へーゼン=ハイム(2)


「なっ……なななな…… ななななななななななななななななななななななななななななーーーーーー!?」


 魔軍総統ギリシアは、顎が外れるほど驚愕した。武国ゼルガニアの魔長級は、雑魚モブではない。帝国でいう中将級並みの力を持った者たちだ。


 それが、なす術もなく、瞬殺されたのだ。


 一方で。


 へーゼン=ハイムは、竜騎に乗りながら、弓型の魔杖を構えていた。柄の部分以外は、光で型取られた大弓である。


 瞬光戦弓しゅんこうせんきゅう。3等級の業物の魔杖で、超長距離の光属性の矢を一撃を放つ。その貫通力は、魔長級でもなす術もないほどのものだ。


 そして。


「あ、あ、あり得ない! ありありありありありありありありえええええっ……」


 魔軍総統ギリシアは、信じられない光景を目にしていた。つい、先日帝都から出発した竜騎兵5千が、なぜここに。


 帝都からここまでは、竜騎であっても一週間以上はかかる道のりだ。それを実に3日以内に到着するなんて。


「きいいいいいいいいいっ! や、ヤツが私と同等の空間転移能力を持っているとでも言うの!?」

「そうであれば、もっと楽だったのだがな」


 !?


「な、なんで……声が」

「1つしかないだろう。魔杖だ」

「……っ」


 淡々としたヘーゼンの言葉に、魔軍総統ギリシアはギシギシと歯を食い縛る。


「君だけではないよ。僕の声は、帝国軍、クミン族、反帝国連合軍に聞こえているはずだ」

「そ、そんな魔法聞いたこともない!」

「無知だな」

「……っきはいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいい!?」


 痩せたキツネ目の男は、目をギンギンに血走らせて怒り散らす。


「聞け! 僕の名はへーゼン=ハイムだ。これから、反帝国連合軍の蹂躙を開始する」


 敵軍にも。


 味方にも。


 黒髪の青年は、全方位に向かって堂々と宣言し、手を挙げる。すると、次々と竜騎兵から紅蓮ぐれんの投擲が開始される。


「あっ……なぁああはああああああああんっ!?」


 魔軍総統ギリシアは、思わず吠える。武国ゼルガニアの軍勢だけでなく、後方に控えていたルクセルア渓国の魔軍までをも、次々と駆逐していく。


 竜騎兵の圧倒的な機動力と紅蓮ぐれんの殺戮能力。これほどまで、凶悪な組み合わせになるなんて。


 たが、ヘーゼンは表情を変えることなく、淡々と後方に指示を出す。


「ラシード……前線でバーシア女王と協闘してくれ」

「わかった」


 褐色の剣士は、竜騎の速度を上げて、バーシア女王の救援へと向かう。


「バルフレア殿。5千の竜騎兵を率い、反帝国連合国軍をかき回してくれ」

「わかりました! まあ、ラシードに付き合いますよ」


 元竜騎兵ドラグーン団副団長の巨漢は胸を大きく叩き、進行方向を変える。彼とは、行軍中にコミュニケーションを取ったが、さすがはラシード(ダメ人間)の元副官だけあってしっかりしていた。


 残ったのは、へーゼン、副官のラビアト、そして、廃人ギボルグだった。


「あ、あなたはどこに行くんですか?」

「ジオラ=ワンダ伯の元へ。ラビアト様も同行してください」


 淡々と答え、黒髪の青年は、竜騎を走らせて北方ベルモンド要塞へ向かう。


「……無茶な」


 当然、武国ゼルガニアの大軍勢に飛び込むことになる。にも、関わらずへーゼンの直進は止まらない。手には、長物の魔杖を地面につけながら走っており、その先端はジジジジジジジジジッ……と奇妙な音を打ち鳴らす。


「「「「「「うおおおおおおおおおおおっ」」」」」


 武国ゼルガニアの軍勢は、我先と。


 まるで、餌に群がる蠅の如く、へーゼンの元へと押し寄せる。


 だが。


 ジジジジジジジジジッ……


 ジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジッ……


時空烈断じくうれつだん


 一閃。


 その強大な一撃は、瞬時にして彼らの胴体を真っ二つにし。


 北方ジルモンド要塞正門周辺の地を、真っ赤な絨毯で染め上げる。


「……っ」


 帝国の守備兵たちが、驚愕の表情を浮かべる中で、へーゼンたちは正門から堂々と要塞内に入った。


「ラビアト様、そして、へーゼン=ハイム殿……この度は、援護に来ていただいて」

「ジオラ伯は?」


 ジルモンド要塞の守備長の挨拶を雑に払い、へーゼンはすぐさま問いただす。彼もまた、すぐさま状況を察して案内を始める。


「こ、こっちです」

「走るぞ」


 へーゼンは、そう言って全力で急がせる。いつもは、息切れなどしない男が、大魔法を放った呼吸を整える間もなく、ただひたすらに足を進める。


 やがて。


 目にしたのは、魔医に囲まれているジオラ伯の姿だった。すでに、顔は白くなっていて、血色めいたものは感じられない。


 その場にいた、魔医長が、顔見知りのラビアトを見て、悲痛な表情を向ける。


「……もう、数分早ければ」

「はぁ……はぁ……そん……な……」


 彼女は、顔を歪めながら、ジオラ伯の元に近づく。足が震え、ゆっくりゆっくりと一歩ずつ歩を進める。


 だが。


 それよりも、早くへーゼンが駆け寄り、ジオラ伯の身体を抱いて、その瞳孔を確認する。そして、すぐさま、彼を仰向けにしたまま鋭利な小刀のような魔杖を取り出す。


「な、何を……」


































「これから、ジオラ伯の蘇生手術を開始する」

「……っ」

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