ヤン(3)


           *

           *

           *


 沈みゆく意識の中で、ヤンは上空から砂漠を見下ろしていた。ちょうど、今、戦っている場所だが、どこかここじゃないような……不思議な心地で空中を漂う。


 若者だ。


 茶色い髪と褐色の肌が特徴的な、ひどく痩せこけた男。


 もう一人は、黒髪の女性。同じく褐色の肌で、端正な顔立ちをしていて、凄く綺麗だった。


「なぜだ……アリーシャ。俺と一緒に行こう。こんな砂漠にいても、飢え死にするだけだ」


 痩せこけた若者が、女性の肩をギュッと掴む。だが、彼女は少し嬉しいような……そして、少し困ったような笑顔を浮かべて首を振る。


「行けないよ。お母さんも、お父さんも、妹も弟も……置いて行けない」

「だったら! みんなを連れて行こう! 全員まとめて俺が守ってみせる」

「そんなお金……ないでしょう? 西へ行けるのは2人だけ。そう話していたの、聞いてたよ」


 女性がそう言うと、若者はギュッと乾いた唇を噛み締める。


「な、なんとかする……あの商人を殺してでも」

「やめて、ライエルド。自分の幸福は、他人の不幸の上にあるものじゃない」

「そんなの綺麗事だ! これを逃したら……一生、こんな不毛な地で。帝国が攻めてきてるんだ。このまま行けば、俺たちは死ぬまでヤツらの奴隷だ」

「うん……だから、行って」

「……」

「私の……私たちの分まで幸せになって、ライエルド」

「……迎えにくる。いつか、君を……君たちの家族を……いや、この砂漠の民全員をお腹いっぱいにしてみせる」

「ええ、待ってるわ」


 ライエルドと呼ばれた青年は、グッと涙を堪えて彼女に背を向けて歩き出す。


 そして。


 アリーシャと呼ばれた少女は、小さく唇を動かした。


 ……さようなら、と。


           *

           *

           *


 ヤンが目を開くと、雷轟月雨らいごうげつうは目の前から消えていた。一瞬にして脳内に広がった光景。


 あれは、いったい、なんだったのか。


「あの、グライド将軍」

「ゴホッゴホッ……」

「……」

「……」


         ・・・


「なんか顔色悪いおじいちゃんになってるー!?」


 ガビーンと。


 いつの間にか、グライド将軍の幻影体ファントムが消えて、ガリガリ老人の幻影体ファントムになっていた。


 いや、前にも見た覚えがある。身体が痩せこけた剃髪の老人。前に若きグライド将軍と戦っていた、あの人だ。


「あなた…… もしかして、雷帝ライエルドですか?」

「……ゴホッゴホッ……いかにも、ワシが……グボォエエエエエっ!?」

「めちゃくちゃ血吐いたー!?」


 幻影体ファントムのくせに、虚弱。ヤンは再びガビーンとする。その吐いた血液すらも幻影体ファントムで、何が何やらよくわからない。


 そんな中。


 周囲を見渡すと、海聖ザナクレクがこちらに向かって襲いかかってきていた。そして、それをラージス伯が必死に防衛している。どうやら、グライド将軍を操っているヤンを、亡き者にしようとしたらしい。


 長老も、すでにその場を離れて向かってくる反帝国連合軍に対し、防衛をしていた。どうやら、海聖ザナクレクだけでなく、四方で的になっているらしい。


「ヤン! どうした!? 早く、炎孔雀えんくじゃく氷竜ひょうりゅうを!」


 ラージス伯が叫ぶ。


 見ると、海賊船団もまた、隊列を立て直してこちらに向かってきている。ヤンは、すぐにグライド将軍を呼び出そうとするが、雷帝ライエルドが手を出して制止する。


「ゴホッ……ゴホッ……雷獣らいじゅう

「……っ」


 ライエルドが咳をしながら唱えると、ヤンの全身に電気が纏い歪む。もはや、人の形ではなく、まるで、自身が雷と同化したかのように。


 次の瞬間。


「どえええええええええええええっ!?」


 景色が静止した。ラージス伯も、海聖ザナクレクも、砂漠の民も、海賊船団も、すべてのものが……まるで、時が止まったように。


 この感覚……


 以前、ギザールに質問したことがある。雷切孔雀らいきりくじゃくを発動している時に、どのように感じるか。


 しかも、ヤンが移動している場所は空中だ。ギザールのように自身の身体能力の範疇にあるのではなく、雷と化して移動しているような。


 間違いなく、雷切孔雀らいきりくじゃく以上の移動能力だ。


「……ぶはぁ!」


 一瞬にして、海賊船団の上空にいた。誰もがヤンの姿を見失っている。そして、病弱な老人もまた隣にいて、雷轟月雨らいごうげつうを翳す。


「ゴホッ……ゴホッ……雷嵐らいらん


 雷帝ライエルドが咳をしながらボソッと唱えると、瞬く間に空から雲が発生し、大量の雷が海賊船団に落ちる。


「「「「「うわああああああああっ!」」」」


 船団員たちの大半が感電して、その場で倒れる。死にはしていないようだが、身体をビクンビクンと震わせて気絶しているようだ。


「「「「「……っ」」」」」


 ラージス伯も。


 海聖ザナクレクも。


 他の誰もが、何が起きているのかわからなかった。


 そして……


 ヤンも。


「……すごい」


 思わず、感嘆の声をあげる。火炎槍かえんそう氷絶ノ剣ひょうぜつのつるぎほどの威力はないが、攻撃の範囲が途方もない。


 縦横無尽の超移動能力。


 そして、超広範囲の雷魔法。


 これが……雷帝。


「す、凄いです! ライエルドさーー」































「ゴホッ……ゴホッ……ガフッ……ゴフッ……ガブえオロロロロロロっロロっ!」

「虚弱過ぎて内臓でてきた!?」

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