ヤン(4)


「……っと」

「しまいだした気持ち悪ーっ!?」


 律儀にグロテスクをかましてくる虚弱ジジイに、ヤンはガビーンとツッコむ。


「ふぅ……色々吐いて、スッキリしたわい」

「一番吐いちゃダメなものだと思いますけど」


 なにはともあれ、なぜか話せる状態になった雷帝ライエルドは、内臓をしまって血でベタベタになった手をヤンに差し出す。


「小娘、力を貸すぞい」

「……なんでですか?」


 もちろん、幻影体ファントムなので、触れられはしないが、ヤンは手を差し出しながら理由を尋ねる。


「わからんが、ワシの心がそう言うておる」


 雷帝ライエルドは、ニカっと笑顔を浮かべ胸をトントンと叩く。


「ライエルドさーー」


 バキバキッ。


「ぐっほぉおおおおおお! ガブぅええええええっ!?」

「トントンしただけで肋骨飛び出してきた!?」


 なんという虚弱ジジイ。


「ま、まあ何はともあれ心強い味方には変わりないです。これから、よろしくお願いしま……っ」


 き、消えた。


「えっ、ライエルドさん!? どこどこどこどこ?」


 何度も何度も念じてライエルドを召喚しようとするが、一向に出てこない。何とか色々と試みているところで、やっと幻影体ファントムが姿を現した。


「呼んだかの、ワシ?」

「……っ」


 お呼びじゃない。


「グライド将軍じゃないです! というか召喚してないのに、何で出てくるんですか!?」

「若いもんが四苦八苦しているところに、冷や水をぶっかけて現実をわからせてやることを死に甲斐にしてるんじゃ、ワシ」

「クズ老害過ぎる!?」


 なんたるクソジジイ。いや、そんなことで揉めている場合ではない。雷帝ライエルドが消えてから、雷獣らいじゅうの効果が解けて、地面に落下し始めているのだ。


 このままでは、地面でグチャグチャになる。


「ライエルドさんは!? なんとか幻影体ファントム同士連絡取れないですか!?」

「『体調が悪いから、欠席します』って言ってたがの」

「虚弱過ぎる!?」


 なんと……幻影体ファントムのくせに体調があるとは。


 と言うことは。


「いやああああああああああああああああああああっ!」


 落下。


 落下。


 地面へと落下。


 ……あっ、詰んだ。


「まったく……背中叩いたくらいで、背骨バッキバキじゃもん。やっぱり、若いもんじゃないとシゴキ甲斐がないの、ワシ」

老害あんたのせいか!?」


 ヤンは、溢れる涙を上空に置いていきながらグライド将軍を睨む。


 そんな中。


「はぁ……何をやっているんだ?」


 ラージス伯が虚空ノ理こくうのことわりで空間転移して、ヤンを回収する。九死に一生を得た少女は感激の表情で彼に抱きつく。


「た、助かりました! 本当にありがとうございます!」

「……それよりも、は君がやったのか?」


 彼の視線の先には、海賊の大船団があった。船員たちのほとんどが痺れて気絶している。


 実質的な壊滅状態だ。


「えっ、ええ。と言うより、私の中にいるライエルドさん虚弱ジジイが」

「……」


 ラージス伯は、ヤンの表情かおをジッと見つめる。


螺旋ノ理らせんのことわりの効果か……派手に恐ろしいな」

「そ、そうですか? ジジイばっかですけど」

「君の中に、少なくとも12大国のトップ級が2人いる」

「大袈裟ですって。控えめに言ってクズですし」

「……君は恐ろしくはないのか?」

「んー。まあ、でもすーの方が恐いですから。あんまり、気にならないです」

「……」


 あっけらかんと。


 黒髪少女は答える。


「それよりも、戦わなきゃですよ!」

「……いや」


 ラージス伯は、海聖ザナクレクと共に去っていく海賊船団を指差す。


「彼は、したたかな海賊王だ。勝算が薄くなった途端、損切りをして反帝国連合国を見限った」

「……じゃあ、この戦は」

「まだ、油断はできない。だが、少なくとも南を抜かれる危機は去ったと言っていいだろう」


 状況は、互角以上に押し返している。副官のベルベッドをトップ級の仙道に投入する余裕もできた。あとは、ラージス伯が戦場のバランサーとしてサポートすれば、大負けはない。


「そう……ですか。よかっ……」


 ヤンはそう言いかけて、コテっと意識を失った。


「……気絶した、か」


 スヤスヤと眠る少女を見て、つぶやく。


 なんという末恐ろしさ。ラージス伯ですらできなかった海賊船団の撤退を成し遂げてしまった。


「……」


 そして、まさか、雷帝ライエルドの幻影体ファントムまで取り込むなんて思っても見なかった。


 彼は食国レストラルの全盛期に活躍した英雄だ。数十年もの間、度重なる病魔によって苦しんだが、それでも戦死することなくひたすら戦場に出続けた。


 そして、雷帝を討伐したのは、グライド将軍とされた。


螺旋ノ理らせんのことわり……」


 なんという底知れない魔杖だろうか。真なることわりを持つ魔杖の中で、最古ではないかと言われるだけある。


「……」


 真なることわりの魔杖は、それ自身が使用者を選ぶ。螺旋ノ理らせんのことわりには、歴代使用してきた者たちの記憶が蓄積されているとしたら。


 この娘は……危険だ。


「……」


         ・・・


「なんて、そんな派手な柄じゃないな」


 ラージス伯は、黒髪少女の頭を優しくなでた。彼自身の魔力も限界に近づいていたので、砂漠の地面に戻り両手を地につけて上空を見上げる。


 





 






 













 















「勝負は……北か」

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