ヘーゼン=ハイム(12)


「……っ」


 武聖クロードは、思わず目を疑った。


 ヘーゼンの背後に浮遊した魔杖に、突如として手の幻影体ファントムが発生し、瞬時に八方向に散らばったのだ。


 まさか……まさか……いや、そんなバカな……


「がっ!」


 最悪な想定を否定している最中、瞬光戦弓しゅんこうせんきゅうが、武聖クロードの脇腹を捉える。辛うじて身を捩って擦り傷で済んだが、まともに喰らえば致命傷だった。


「……っ」


 すぐさま、矢の放たれた方角を見ると、そこには光の弓の柄を持った手の幻影体ファントムがあった。


「クク……」

「くっ」


 その嘲ったような笑い声に、武聖クロードは振り返り睨むが、すでに、そこにヘーゼンの存在はなかった。


 ……いや、ヤツは声すらも操作できる。その時点で、致命的な失態を犯したことに気づいた。音ですら追えないヤツを見失えば、もはや透明人間と戦っているようなものだ。


 更に死角から。


 火竜ノ灼熱かりゅうのしゃくねつ


「ぐあああああああああああああああっ」


 凝縮された炎塊が、武聖クロードに向かって襲いかかる。なんとか、その規格外の耐久力タフネスで耐え、別の場所へと避難するが、軽く火傷を負った。小さいが、確実なダメージが積み重なっている。


 いや、それよりも……この手の幻影体ファントムをなんとかしなければ。


 ジジジジジジジジジジジジ……


「くっ」


 武聖クロードは、目で追えないほどの速度で、首を高速で動かし周囲を確認する。目下、一番の脅威は、真時空烈断しんじくうれつだんを持つ手の幻影体ファントムだ。超視覚でそれを補足し、圧倒的な速度で疾走して追いつく。


「捉えた」


 幻光夜鏡げんこうやきょう


「……っ」


 手の幻影体ファントムにも、発動するのか。


 ジジジジジジジジジジジジジジジジジジッ……


「くっ……はっ……」


 真時空烈断しんじくうれつだんを持つ手の幻影体ファントムを破ったら、次の真時空烈断しんじくうれつだんを持つ手の幻影体ファントムが出現する。


 そして。


 ジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジッ……


「はっ……くっ……バカな」


 もう1つ。真時空烈断しんじくうれつだんを持つ手の幻影体ファントムが発生する。これは、幻光夜鏡げんこうやきょうが見せる幻なのか、それとも……


 !?


 紫電ノ地しでんのち


「ガガガガガガガガガガガガガガガッ……ぐぐぐっ……」


 考える間にも、魔法が次々と繰り出される。瞬間、武聖クロードの身体が、硬直して動きを止められる。


 いや、まずい。


「うがああああああああああああああっ!」


 武聖クロードは体内の気を開放し、雷属性の攻撃を弾く。再び、超速で首を動かしながら視界を360度広げる。目では追うことができる。


 だが、脳みそが追いつかない。8人以上の大国トップ級と同時に戦っている……いや、そうじゃない。まるで、1つ1つの手の幻影体ファントムがそれぞれ、ヘーゼン=ハイムの思考能力をもっているかのような緻密な連携を繰り出してくる。


「……はっ!?」


 気がつけば、地面がない。


 これは、ヘーゼン=ハイムの新たな魔法による幻……いや、違う。これは、ジオラ伯の大地ノ理だいちのことわりだ。あのクソじじい……要所要所で絶妙に嫌な仕事をしてくれる。


 まずい……移動する足場が……


禁縛奪樹きんばくだつじゅ

「くっ……」


 新たな魔杖を持った幻影体ファントムは、その強靭な身体を、闇の縄で雁字搦めにする。


 そして。


 瞬光戦弓しゅんこうせんきゅう火竜ノ灼熱かりゅうのしゃくねつを左右から同時に喰らう。


「ぐああああああああああああっ」


 業火に身を焼かれながら、何本もの光の矢を喰らいながら、武聖クロードは何度も何度も心の中で『まずい』を連呼する。この緊縛型の魔杖は、魔力をどんどん吸い取っていく。


 ヘーゼン=ハイムの魔杖の等級は、その威力から、どれも特級宝珠の大業物とは程遠い。だが、1つ1つに珠玉の設計思想が存在し、その厄介な効果はどれも新たな特異性を持つ。

 

蒼竜ノ牙そうりゅうのきば

「がっ……」


 蒼の竜の顎が武聖クロードの身体を噛み砕く。ここに来て、また新たな魔杖だ。


 反撃の……


 反撃の機会すら……ない。


 ジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジッ……


「はぐっ……はぁ……ううっ」


 瞬光戦弓しゅんこうせんきゅう火竜ノ灼熱かりゅうのしゃくねつ、そして、蒼竜ノ牙そうりゅうのきばをまともに喰らいながらも、不吉な音が、縦横無尽に駆け巡る。


 もはや、それが幻影体ファントムなのか、それとも、実体なのか判別もつかない。


 そんな中。


 ヘーゼン=ハイムは、遠くからニヤニヤと見つめていた。ただ、ただ、蹂躙される様子を一方的に眺めながら、なす術もなく喰らわれているだけの雑魚モブを見るかのように。


 違う……


 こんな……自分の武が……こんな……


「がっ……ぐっ……違っ……違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違ううううううううううううううううううううううううううううっ!」


 武聖クロードは叫ぶ。こんなものは、自分の知っている戦いではない。


 ……くい。


 ……ろす。

 

「殺……す……殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺うううううううーーっ」


 武聖クロードは人権ノ理じんけんのことわりの能力をフル開放する。禁縛奪樹きんばくだつじゅの魔法をぶち破り、周囲の手の幻影体ファントムを膨大な気で退け、超絶な膂力で風を起こし、ヘーゼンの元へと移動する。


「もらったあああああああああああああっ!」


 武聖クロードが、必殺拳を見舞う。


 封神演武ほうしんえんぶ


「オラオラオラ……っ」


 ジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジッ……


 ヘーゼン=ハイムの幻影体ファントムは一瞬にして消え。


 左右から真時空烈断しんじくうれつだんを持つ手の幻影体ファントムが発生する。

 

 もう、何がなんだか……


「あっ……ひっ……ひいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいんっ」


 ジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジッ……







































真時空烈断しんじくうれつだん……十字クロス


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