*


 東部。それは、突然の出来事だった。レクサニア要塞の正門が開き、千騎の竜騎兵が、反帝国連合軍に対し攻め込んできたのだ。


 だが、精国ドルアナ軍の大将軍ギリョウ=シツカミは、それらとは別のものに目が奪われる。


「皇旗……だとっ!?」


 まさか、帝国の皇族が、この最前線に出向いているというのか。いかに、竜騎兵と言えど、これほど少数の兵で。


 勇猛……いや、無謀だ。


「あっ……ちゃ……ぶりけー」


 ゼレシア商国の旅団長アルコ=ロッソも、目を丸っとしながら驚く。デリクテール皇子が要塞に入った事実は知っていた。だが、まさか、皇子自らが討って出るとは。


あたくしも本当に、予想外でした。ですが、これはチャーンス。大物喰いの、チャーンスでありますね。ダヒョヒョヒョヒョ! ダヒョヒョヒョヒョヒョ!」


 丸々と太りきった男は、仰々しいお辞儀をして、歯の浮くような台詞を吐き、胡散臭い笑い声を上げる。


「しかし、竜騎兵の機動は厄介だぞ?」


 ギリョウ将軍は、高なる鼓動を抑え、目をしかめながらつぶやく。功を焦ってはいけない。これが、無謀なる蛮行なのか、巧妙な罠であるのかは見極めなければ。


「所詮は多勢に無勢です。あたくしにお任せあれ」


 旅団長アルコは、ゼレシア商国弓兵を動員し、竜騎兵の進路へと配備する。それは、広範囲に拡がり、どこに向かおうと捉えられる布陣だった。


「……見事な采配だな」


 加えて、大将軍のギリョウもまた、精国ドルアナの騎兵を皇旗を掲げた方角に向かわせた。


 すると。


「「「「……っ」」」」


 隣にいる巨漢の戦士から、銛のような魔杖を投擲される。それは、螺旋の回転を描き音を切り裂きながら飛翔しする。


 その投擲は繰り返し行われ、次々と靖国ドルアナの精兵が消滅していく。


「バカな……なんだ、あの異常な膂力と魔杖は」


 魔杖の威力は明らかに6等級以上。にも関わらず、長距離を、驚異的なスピードで、正確無比に投げ込んでくる。


「あっ……ちゃ……ぶりけー」


 旅団長アルコも、目を丸っとしながら驚く。投擲されてくる魔杖は、弓兵が放つそれよりも遥かに広範囲のものだ。


 彼らが弓を放つ前に、次々と殲滅させられていく。


 一方で。


「獣化ーー蒼ノ狼あおのおおかみ


 突如として、戦線に出現したカエサル伯が霊獣ノ理れいじゅうのことわりで、尋常ならざる変化を見せる。


 青で染まった毛が生え、雄々しい牙を生やす。巨大な狼となったカエサル伯は、猛然とゼレシア商国の弓兵を駆逐していく。


「厄介な猛獣が解き放たれたか。あちらは、すぐに魔聖ゼルギスに対処してもらわなければ。そして、我々は……あちらだな」

「ですねー。だひょひょひょひょひょひょひょひょっ!」


 大将軍ギリョウと旅団長アルコはともに、互いの馬で、縦横無尽に駆けている竜騎兵に近づく。そして、距離が顔を視認できるまでになった時。


「「……っ」」


 間違いなくデリクテール皇子だ。


 そう確信した2人は、たぎる血液が逆流したかのような高悦感に襲われる。これは、未曾有の機会チャンスだ。


 あちらには、大国トップ級の魔法使いがいない。デリクテール皇子も非凡な魔法使いと聞くが、戦闘の経験自体が少ない。これは、間違いなく無謀な蛮行だ。


 この千載一隅の好機を、逃してはいけない。


「勇敢なる精国ドルアナの兵よ! あの皇旗まで掻い潜れ! 我らの標的がここにいるのだ!」

「取り囲め取り囲めー! 数の暴力で押しつぶせー! 皇子を拿捕すれば、金一封……いや、万封だっぞー! だひょひょひょひょひょひょひょひょっ! だっひょーーーーーーーーーーーーーーーーー!?」 


 大国のトップ級2人が、それぞれの兵たちに檄を飛ばし、軍を巧妙に操作して竜騎兵の逃げ道を塞いでいく。


 要するに、チェスと一緒だ。いかに高い機動を持つ女王クイーンといえど、歩兵ボーンで固めれば落ちる。


 帝国の皇子の価値は破格だ。しかも、賢明と名高いNo.2の実力者デリクテール皇子。捕らえて交渉の道具とするか。もしくは、公然と痛めつけて帝国の威信を地に貶めるか。


 やがて。


 大将軍ギリョウと商団長アルコの緻密な計算は、見事にハマった。それぞれが別の経路で、皇旗が掲げられている箇所まで、辿り着いた。


 デリクテール皇子の横には、巨漢の男はいた。先ほどから銛のような魔杖を投げ込んでいる異常な膂力の持ち主。


 恐らく、ヤツが護衛の要だろう。


 だが、こちらは大国のトップ級が2人。


「デリクテール皇子よ! 観念して捕縛されるのならば、捕虜は丁重に扱う」


 大将軍ギリョウがそう叫ぶが、デリクテール皇子は竜騎に乗ったまま動かない。


 その時。


 隣にいた巨漢が、竜騎から降りて尋常じゃない大きさの長物を掲げる。盾のような鋼鉄がついており、とてもではないが常人に持てるものではない。


 それは、異常なほど、異様に見えた。


「行くぞ……凶鎧爬骨きょがいはこつ!」


 叫ぶとともに、長物に纏う鋼鉄がカク・ズの身体にまとわりつく。瞬く間に全身鎧となったそれは、まるで猛り狂った獣のようだった。


「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!」

「……っ」


 圧倒的な咆哮。


 禍々しく凶々しい佇まい。


 狂悪的かつ暴力的な殺気。


覇国ノ極はこくのきわっ……」





































 一瞬にして、カク・ズが大将軍ギリョウの首を捩じ切った。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る