デリクテール皇子


           *


 東の重要拠点レクサニア要塞では、静なる膠着状態が、依然として続いていた。


 霊獣ノ理れいじゅうのことわりで鳳凰と化したカエサル伯を、魔聖ゼルギスが聖光ノ理せいこうのことわりで、撃ち落とそうとする。


 無数の光弾を乱れ打つが、華麗に飛翔する翼は着弾を許さない。ほとんど、この2人の戦いが日暮れになるまで続き、終わる。


 やがて。


 カエサル伯が、レクサニア要塞に引き上げていく。当然、精国ドルアナ、ゼレシア商国の連合軍も攻めてはいるが、他の帝国将官が踏ん張り一進一退の攻防が続いていた。


 そんな、どこか予定調和めいた攻防が続く中。


 伝令が、カエサル伯の元へと駆け寄る。


「も、申し上げます! デリクテール皇子が竜騎兵千を引き連れて到着しました」

「な、なんだと!?」


 カエサル伯が、驚愕した表情を浮かべる。


 そして、間髪入れずに。


 デリクテール皇子が、彼の元へと歩いてくる。


「お、皇子殿下! なぜ、こんな激戦地へ! どう言うつもりですか!?」

「君と戦いに来た」

「……っ」


 綺麗な顔つきをした青年は、爽やかな笑顔を向けて答える。一方で、カエサル伯は半ば青ざめた表情を浮かべながら語気を荒げる。


「危険過ぎます! 反帝国連合国の東軍にはあの魔聖ゼルギスがいるのですよ!?」

がここにいれば、君は必死で守らざるを得ないだろう?」

「……っ」


 カエサル伯は、思わずデリクテール皇子から目を背ける。一方で、彼の横に控えていた白髪の老将が、片膝をついて礼をする。


「カエサル伯……お久しぶりでございます」

「……マドン殿か。久しぶりだな」


 懐かしい顔が出てきた。この白髪の老将とは、いくつもの戦場でともに戦ったものだ。領地柄エヴィルダース皇太子の派閥であったので、惜しくも重宝されずに隠居したが。


「恐れながら申し上げます。『デリクテール皇子が、なぜ皇太子になれぬのか』。その答えは、敵国にはございません」

「……」


 老将マドンは、ハッキリとカエサル伯に答える。


「なぜ、それを」

「私が敵将であったならば、カエサル伯の忠誠心を利用します。あなたの攻撃力は脅威ですからね」

「……」

「すまない。君を迷わせた」


 デリクテール皇子は、深々と頭を下げる。


「……」


 無骨な戦士は、ますます顔を強張らせる。これほどの、聖人君子が、なぜ、あのエヴィルダース皇太子などの後塵を拝するのか。


 恐ろしいまでの葛藤が、彼の中に強く蠢く。


「今は帝国を勝利に導くことが大事。他ならぬデリクテール皇子がそう思われております。迷いは捨てるべきかと」


 老将マドンが控えめながら、ハッキリとした口調で物申す。


「……だが」

「カエサル伯。君がのために迷うのならば、は次期皇太子に選ばれる権利を放棄しよう」

「で、殿下!?」


 デリクテール皇子は、はっきりと言い切り、迷いを見せるカエサル伯を両断する。


は帝国の皇子として、帝国国民のため、全てを厭わぬ義務がある。このまま反帝国連合軍が進軍を許せば、大勢の帝国国民が犠牲になるのが事実」

「……」

「君が仕えるのは、皇帝陛下であり、帝国国民なのだ。もし、君の忠誠を邪魔しているのならば、は喜んで身を引かせてもらう」

「……デリクテール皇子殿下。本当に申し訳ありません。私が間違っておりましたら。ですから、どうか……次期皇太子の地位を捨てるなどと言わないでください。私の夢は……帝国の未来さきは、紛れもなくあなたなのです」


 カエサル伯は、力なく頭を下げて答える。


「わかってくれて嬉しい。もちろん、君が力になってくれれば、それほど嬉しいことはない。、帝国の外敵を力を合わせて排除しよう」

「……」


 こういう方なのだ、とカエサル伯は、ますます歯痒い表情をする。以前も、エヴィルダース皇太子に彼の人柄を利用され、謀略に嵌められた。


 対して、こちらが謀略に嵌めたって何が悪いと言うのだ。


 だが、そんな迷いを見せるカエサル伯の肩を、デリクテール皇子は強く握る。


「カエサル伯。、だ」

「……と言いますと?」

「帝国には、内に秘める恐るべき闇がある。それを、打ち払う必要が……にはある」

「……っ」


 カエサル伯はゴクリと生唾を飲む。これほどの、決意をした表情かおを、彼は今まで見たことがなかった。


「この戦だ……この戦が終われば、の戦いはかつてないほど激しくなるだろう。その時、に……力を貸してくれるか」

「……はっ!」


 震える声を抑えながら、カエサル伯は目の前の皇子に片膝をつく。


 本気になった。


 我が君主が、とうとう本気になったのだ。


「マドン」

「はっ!」

「すぐに、東軍に奇襲をかける。竜騎はが率いよう」

「デ、デリクテール皇子自らですか!?」


 白髪の老将は、驚いた表情かおを浮かべる。


「し、しかし。その御身に何かあれば……」

「カク・ズ。君が護ってくれるのだろう?」


 デリクテール皇子が、満面の笑みで隣の大男を見る。


「皇子殿下! 危険です! その男は、あのヘーゼン=ハイムの最側近ではありませんか!」


 ともに竜騎で同行していた親衛隊隊長のマギラ=ロウが叫ぶ。


「あの男が、そのようなくだらぬ手を使うのならば、も、これほどの覚悟を持たない」

「で、ですが……」

「それに。にはわかるよ。この男は……カク・ズは、仁義の者であることがな」

「……デリクテール皇子」


 カク・ズが、感激に心を震わせる。


「では、翌日。早々に討って出て反帝国連合軍を、東部から追い出そう」


 デリクテール皇子がそう言い放ち、この場から去った後。


「……」


 唯一この場に残った老将マドンは、ボソッと独り言をつぶやいた。































「危険な虎が、目覚められたか」



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