英聖アルフレッド


          *


「……」


 ランダル王は、理解が追いつかなかった。なぜ、こんな小娘が、自分を見下ろしている? なぜ、自分は背中を地面につけている? 


「……」


 なぜ、自分は嘲ったような表情で笑われている。


 なぜ、自分は頬を、まるで、なでるかのように。


 なぜ、なぜ、なぜ……


 プチン。


「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!」


 ランダル王は、我を忘れ激しく絶叫し、剣極ノ理けんごくのことわりの力を暴走させる。まるで、剣の森が一瞬にしてできるかのように、鋼鉄の刃が次から次へと発生していく。


 だが、その時、ラスベルはすでにその場にはいなかった。その快速で、まるで暴風のように襲いかかってくる剣を躱しながら、竜騎に乗り込み離脱する。


「くっ……ランダル王! 落ち着いてください」


 英聖アルフレッドは叫ぶが、もう遅い。この狂王は、もはや、一切の理性を失っている。


 すでに、軍神ミ・シルも自身の愛馬に乗り込み、その場を離脱していた。


「……っ」


 やられた。まさか、あの生真面目そうな少女が、これほど狡猾に人間心理を利用するとは思わなかった。


 頬をなでるように優しく叩く。


 目下の者にやられれば。


 激怒しない人間はそうはいない。


 ましてや、ランダル王は何よりも誇りを重視する。同格の軍神ミ・シルの言動ですら、激昂するほど沸点が低い。


 まして、娘ほどの年の女から。


 嘲るように笑われれば。


 キレる。


 英聖アルフレッドすらも巻き込むほどの剣撃の嵐は、どこまでも膨張して、周囲をも巻き込み始める。


「はぁ……はぁ……」


 一方で、脱兎の如く脱出したラスベルは、全身冷や汗でびっしょりだった。あの莫大な魔力と殺意。本能的に沸き起こる全身の震えを必死に抑え演技した。まるで、針の山に飛び込むようで、生きた心地はしなかった。


 だが、成果はでかい。


 狙っていたのは、魔力の枯渇だ。ランダル王の剣極ノ理けんごくのことわりは、その圧倒的な範囲故に、魔力消費が激しい。そのため、激昂させて後先考えずに使わせれば、すぐに枯渇してしまうほどの分量だ。


 剣の森は、瞬く間に膨張して周囲にあるものを次々と切り刻んでいく。逃げ遅れた兵たちは次々とその濁流に飲み込まれ、形すら残らない。


「……っ」


 狂人化した武国ゼルガニアの魔長たちが、とめどない剣撃に喰われていく。一方で、竜化したヴォルト大将は飛翔し、難を逃れる。逆鱗を発動したとしても、危険察知能力は保有している。さすがは、元四伯最強の男といったところか。


 英聖アルフレッドは法陣ノ理ほうじんのことわりで、自身の足元に魔法陣を精製し、飛翔することで難を逃れる。だが、他の者は救えない。


「トメイト宰相! 支配ノしはいのことわりでなんとかできませんか!?」

「無理言わないでください! ランダル王ほどのイカれた精神性の者など、手に負えません」


 彼もまた、クイっと銀縁眼鏡を上げながら自身も逃走を続ける。


 バレリアとギザール将軍もまた、竜騎兵を2人乗りして難を逃れる。彼女たちは、ゴリ押しの武国ゼルガニアの軍長とは違い、臨機応変に動ける柔軟性がある。


 そんな中、身動きの取れない魔将軍ダーウィンは、なす術もなかった。


「おいおいおいおいおい……あんの馬鹿野郎……ったく、しょうがねえやつだなぁ! あはははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははは!」


 狂気的な笑い声は、剣の森の拡がりに消えていった。


「予想外の展開だな」


 英聖アルフレッドは法陣に乗りながら、上空でつぶやく。


 まさこ、ランダル王の自滅を狙うとは。しかし、決して容易に遂行できることではない。軍神ミ・シルと完全な連携が取れるほどの実力。あの剣撃の嵐に迷わず飛び込んでいける決断力。


 いずれが欠けていてもなすことはできない。


 ラスベルという娘は、間違いなく軍神ミ・シル並みの才能がある……いや、もしかしたらそれ以上の。


「へーゼン=ハイム……」


 恐るべき麒麟児だ。この劣勢を一気に覆してしまう戦力を、彼の参戦とともに顕在化させた。


 その力は、あまりにも強大過ぎる。


「……」


 ラスベルが言った台詞。12大国のトップ級よりも、五聖よりも、へーゼン=ハイムの名が大陸に轟く……文字通り、それが実現しようとしている。


「やれやれ。恐ろしい目に遭った」


 食国レストラルの宰相トメイトが銀縁眼鏡をクイっとあげながら彼の元へと駆け寄る。


「武国ゼルガニアの魔長たちは?」

「まだ、十数名いますが甚大な被害ですな。一方で、帝国・ノクタール国の連合軍は、ほとんど被害を被っていない」

「……」


 恐らくノクタール国の軍師による采配だろう。竜騎兵を率いながら、状況に応じ巧みに指示を出していた。無名ながら、油断ならぬ知謀だ。


「これも、あなたのですか?」


 トメイト宰相が、銀縁眼鏡をクイっとあげながら尋ねる。


「……です」


 英聖アルフレッドは、静かに答えた。


            *


 帝国。とある戯館にて。裸。亀甲縛り。罵詈雑言。小娘。マウント……etc。そして、あらゆる攻めプレーに、ひたすら歯を食いしばり耐え抜いたモズコールは、いった。


「はぁ……はぁ……屈辱と快楽は表裏一体……60分追加、フルオプ……いや、スペシャルエクストラフルハードオプションで」

「こ、これ以上は本当に死にますよ!?」

「私は、一向に構わない……みんな、命懸けで戦っているからね」

「……っ」


 いい歳した中年は、ニカっと白い歯を見せる。


「さあ、殺す気でバッチ……来い」

「……っ」


 そして。


 仰向けのモズコールは、年端もいかぬ若い女性のけつに語りかけた。
































「これが、私の戦争たたかいだ」

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