……」


 もはや、気絶しそうなほど白目を剥気ながら、こちらを睨みつけてくる。


「僕がルクセルア渓国に行くまでの間、せいぜい、残された奴隷ライフを楽しんでおくんだね……その後は、絶望しか待っていないから」

「……かっ……おっくううううううううううううううううううう!」


 訳のわからない擬音を発しながら、魔軍総統ギリシアは魔戦士長オルリオを抱え逃げ去った。


「回収させてよかったのか?」


 竜騎に乗ったラシードが駆け寄ってくる。


「本当は捕獲したかったが、仕方がないさ」


 武聖クロードとの戦いに集中している最中で、そこまでの余裕は持てなかった。一瞬でも隙を見せれば、圧倒的な身体能力で、木っ端微塵にされてもおかしくはなかった。


「……まったく、とんでもないヤツだな」

「大勢も決したようだな」


 竜騎兵5千が、反帝国連合軍を圧倒している。そして、魔軍総統ギリシアと魔戦士長オルリオの撤退。武聖クロードの消滅で、士気も大きく逆転した。


 ここからの逆転はない。


 ヘーゼンは、戦闘をしている兵たちに向かって、静かに語りかける。


「帝国軍の兵よ……聞こえるか?」
































「勝利の凱歌をあげよ……帝国僕らの勝ちだ」


 

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