誤算



            *


「はぁ……はぁ……はぁ……」


 西方。軍神ミ・シルと対峙しているのは、英聖アルフレッド、武国ゼルガニアのランダル王、そして、グランジャ祭国の魔将軍ダーウィンである。


「化け物が」「大した御仁だ」「やっぱ、ヤバいな。アイツ」


 口々に、憎しみと賞賛が漏れる。彼ら3人の猛攻を数日間受け続けても、ミ・シルの膝を崩すことすら叶わない。


 これが……帝国最強の軍神。


 だが。


「よし、回復したぞ! 次は俺様にらせろ!」


 魔将軍ダーウィンが、嬉々として軍神ミ・シルの元に飛び込んでいく。一方で、ランダル王と英聖アルフレッドは、戦闘を眺めながら休憩をする。


「はぁ……はぁ……はぁ……」


 確実にだが、軍神ミ・シルの体力を減らすことに成功している。ヴォルト大将も、武国ゼルガニアの武将を圧倒しているが、逆鱗を使用しており、もはや自我が抑えられていない。


 2人のどちらかが北に向かわなければ、もはや帝国は首都戦を余儀なくされるだろう。


 少なくとも、英聖アルフレッドはそう見ていた。


「ふん……虚弱どもが。軍神ミ・シルとヴォルト以外はまったく歯応えがないな」


 武国ゼルガニアのランダル王が、巨大な肉塊を喰らいながらつぶやく。


「これこそが、帝国という大樹の実態ですよ。あまりにも膨張し過ぎて根腐れが起きているのです」


 あとは、巨大なまさかりで根本に渾身の一撃を喰らわせるだけだ。それだけで……


 その時、伝令が息を切らしながら2人の元へ駆けつけて来た。


「はぁ……はぁ……申し上げます! ヘーゼン=ハイム率いる竜騎兵5千が、北方に向けて進軍中です!」


 英聖アルフレッドは、目を大きく丸くした。

 

「……なるほど。

「何?」

「いえ。こっちの話です」


 大陸が誇る大軍師は、静かにつぶやき、思惑に耽る。


 まさか、予想を外すとは思わなかった。


 ヘーゼン=ハイム……ヤツは、乱世の奸雄だ。


 その類まれな能力は、ガチガチの血筋と家柄による権威主義の帝国とは決して相容れることはない。だから、こうして、舞台を整えたのだが。


「ふん……貴様がそんな表情かおをするとはな」


 武国ゼルガニアの王ランダルが、嬉しそうに笑う。


「……ヘーゼン=ハイムという人物が、また、わからなくなりました」


 合理的な利己主義者。


 英聖アルフレッドは、そう彼を見立てた。反帝国連合国との戦に注意を向けさせれば、彼ほどの野心家ならば帝都を攻撃するだろうと踏んでいた。


「今回は、それに賭けていたのに」

「まあ、ヘーゼン=ハイムという者も、所詮は臣下の域を出ないということではないか?」

「……」


 果たして、そうだろうか。


 なぜ、裏切らないかの合理的説明ができない。


 たとえ、この戦にヘーゼン=ハイムが勝ったとしても、帝国で埋もれることになることは確実だ。


 なぜなら、次期皇太子はエヴィルダースであり、これは現状動かし得ない事実だ。そうなれば、主要な派閥の外に置かれたヘーゼンは主流から外されて陽の目は見ない。


「だが、これで潮目が変わったことは確かなようだな」

「そうはさせませんよ」


 食国レストラルの宰相トメイト=パスタが、支配ノ理しはいのことわりを発動する。


「「「「「ぐわああああああああああっ」」」」


 瞬間、数百人の武国ゼルガニアの兵たちが一斉に軍神ミ・シルに向かって襲いかかる。


「はぁ……はぁ……一の型、瞬華しゅんか


 魔将軍ダーウィンと激しい激闘を繰り広げながらも、彼女は薄い閃光を静かに、数百、舞った。


 ただ、それだけで彼らの首が切断されるが、即座に傷が回復し、何事もなかったかのようにミ・シルに向かって襲いかかる。


「私の支配ノ理しはいのことわりは、その者の治癒能力も異常に引き上げられるのですよ。研ぎ澄まされた剣は、鋭いが故に回復も容易だ」

「……」


 軍神ミ・シルは、雷神ノ剣らいじんのけんを地に突き刺す。


「はぁ……はぁ……三の型……地雷じらい


「「「「「「ぐあああああああああああああああああああああああっ」」」」」


 武国ゼルガニアの兵たちは即座に真っ黒焦げになり、一瞬にして消し炭になる。


「……恐ろしい方だ。数十分の休憩を入れさせるのも、難儀するとは。しかし」


 トメイト=パスタは支配ノ理しはいのことわりで、更に武国ゼルガニアの狂兵たちを逐次投入する。


「はぁ……はぁ……ぜぇ……ぜぇ……」

「武国ゼルガニアの兵たちは強力だ。軍神と言えど、これほどの総攻撃を掛ければ、必ず地に落ちーー」


 その時。


「行け」


 帝国軍千の騎兵が、突如として現れて軍神ミ・シルの間に割って入る。


 先頭に現れたのは、赤髪美女の戦士だった。


「ぬ……誰だ貴様は!?」

「帝国将……いや、テナ学院の教師バレリア」


 各国のトップ級や四聖名前で、彼女は堂々と名乗り上げる。


「はぁ……はぁ……戦場の隼か」

「ミ・シル伯。お久しぶりです」


 彼女は軽やかに、そして、親しげに挨拶をする。

 

「私が魔将軍ダーウィンを相手にします」


 紅髪の美女は、自身の魔杖『駿獣蓮刀しゅんじゅうれんとう』を構える。


 彼女もまたミ・シル伯と同じく十以上の型の魔戦技を使用する。美麗かつ華麗な絶技は、見る者の心すらも止めさせる。


「がはははははっ! 教師ごときが、俺様を抑え切れるとでも!? 後で、ガンガン犯してやるから引っ込んでろおおおおおおっ!」

「……礼儀と品性が極端に下劣だな。学校で教わらなかったか?」

「ああ?」

「貴様に教えてやるよ。先生はこわーいってことをな」


 そう言い放ち、バレリアは挑発をしながら手招きする。


「……魔将軍ダーウィンは強いぞ?」


 軍神ミ・シルはつぶやく。


「よーく知ってますよ。ただ、あの手の輩は単純だ。あなたの支援が大前提ですが、なんとか小休止を入れられるくらいには、働いてみせますよ」

「……なぜ、戦場に戻ってきた?」


 彼女は、かつて、軍神ミ・シルの部下だった。そして、当時の無能上官に愛想を尽かして戦場を放り出したのだが、教師となって見えてきたことも多い。


「私の元生徒にとんでもないのがいましてね。ヘーゼン=ハイムと言います。ご存知ですか?」

「ヘーゼン=ハイム……」

「私が今までに恐ろしいと思ったのは、3人。あなた、ヴォルト=ドネア。そして、あの男です」

「……」

「注意されるといいでしょう。当分……いや、下手をすれば、あなたすらあの男に喰われる」

「……そうか」


 軍神ミ・シルは不敵に笑い、雷神ノ剣らいじんのけんを構える。


「無謀な女だな。この流れを止められるとでも?」


 ランダル王は余裕の表情を浮かべて尋ねる。


「ふっ……バカだな。私が入ってきたのは、

「……なんだと?」
































「も、申し上げます! ノクタール国の軍勢が、武国ゼルガニアの本軍に横槍を入れました」

「……っ」

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