ヤン(1)

           *


 南部の砂漠。突然出現した竜騎兵は、縦横無尽に駆け巡り、紅蓮ぐれんの投擲を加えていく。凱国ケルローと蒼国ハルバニアの軍の騎兵は、その機動についてこられず、大きな損害を被る。


「……指揮官が全員、地味に若いな」

「地味に若いは失礼!」


 ベルベッドのツッコミを一心に受けながら。ラージス伯は、彼らをジッと観察する。竜騎兵の部隊は5ほどあるが、恐らく全員学生だ。彼らもへーゼンの教え子だろうか。


 加えて、ラーダに乗った砂漠の民が参戦する。この場所において、彼らの機動力は竜騎以上だ。こちらは、紅蓮ぐれんを投擲しつつ、地形を熟知したしたたかな動きで、反帝国連合軍を振り回す。


 アウラ秘書官は、ベルベッドとともに勇騎将ガーランドと対峙するが、巧みに誘導し、凱国ケルローのダリセリア副団長と帝国のマラサイ少将、副官ブラッドの戦いに混じる。


 これで、多人数戦に持ち込んだ。


 彼の知謀は、戦いにも活かされる。戦術の幅を広げる連携をすることで、戦闘を優位に持っていこうとする算段だ。


 だが。


「……」


 事態は、むしろ、


 原因は、大将軍グライドの幻影ファントムだった。開幕の一撃こそ、海賊の船を撃退したものの、四方八方に火炎槍かえんそう氷絶ノ剣ひょうぜつのつるぎを放ち散らす。


 結果、帝国軍も、反帝国連合軍も、浮遊する海賊船団も、砂漠の民も、竜騎兵も誰もが無差別攻撃に避難する。


「おいいいいいいいいいいっ! あんのクソグライド……ふざけんじゃねえええええっ!」


 繰り出される莫大な炎と無数の氷刃に、大いに戸惑ったのは、海聖ザナクレクだった。彼の魔杖『荒震者ノ烈斧あらぶるもののれつふ』は、重力を操作し、物質を移動する魔杖である。


 だが、1つ1つの船を浮遊させ、複雑に動かすことはできない。あくまで1つの船団として動かすが故に、予測できない攻撃に対応ができないのである。


「カッカッカッ! 死ね死ね死ね死ねー! 若いもんの輝かしい未来とともに、身を凍らせ、灰にしてやるんじゃ、ワシ」

鬼畜老害キチガイ過ぎる!?」


 ガッビーン。


 そんなことは、当然、お構いもなしに。


 グライド将軍の幻影体ファントムは、五月雨に火炎槍かえんそうと氷絶ノひょうぜつのつるぎ四方八方に打ちまくる。


「「「「「「うわああああああっ」」」」」」


 帝国軍。砂漠の民。そして、海賊の船団も、溪国ケルローの軍も、武国ゼルガニアの軍も、全てが逃げ惑う。戦線が有利なのか、不利なのか、それすらもわからないほどの混迷カオス


「あっち! あっちですって! さっきからどこ狙ってるんですか!?」

「若いもんの指図は、未来永劫、絶対に聞かないと決めてるんじゃ、ワシ」

永遠エタ老害過ぎる!?」

「……」


 ヤンは、またしたもガビーンとした表情を浮かべる。依然としてへーゼン=ハイムの弟子は、こうして、老害の幻影体ファントムとわちゃわちゃやっている。


「……派手だな」

「派手に狂いまくってますけど!?」


 ベルベッドもまた、逃げ惑いながら、涙目でツッコ叫ぶ。


「……」


 いや。


 全然制御できていないようで、帝国軍、竜騎兵、砂漠の民に死傷者は出ていない。要所要所で、危険なところでに軌道修正しているというところか。


「ふざけんじゃねえええええええっ! おいテメェら! 大丈夫か!?」


 海聖ザナクレクが、堪らず最前線を離脱し大船団の方へと向かう。そのタイミングを見計らって、ラージス伯は、虚空ノ理こくうのことわりでヤンの方へと移動する。


「ほら! ほらほらほら! 来ちゃったじゃないですか! 四伯のラージス伯ですよ、殺されちゃいますよ! 言うこと聞いてください!」

「ほぉ……有能そうな若者わかもんじゃの。気に入らないから殺していいか、ワシ」

過激ヤバ老害過ぎる!?」

「……」


 ヤンが再びガビーンとする。ラージス伯は、グライド将軍の幻影ファントムをジッと観察する。どうやら、かつての人格とはかけ離れた存在のようだ。


 そして……


「君が、ヘーゼン=ハイムの弟子か」

「あ、はい。ヤンと言います。すーがいつも迷惑かけてます」

「いや、彼とは会ったことはなくて、むしろ、今は援軍を出してくれて感謝しているくらいなのだが」

「あっ、じゃあ、これから迷惑かけます」

「……」


 どうやら、確定的に迷惑をかけると確信しているらしい。


「どちらかと言うと、派手に迷惑を被っているのは、君が操っているグライド将軍の幻影ファントムなのだが」

「そうだったごめんなさい!?」

「カッカッカッ! 絶景絶景! 若いもんが、代わりに謝ってるところを見るのは本当に心地のよいもんじゃ、ワシ」

本気マジ老害過ぎる!?」


 度重なるガビーンを、完全に無視することにして、ラージス伯はヤンに真剣な表情で尋ねる。


「制御する方法はないのか?」

「あるんですけど、すぐに疲れちゃうんです。だから、局所的に操作しなきゃいけないんですけど、なかなか難しくて」

「……」

「それより、組み合わせられないですか?」


 黒髪の少女は逆提案する。


「組み合わせ?」

虚空ノ理こくうのことわりで、火炎槍かえんそうと絶氷ノぜっひょうのけんの攻撃を敵に転送するんです」

「……」

「条件を教えてください。虚空ノ理こくうのことわりの発動条件があるんですよね?」

「……ヘーゼン=ハイムの弟子の君にそれを教えるとでも?」


 ラージス伯は、ヤンをジッと見ながら尋ねる。真なることわりの情報は、流出すれば命取りだ。それを、あの危険な天才の弟子になど教えられない。


 だが、黒髪の少女は、瞬時に羊皮紙を出す。


「契約魔法を結びます。これなら、すーに漏れません。これ、書いてきましたから」

「驚いたな」


 出された契約書は、この砂漠に参戦する前に書かれたものだろう。ベルベッドよりも年下であろう彼女が、当初から、自分と組んで戦うことを想定していたのか。


「早く、この戦に勝って学生生活に戻りたいんですよ。お願いです、力を貸してください!」

「……」



























「わかった。じゃ、派手に行こう」

「「なんか、凄く嬉しそう!?」」


 二人のツッコみは、やまびこのように木霊した。


 

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