ノクタール国


           *


 ノクタール国軍が、ジオス王指揮の下で横槍を入れる。突然の奇襲に、武国ゼルガニアの軍は混乱状態に陥った。


「はぁ……」


 馬を走らせながら、王の隣にいる大将軍ギザールが大きくため息をつく。


「それにしても、無茶な方だ。キング自ら戦争に赴くなどと」

「この大陸の趨勢を決める戦いだ。機を掴むために、危険リスクを恐れることはしたくない」

「……」


 素晴らしい王になったものだと、ギザールは思う。そして、この資質を見出したヘーゼン=ハイムの慧眼にも恐れいる。


「シュレイ……帝国への書状は送ったか?」

「はい。このように」


 ジオス王の隣にいる若き軍師は、すぐさま帝国とヘーゼン=ハイムを同列に扱った書状の写しを見せる。


 要するに、『帝国だけでは信頼ができない。ヘーゼン=ハイムから声が掛かればすぐにでも動く』という意思表示だ。


「流石の帝国も、怒り心頭なのでは?」


 不穏な言葉とは裏腹に、ドグマ大将が痛快そうにつぶやく。


「我々の事情もあるさ。『我が救国の英雄ヘーゼン=ハイムとの連名でないと、国民が納得しない』とでも言ってやればいい」


 小国であったノクタール国を、真っ先に見捨てたのが帝国だった。その後、ヘーゼン=ハイムが帝国将官として派遣され、イリス連合国を打ち破ったが、その出来事はノクタール国国民の心に深く刻まれている。


「……恐ろしいのは、ここまでのシナリオがほぼヘーゼン=ハイムの目論見通りに進んでいるということです」


 そう話す軍師シュレイに、笑顔はない。


 もちろん、細かくは異なっているが、タイミングや勢力間の拮抗具合は、ほぼドンピシャと言っていい。


 そして、ヘーゼン=ハイムは言った。


 この戦で魔法使い同士の一騎討ちの時代が終わると。


「敵軍! 武国ゼルガニアの軍が向かってきます!」

「よし! 放て」


 軍師シュレイが手を挙げると、横から数千の魔矢が、武国ゼルガニアの兵たちに襲いかかる。


「「「「「「ぐあああああああああああああああああああああっ」」」」」


「へへっ! どんなもんだい!」


 ゴクナ諸島の海賊シルフィ率いる部隊が、遥か遠方から魔矢を放つ。それらは武国ゼルガニアの兵たちに次々と的中した。


 彼ら海賊たちもまた、ヘーゼン=ハイムとの盟約の下、この戦への参戦を決めた。彼らは魔弓まきゅうの扱いを得意とし、研鑽を続けた。それによって、数キロ先の標的を撃ち抜くほどの腕を鍛えた。


 武国ゼルガニアは、確かに強大な力を持つ国家だ。魔法使いの数も質も桁違いに高く、物量も凄まじい。


 ただ、その戦い方は単純な武力一辺倒だ。


 ノクタール国に突出した人材は、大将軍ギザールのみだ。そして、彼もまた武力に特化した魔法使いというよりは戦術を駆使して攻めるタイプだ。


 時代を読むことは、非常に大事だ。


 この戦で、大陸における戦闘は明らかに変わる。


「くっ……卑怯者どもに屈するな! 突撃だ突撃ーーーーーーー!」


 それでも、怯まない武国ゼルガニアの軍は、目をギンギン血走らせて、向かってくる。


紅蓮砲ぐれんほう準備……発射!」


 軍師シュレイが合図をすると、数十の紅蓮が、投槍器から一斉放たれた。


 数百メートル以上の距離を飛翔し地面に突き刺さった紅蓮ぐれんの爆風で、武国ゼルガニアの突撃部隊は、ほぼ壊滅状態になった。


「……予想以上の戦果だな」

「ヘーゼン殿に製法を教えてもらって以来、紅蓮ぐれんをどのように運用するかに、頭を悩ませましたからね」


 軍師シュレイは勝ち誇ったように答える。紅蓮ぐれんは、旧ノクタール国の限られた少数の魔杖工にしか生産ができない。


 新生ノクタール国が建国された時にヘーゼン=ハイムが帝国へ去った。そのため、紅蓮ぐれんを製作できる魔杖工が多く育たなかった。


 そこで、軍師シュレイは、生産した限られた紅蓮ぐれんをより効率的に運用するため、紅蓮砲ぐれんほうを開発した。


「ははっ! 武国ゼルガニアの他部隊は、だいぶ面食らっている様子ですな! 痛快痛快!」


 ドグマ大将は、満面の笑みを浮かべる。


「と言っても、兵数は圧倒的に上です。このまま敵軍を撹乱して、軍神ミ・シルに横槍が入らないようにしなければ」


 情報では、もう数日。不眠不休で戦い続けているという。その異常なほどの魔力もそうだが、その胆力はやはり、恐ろしいものだ。


 そして。


 ヴォルト大将もまた、支配ノ理しはいのことわりで狂人化したゼルガニア国の強者をまとめて相手にしている。


「……」


 結局、戦は2局化するだろう、とギザールは思う。まず、魔力を蓄積できる魔杖『紅蓮ぐれん』の登場で、弱い魔法使いなどは間違いなく淘汰される。


 それは帝国で言えば、少佐級の魔法使いまで無価値にしてしまうほど強力なものだ。


 だが、大陸のトップ層の戦いは壮絶なものだ。彼らをいかに温存して戦闘に運ぶかが、今後大きな鍵となっていくのだろう。


 ということは、このトップ層の戦いにノクタール国がどうやって食い込むか。それを、模索し続けなければいけない。


「さて……軍神ミ・シルの顔でも拝んできます」


 大将軍となったギザールはそう言って、激戦が繰り広げられている方角は向きを変える。


「大丈夫か? あそこは、化け物の巣窟だぞ」


 ジオス王が尋ねると、大将軍は不敵に笑った。





























「ヤツら以上の化け物には、慣れてますから」


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