ヘーゼン=ハイム(1)


           *


 北方のベルモンド要塞周辺では、激しい闘いが繰り広げられていた。


「ぜぇ……ぜぇ……」


 クミン族副首長のオリベスは、息を切らしながら片膝をつく。また、ザオラル大将もまた満身創痍で、なんとか立っている状態だ。


「カッカッカッ。スタミナ切れとは、修練が足りんの」

「……っ」


 一方で、目の前にいる武聖クロードは、一筋の疲れも見せずに、軽やかなステップを刻んでいる。


 化け物。


 開戦当初から、最前線に参加し、ジオラ伯と渡り合い、数万の兵をほぼ一方的に蹂躙。その後、ザオラル大将とクミン族の猛者から取り囲まれ猛攻を受けるが、それでも無傷。


 いや、それどころか…… 


「オラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラ!」

「がっ……ごふっ、ぐあああああああああああああああああああっ!」


 瞬時に背後から現れた武聖クロードが、ザオラル大将に拳撃の嵐を加える。屈強な戦士は、なす術もなくその場で倒れた。


「……っ」


 一瞬の隙を見せただけで。


「さーて……残りは……あれ、ヌシだけか?」

「くっ」


 副首長オリベスは、悔しそうな表情を浮かべ歯を食いしばる。勝てない。その絶望的な戦力差に心が折れそうになる。


「すーきだらけじゃぞ?」

「……っ」


 いつの間にか、懐に出現していた武聖クロードに、オリベスは圧倒的な敗北を確信する。


 その時。


氷柱ノ調ひょうちゅうのしらべ


 無数の氷柱つららがオリベスを守るように次々と出現し、武聖クロードに向かって襲いかかる。


「っと……小癪な女じゃの」


 精悍な老人は、一つ一つの氷柱つららを躱しながら後方へと下がり、上空を見上げる。


 そこには、バーシア女王がいた。青ノ剣あおのけんの能力、蒼鷲あおわしで発生させた翼の幻影体ファントムで悠然と飛翔している。


「下がれ、オリベス。よくやった…… あとは、私がやる」

「し、しかし……バーシア女王と言えど、あの2人相手は……」

「任せておけ」


 そう言って、バーシア女王は地上へと降り立つ。眼前には、魔戦士長オルレオと武聖クロード。彼女は、青ノ剣あおのけんを構え軽やかなステップで敵の元へと走る。


「行くぞ……飛水ひすい


 高速の抜刀で繰り出される飛翔波を、当然のように武聖クロードは躱す。相手は、達人の中の達人だ。バージア女王の身のこなしで、行動パターンを予測したのだろう。


 一方で。


五月雨ノ黒槍さみだれのこくそう


 魔戦士長オルリオが、自身の身体から無数の黒く尖った槍状の斬撃派を発生させる。バーシア女王は、鋭く早い身のこなしで、ことごとくそれらを躱すが、その動きの先に武聖クロードがいた。


「オラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラ!」

「くっ……」


 繰り出される圧倒的な拳撃を、避けながら、再び飛水ひすいを返そうとするが。


黒狼群こくろうぐん


 魔戦士長オルレオが数千匹の漆黒の狼を召喚し、バーシア女王の八方から猛然と襲いかかる。


白吹雪しらふぶき


 青ノ剣あおのけんを振るい、自身の周囲に猛烈な吹雪を発生させる。黒き狼が次々と飛ばされ消滅していく中で、武聖クロードはその中に突っ込んできてバーシア女王を殴り飛ばす。


「がはっ……」


 反射的に身を捩り致命傷は避けるが、明らかにダメージは負った。バーシア女王は、一旦、距離を取って大きく息を整える。


「カッカッカッ! もう終わりかの」

「はぁ……はぁ……」


 精悍な老人は、段々とその本性を表してきた。人権ノ理じんごんのことわり……身体強化で特筆すべき点もないが、単純シンプルが故に厄介すぎる。


 まして、相手は武を極めし者……武聖クロード。


「……行け」


 そんな中、魔戦士長オルレオの側近たちが、バーシア女王目掛けて襲いかかってくる。


「今更、他の者を割り込ませるとは……」


 少々の違和感を感じつつ、青ノ剣あおのけんを構える。いずれも近距離の剣型だ。武聖クロードとタッグを組み戦わせる気だろうが、次元レベルが違うので大した脅威にはならないと判断した。


 バーシア女王が向かってくる彼らに対し迎撃の構えを取った時。


獄烈ごくれつ


 魔戦士長ガリオンがそう言うと、至近距離まで近づいた側近の身体が、瞬時に膨張を始め爆発を起こす。武聖クロードも巻き込み、その場は黒き炎に包まれる。


「くっ……」


 バーシア女王は、蒼鷲あおわしで難を逃れて、距離を取るが、ダメージは大きく負った。躊躇なく、自身の兵に爆裂魔法を仕込むなんて。そして、兵たちもまた、狂っているとしか思えない。


「はぁ……はぁ……見下げ果てた外道だな。自国の兵の命を、なんとも思わないなんて」

「貴様が甘すぎるだけだ。武国ゼルガニアの兵に死を恐れる者はいない」

「そうか……貴様の国は哀れだな」

「蛮族の価値観と一緒にするな。我が国は、常に強い者が正しい」

「……ならば、私がそれを否定しよう」


 バーシア女王は、青ノ剣あおのけんを魔戦士長オルレオに向ける。


 だが。


「っと、びっくりするじゃろう、若憎! 爆発させるならさせるで、一言言わんか」

「……っ」


 爆発の中心に巻き込まれたはずの武聖クロードが、ピンピンしながら伸びをしている。彼女以上にまともに喰らったにも関わらず、まったく傷ついた様子もない。


 その時。


「くっ……くくくくくくくくあはははははははっ! 強がっちゃって、強がっちゃってええええ! はいはい、出てらっしゃい」


 甲高い笑い声とともに、魔軍総統ギリシアが出現した。背後には、大きな霧が発生し、武国ゼルガニアの魔長が更に4人出現した。


「紹介するわんねー! 魔風長ドルチカ、魔土長エンデロ、魔蟲長コストコ、魔雷長ゾルシカ」

「……」


 強い。一目見ただけで、バーシア女王は確信した。魔戦士長オルレオほどではないにしても、それぞれクミン族No.2のオリベス並の実力はあると実感した。


「見てたわよ見てたわよー……実は効いちゃってるんでしょ? ここぞとばかりにドーンとお見舞いしてやるわよー」

「……」


 嫌な相手だ。ヤツの千里ノ霧せんりのきりは、超遠距離で大量のものを運べる魔杖だ。また、上空から戦況を見通せる能力もあるので、勝負所に戦力を投入してくる。


 そして。武国ゼルガニアの武力は、やはり12大国の中でもトップ級だ。西で軍神ミ・シルを相手にしながら、北にもこれほど強大な魔法戦士たちがいるなんて。


 一方で。


「カカカカッ! 青の女王とは言え、そろそろキツくなってきたかの?」  


 武聖クロードが、快活な笑い声を上げる。

 

「くっあはははははは! 蛮族の犬め思い知ったか!? その表情かおが見たかったのよ、その絶望に歪んだ顔が表情かおが見たーーっ」


 魔軍総統ギリシアが、そう言いかけた時。


「あっ……ぐっ……」


 彼の後ろに立っていた魔雷長ゾルシカの胸に、大きな光の矢が刺さっていた。








































瞬光戦弓しゅんこうせんきゅう


 竜騎に乗ったへーゼンが光の弓を構えながらつぶやいた。


 


 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る