ラスベル(1)


 西方最大の平野ドルストラ。至るところで激戦が繰り広げられているこの戦場では、莫大な死者が横たわっていた。


 戦況は、ほぼ互角。


 ランダル王と英聖アルフレッドに対しては、軍神ミ・シルが。


 トメイト宰相、武国ゼルガニアの魔長クラスの面々に対しては、竜化したヴォルト大将が。


 琉国ダーキアの魔将軍ダーウィンに対しては、バレリアとギザール将軍がそれぞれ刃を交えていた。


 一方、大国トップ級の一騎打ちとは別に、軍対軍の戦闘も熾烈を極めていた。


 武国ゼルガニア、食国レストラル、琉国ダーキアの連合軍に対して、帝国、ノクタール国の連合軍が激しく戦っているが、こちらも互角だ。


 膠着する戦線に、焦りを見せていたのは、反帝国連合軍側だった。


「ノクタール国の軍師……何者だ?」


 食国レストラルの宰相トメイト=パスタが、大きな銀縁眼鏡をクイッとあげながらつぶやく。数はこちらが圧倒しているのだ。にも関わらず、要所要所で鋭い戦術を発揮し、局地的な戦いをことごとく制されている。


 加えて、ノクタール国軍の新しき戦法。6等級以上の魔法を長距離で多発されることで、数の暴力で推し潰すことができない。


 そんな中。


「申し上げます! 竜騎兵の一団が、我が軍に横槍を入れました」

「……っ」


 ラスベル率いる竜騎兵1千が、反帝国連合軍を中腹を縫うように切り裂いていく。疾風の如き機動で、軍の要であろう将を、どんどん討ち取って行く。 


「ラスベル殿!」


 やがて、ノクタール国軍の一団が合流してきて、軍師のシュレイが大声で叫ぶ。ラスベルは、手綱を操作し、すぐに彼の元へと駆け寄る。


「お久しぶりです」

「助かりました。ここでの竜騎兵1千は、ありがたい。これで、戦況は大きく変わる」

「反帝国連合軍の連携を崩します。急造の部隊を崩すには、竜騎の機動でかき乱すのが、一番です」

「その役目は私が引き受けましょう。あなたは、やるべきことがあるでしょう?」


 軍師シュレイは、笑顔を浮かべる。


「それは、ありがたいですが……竜騎に乗れるのですか?」

「誰がラシードを連れてきたと思ってるんですか?」

「そうでした」


 ラスベルは思わず苦笑いを浮かべた。元々は、この人があの風ラシードを連れてきたのだった。


「……」


 もし、あの縁がなければ、果たしてヘーゼン=ハイムはここまでの躍進を遂げていただろうか。


「……いや」


 そんな仮定は、考えても無駄だ。結果は過程なくば成立しない。彼が何もせずにこの幸運を呼び込んだ訳ではない。


 この大陸の誰よりも動き回り、考え、がむしゃらに、ひたむきに物事を実現させてきた結果なのだ。


「……」


 それを超えるということが、どれだけ無謀なのか承知はしているつもりだ。


 ラスベルは、戦列を離れて大国のトップ級が集う魔窟に躊躇なく飛び込む。


 その先は。


 教師のバレリア、大将軍ギザールの元でなく。


 逆鱗げきりんを発動させ竜と化したヴォルトの元でもなく。


 最強の軍神ミ・シルの元だった。誰も近づこうとしないのは、彼女たちの闘いを見て、誰もが『その格ではない』と自覚するから。


 突然の乱入者に、戦闘は水を差されたように止まる。


「はぁ……はぁ……君は?」


 軍神ミ・シルは息をきらしながら尋ねる。


「初めまして、ヘーゼン=ハイムの弟子、ラスベルと言います」


 竜騎から降りた青髪の美少女は、軽やかなステップで身体を動かす。


「私があなたに合わせます」

「……できるのか?」

やらなければ、すーに叱られます」

「……」


 その大言を聞いていたランダル王の表情が、ガラリと変わる。


「ククク……クククハハハハハハハハハハッ! なんの武名も残していない小娘が私に刃を向けようというのか!?」


 派手に笑いながら、屈辱に塗れた表情を浮かべる。


「武名……ふっ」


 ラスベルは、思わず顔を綻ばせる。


「何がおかしい!?」

「こんな若輩者には重いなと。大陸で飛翔する翼の弟子を務めるのは」

「……なんだと?」


 怪訝な表情かおを浮かべる王に、ラスベルは高らかに言い放つ。


「この大戦の後! 12大国のトップ級よりも、五聖よりも……ヘーゼン=ハイムの名は大きく駆け巡る! 誰もがその名を覚え、畏怖し、心に刻むだろう!」

「……っ」


 武国ランダル王は、唖然とする。当然だ、目の前にいれば、誰もがひれ伏す最強の武に向かって高弁を振るっているのだから。


 実際、軍神ミ・シルにも、武国ゼルガニアの王ランダルにも、英聖アルフレッドの威圧感はとてつもない。少しでも怯んでしまえば、思わずその場にへたり込んでしまいそうだ。


 だが。


 退く気は一切ない。今、思えば、ヘーゼンが自分に全力を叩き込んだのはこの時のためだったのかもしれないと思う。


 震えはあるが、怯えはない。


 あの人のお陰で、臆することなく向かっていける。


 いや……そうでなければ、釣り合わない。


 自分の武名は、それだけ高く重い。


 だから、これだけで十分だ。5年……10年……いや、生涯背負っていく十字架のようなものだ。


 だが、負けない。






 






























「ヘーゼン=ハイムの弟子、ラスベル……行きます」


 

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