カク・ズ


           *


 遡ること3ヶ月前。ヘーゼンは、新たに魔杖を鍛え直し、カク・ズに手渡す。


 凶鎧爬骨きょがいはこつ


 最初に、ヘーゼンが銘をつけたこの魔杖は、全身に魔力が行き渡り、その視覚、嗅覚、味覚、知覚、聴覚の五感。また、膂力が超人的に上昇する。


 しかし、代わりにカク・ズの自我が失われ、凶戦士バーサーカー化する。それが、例え味方であっても変わらない。


 ただ、能力を解放したその瞬間に自身に命じた言葉のみを遂行する。


 味方以外の殺戮を指示することも可能だが、彼の中に発生する膨大な暴力欲求に耐えなくてはいけない。


「宝珠の質を1等級に上げた。速度・膂力は今までとは比にならない。伸縮性の高いダルア鋼に変えることで、獣のような柔軟性のある動きを実現できるだろう……」

「珍しく浮かない表情をしているね?」


 カク・ズは凶鎧爬骨きょがいはこつを受け取りながら尋ねる。


「…… 凶戦士バーサーカー化する時の殺戮衝動は今までとは比にならない。それに抗えなければ、味方をも全滅しかねない危険な力だ」


 ヘーゼンが答えると、カク・ズはふっとため息をつく。


「なーんだ、そんなことか」

「……カク・ズ。君の精神こころが負ければ、自我は完全に崩壊し凶鎧爬骨きょがいはこつに喰われる」


 そう言い終えた後、しばらくの静寂を迎える。それは、この効率主義の男には、かなり珍しいことだった。


「ヘーゼンには、それでも、手に入れたいものがあるんだよね? 俺は、それが何なのか、見てみたいんだ」

「……」

「いつも通りでいいよ。いつも通り『僕はできない事は、やらせない』そう言ってくれればいい」


 ニカっと木訥な笑顔を浮かべ。


 カク・ズは新たな魔杖ぶきを受け取った。


 それから、3ヶ月。


 カク・ズは、特殊な鎖に繋がれながら、幾度も凶鎧爬骨きょがいはこつを纏った。せぐりくる殺戮衝動に襲われながら、精神こころがズタズタに喰い荒らされそうになっても、その鋼鉄の自制心を保ち続けた。


 ヘーゼンは言った。


 カク・ズ……君は僕の最高傑作しんゆうだ、と。


          *


「あっ……ちょ……ぶっ……りけぇ!?」


 旅団長アルコは、まん丸な目を、さらに丸くした。


 No.3の知略型とは言え、大将軍ギリョウ=シツカミを、武名なき魔法使いが屠ったのだから。


 いや。


 一瞬ではない。


 覇国ノ極はこくのきわみは、発動していた。あれは罠型の魔杖で、自身の周囲に入れば、瞬間、百の斬撃が襲いかかるものだ。


 その斬撃すべてが躱され、大将軍ギリョウはなす術もなく殺された。


 だが、あり得ない。


 あの斬撃は、あらゆる方向から繰り出され、自我を失った獣になど避けきる事は不可能だ。


 瞬時に斬撃の規則性を見抜く天賦の戦闘センス。そして、途方もないほどの濃密な修練の末に、達人を超えるほどの技量がなければ、あの動きは成立しない。


 そして。


 暴狂なる戦士は、瞬く間に戦場を喰い荒らす。周囲にいた大将軍ギリョウの親衛隊もなす術もなく、その暴に堕ちる。


「あっ……ちょ……ばり……こえぇ……」


 美しい。


 旅団長アルコは、まん丸な目を、さらに丸くしながら思った。


 圧倒的な暴狂と。


 静なる純真が織り混ざったかのような。


 至高なる芸術品を見た心地がした。


 そして。


「あどけどけどけどけどけどけどけどけどけどけどけどけどけどけどけどけどけどけどけどけどけどけどけどけどけどけどけどけどけどけどけどけどけどけどけどけどけどけどけどけどけどけどけどけどけどけどけどけどけどけどけどけどけどけどけどけどけどけどけどけどけどけどけどけどけどけどけどけどけえええええええええええええええええええええええええええええええええええっ!」


 即座に馬を翻して、逃亡を図る。叫びながら、茫然自失する兵たちをかき分けながら、我先へと逃亡を始める。


 だが。


 カク・ズは、脱豚だっとの如く逃げ出す旅団長アルコに鎖型の剣を繰り出す。それは、どこまでも長く伸びて彼の首へと襲いかかる。


「いっ……ごっほ……ぉ……」


 涙を溜めながら、旅団長アルコは身体を横に倒しながら、間一髪その斬撃を躱す。その場にいた彼以外の者たちの首は、瞬時に飛んだ。


「あっ……へっ……たん……んっ……」


 旅団長アルコは、そのまま体勢を崩して落馬し転げ落ちる。九死に一生を得た丸豚ぶとりの中年は、深い安堵の息を漏らす。


 だが。


 すでに、カク・ズは彼の前まで移動して、圧倒的な禍々しさを纏いながら彼を見下ろす。


「……んんっ……っとん……だぁ」


 涙目の旅団長アルコにトドメを刺そうとした瞬間、無数の光弾が、カク・ズに襲いかかってきた。


 聖光ノ理せいこうのことわり


 カク・ズは、猫のような柔軟性のある俊敏性で、その光弾を躱す。


「あんっ……ちょ……もれ……った……」


 旅団長アルコは、無数の汁を吹き出しながら安堵の表情を浮かべる。


 その場に出現したのは、魔聖ゼルギスだった。


「ヌシが殺されれば、反帝国連合の東軍が一早く瓦解する。早く、戦線を立て直せ」

「はい…… はいはいはいはいはいはいはいはいはいはいはいはいはいはいはいはいはいはいはいはい! もっちのろんでございますよーーーーーーー! やい、このクソ凶戦士バーサーカー! 貴様はもう終わりだ! だひょだひょだひょだひょだひょだひょだひょだひょだひょだひょ……っ」


 勝ち誇ったような胡散臭い笑いを浮かべる中。


 鳳凰と化したカエサル伯が舞い降りた。


「あうっ……ん……っこ……でっ……たぁ……」


 旅団長アルコは、その場でへたり込みながら、足をバタバタさせて後ずさる。


 しかし、そんな彼を一瞥すらせずに、カエサル伯は驚愕の表情を浮かべ、カク・ズを眺める。

 

「……まさか、新なることわりの魔杖以外で、ここまでの大業物を見せられるとはな」

「……」


 カク・ズは、何も答えずに魔聖ゼルギスに対峙する。その様子は、先ほど見せた暴狂とは打って変わった完全なる静だった。


「いや……それは失敬だな。認めよう、貴殿のその極限まで凝縮した武を。内なる獣すら喰らい尽くすその鋼鉄はがね精神こころを」


 同じく、新なることわりの魔杖からせぐりくる感情を抑え、暴狂を完全に支配した戦士は、静なる凶戦士バーサーカーを手放しで褒め称える。


 一方で。


 魔聖ゼルギスは、余裕の笑みで自身の魔杖『聖光ノ理せいこうのことわり』を掲げる。


「ほっほっほっ……2体の深淵なる獣が相手か……面白いのぉ」

































「ほざけ、ジジイ。私は、あの方とともに高みへ昇る」


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