ラスベル(2)


 ラスベルの右手の装甲拳には、薄緑色ライトグリーンの光が灯っている。装いも先ほどまでと変わり、薄緑色ライトグリーンベールのようなものに包まれていた。


 隼装風衣しゅんそうふうい


 装着型の魔杖であり、秒速で数百は放たれるであろう拳撃と、軽やかで流れるような動きを可能にする速度を両立させた、超近距離戦用の業物である。


「行くぞ、小娘ええええええっ!」


 ランダル王は叫ながら、自身の魔杖『剣獄ノ理けんごくのことわり』を発動する。瞬間、彼が持つ禍々しき剣が形を変え、全身鎧と化す。


 そして。


 その鎧から発生したのは、数百を超える剣。それが、まるで植物のように剣から剣が派生し、ミ・シル伯とラスベルに向かって襲いかかる。


「一の型……瞬華しゅんか


 軍神ミ・シルが数百の斬撃を瞬時に繰り出すと、無数の剣が次々と斬り刻まれる。


 その間に、ラスベルは、ランダル王に向かって飛び込んで行く。残り数メートルほどまでに迫った彼に対し、もう1つの魔杖を繰り出す。


五月雨ノ小刀さみだれのたち


 左手に持つ小太刀のような魔杖を振るうと、瞬時に百の斬撃がランダル王に襲いかかる。間合いは、数メートルほどのもので、攻撃の隙を与えず防戦に張り付かせる算段だ。


 だが。


 その斬撃は、ことごとく英聖アルフレッドの法陣ノほうじんのことわりで防がれる。瞬時にランダル王の手前で発生する魔法陣は、ことごく全ての攻撃を無効化してきた。


「……」


 この絶対障壁が厄介だ。恐らく、ヘーゼンの氷雹障壁ひょうびょうしょうへきと同じく、自動反応型の魔法陣なのだろう。


 しかも、軍神ミ・シルの雷神ノ剣らいじんのけんすらも無効化するほど、ヘーゼンのそれとは防御力の次元レベルが違う。


 まさしく、反則級チートだ。


「ぐはははははははははははははっ! さっきまでの威勢はどうした小娘えええええええっ!?」

「……」


 ランダル王は叫びながら、なおも無数の剣を発生させて彼女に襲いかかる。


 ラスベルは高速の動きで螺旋を描きながら、次々とその斬撃を躱す。彼女の行動1つ1つには意味がある。


 攻撃をしながら軍神ミ・シルに自身の能力を見せたのだ。


 彼女の戦闘センスは天才的だ。必ず、こちらの意図を汲み取ってくれると言う確信を持っていた。


 螺旋を描きながら攻撃を躱していたラスベルは、突如として向きを直進に変え、ランダル王に向かって全力で走る。


「ハハハハッ! あきらめて死にに来たか!?」


 瞬時にランダル王は、剣獄ノ理けんごくのことわりを発動し、植物のように剣を枝分かれさせる。


 避ける隙もないほどの剣の嵐が、ラスベルに襲いかかってきた時。


「一の型……瞬華しゅんか


 ミ・シルが数百の斬撃を瞬時に繰り出すと、無数の剣が次々と斬り刻まれる。


 先ほどと同じ。まったく同じ光景が繰り広げられる。ただ違っていたのは、彼女の斬撃は止まらない。ランダル王の奥深くまで、その斬撃の閃光は入り乱れる。


 だが。


 間髪入れずに、英聖アルフレッドの法陣ノ理ほうじんのことわりが発動する。その斬撃は、ことごとく絶対障壁によって弾かれる。


 軍神ミ・シルの神速をもってしても、その法陣は崩せない。


 やはり、同じだ。


 ヘーゼン=ハイムの製作した氷雹障壁ひょうびょうしょうへき


 と言うことは。


 ラスベルは、さらに深くまで足を進める。数メートル……1メートル……いや、数十センチまでに。


 ランダル王と超至近距離まで近づいた瞬間、体勢を低く落とし、その場で足払いをする。


「……っ」


 驚くほど簡単に。


 彼は背中を地につけた。


「……」


 ランダル王は、何が起きたのかが、理解できていない様子だった。彼は英聖アルフレッドの絶対防御を確信して、ただ、ひたすらに攻撃に特化していたからだ。


 一瞬、彼が裏切ったとすら思ったのではないだろうか。


 だが、違う。


 この絶対防御には、対象に引っかからない範囲レンジがある。恐らく、自身の周囲1メートル以内では、発動しない仕組みになっているのだ。


 反帝国連合国は、即席の協力体だ。共闘している者に、能力の全容は明かさない。それ故に、互いの魔杖を類推するしかないのだが、ランダル王は英聖アルフレッドの絶対防御を盲信し過ぎた。


 100回以上、物理的な死を味わったラスベルにわかったことがある。


 魔法使いとの戦いは、単に魔法同士の優劣だけではない。互いの能力の相性が噛み合えば、五等級の魔杖でも、大国のトップ級を狩ることだってできる。


 だが、それ以上に。


 絶対強者に立ち向かうには、精神こころを狩らなければならない。


 ランダル王の力は凄まじい。あの軍神ミ・シルを苦しめるほどの猛攻を見せ、英聖アルフレッドの防御などなくても、互角に渡り合うほどの実力を持っているのだろう。


 だが、精神こころは。


 一瞥しただけで性格にムラがあることがわかる。その孤高が故の自尊心プライドは、自身への侮りと取られる行為に対しての耐性がまったくない。


 他国をも圧倒する国の、絶対暴虐なる狂王。自身への辱めに対し、彼は彼自身を許すことができないだろう。


「……」


 ラスベルは。


 背中を地面につけ、無様に転んだランダル王に対し。


 彼の身体に馬乗りになり。


 ペチッと。


 軽く。


 頬を叩いた。


 そして。


 見下したように。


 眼下に置いた王に向かって。


 冷めた表情で嗤う。


 

 





 

 



























「どうですか? 小娘にマウント取られた気分は?」

「……っ」

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