北方ベルモンド要塞


           *

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 ヘーゼン=ハイムの檄は瞬く間に、大陸中に広がった。それは、馬よりも早く、竜騎兵すらも遥かに凌駕する速度で人々を通して伝えられる。


 そして。


 その報は、北方のベルモンド要塞に侵攻している反帝国連合軍の元へも届く。


「申し上げます! 帝国のヘーゼン=ハイムが竜騎兵を引き連れ、北方へ救援に向かっています」

「な、なんですって!?」


 本陣で待機していた魔軍総統ギリシアが、慌てて席を立つ。


「ちっくしょう……話が違うじゃないの。間に合うかしら」


 親指の爪をガジガジと飾りながら。魔軍総統ギリシアは、自身の千里ノ霧せんりのきりを発動させ、霧越しから両目で戦場の様子を覗き見る。


 彼の能力は、身体の一部を部分的に飛ばすこともできる。


 激戦地では、武国ゼルガニア軍が帝国軍と戦っていた。中でも、全身漆黒の鎧を纏った巨漢が、圧倒的な猛威を奮っている。


 魔戦士長オルレオ=ガリオン。武国ゼルガニアのランダル王の懐刀である。体格のよい大男ではあるが、その手に持つ魔杖は、あまりにも特異だった。


 半身に張り巡らされた黒の紋様と一体化した、剣型のそれは、見る者に恐怖と絶望を想起させる。


 その魔杖は、暗黒ノ理あんこくのことわりと言った。


黒狼群こくろうぐん


 魔戦士長オルレオが放ったのは、無数の漆黒の狼の幻影だった。それは一気に数千匹に膨れ上がり、ベルモンド要塞を取り囲むように埋め尽くす。


「はぁ……はぁ……土偶ノ兵どぐうのつわもの


 対してジオラ伯は、数万の土兵を一気に召喚する。


 一方で、土精ノ怒どせいのいかりを発動させ、地面から鋭利な岩石を発生させて妨害をする。それは、疾風のような機動を駆使する竜騎兵ドラグーン団の動きを、間髪なく封じる。


「はぁ……はぁ……ぜぇ……ぜぇ……ぐほっ」


 ジオラ伯は、咳を吐きドス黒い血を袖で拭う。もう、何度同じ魔法を放ったであろうか。


「ふむふむ……なぁるほどねぇ……」


 魔軍総統ギリシアは、ジオラ伯の観察を終え、両目を別の戦場へと出現させる。


「はぁ……はぁ……」

「カッカッカッ! この程度で息を切らすとは、修行が足りないんじゃないか?」


 ザオラル大将は、烈風ノ太刀れっぷうのたちで、武聖クロードに対抗するが、彼の人権ノ理じんごんのことわりの能力に圧倒される。


「はああああああああっ!」


 無数の風を纏わせた珠玉の斬撃が襲いかかるが、武聖クロードは、その風すらもいなして、ザオラル大将の背後へと回り込む。


「貰ったの……っと!」


 拳を入れようとした瞬間、土の盾が発生して彼の身を守る。


「カッカッカッ! もう、何度目かの? 本当に厄介なジジイじゃ」


 武聖クロードは快活に笑う。この2人の実力差で一騎討ちが成立しているのは、間違いなくジオラ伯の援護のおかげだ。


「まったく……忌々しいジジイね。まーだ、粘ってる」


 魔軍総統ギリシア両目は、俯瞰して見える場所から、その光景を眺める。さすがは、四伯最高齢の魔法使い。老獪な戦術パターンがいくつもある。


「まさか、魔軍士長オルレオと竜騎兵ドラグーン団団長のハンフリーを2人同時に相手するなんてね」


 両方とも12大国の中でも、かなりの武闘派であるが、見事に対応して軍の進撃を阻んでいる。


 加えて、ザオラル大将のお守りまで。病にさえ侵されていなければ、本当に危なかったかもしれない。


 先日、ジオラ伯の体調を確認したが、あれは、今、立っていることの方が不思議なほどだ。とてもではないが、長時間戦える状況ではないと判断して、勝負を掛けさせた訳だが。


「でーも……そーろそーろなんじゃなーいーかーしら」

「……ガハッ!」


 とうとう、痩せこけた老人が、その場に倒れる。


「くっ……くくくくくく……はーい、チェックメイトー」


 ジオラ伯が大量の吐血をしたのを見て、魔軍総統ギリシアは無邪気に笑顔を向けて、発生させた霧に飛び込む。


 そこは、要塞の中。倒れた老人の真上だった。


「哀れなものね……四伯として100年以上トップに君臨してきたのに、歳に勝てないのは、切ないわー」

「ゴホッゴホッ……」


 魔軍総統ギリシアは、ジオラ伯を足蹴にしながらつぶやく。


「き、貴様! 単騎でこの場に来て、我々に勝てるとでも思っているのか!?」

「我々? 帝国のゴミ将官がイキがって」

「ふざけるな! 貴様こそ、霧を発生させるだけで、何もできないだろうが! 覚悟しろ」

「……」


 ザマ少将は、自身の剣型の魔杖『烈火ノれっかのやり』を抜いて襲いかかるが、すでに魔軍総統ギリシアの姿は消え、彼の遥か背後へと移動していた。


「くっ……」

「霧を発生させるだけで何もできない? 笑っちゃうわね。私は、こーんなこともできちゃうのよ?」


 魔軍総統ギリシアが、再び大量の霧を発生させると、ルクセニア渓国の魔法使いたちが次々と出現する。


「バカな……どうやって?」


 周囲を敵兵で囲まれたザマ少将は、信じられない表情を浮かべる。


「す・こ・し。特殊なルールがあるのよ。あ・と・は、あなたたちを、こ・ろ・す・だーー」


 その時。


 城の壁が次々と動き出し、ルクセニア渓国の魔法使いたちを閉じ込める。


「……んのジジイ! まだ、あきらめねえのかああああああっ!」


 魔軍総統ギリシアは、明らかな怒気を見せる。


「もう、この戦は終わりなんだよ! あんたもジジイなんだから、さっさとあきらめてあの世に行きやがれえええええええっ!」

「がはっ……ごほっ……ふっふふふふ……どうやら、間に合ったようじゃの」


 ジオラ伯は、咳をしながら笑顔を浮かべる。


「バカね! ヘーゼン=ハイムの竜騎兵がいくら早いと言っても、数日はかかる。私じゃない限りは、この短期間で、ここに来るのは不可能! ハッタリかましてんじゃないわよこのクソジジイいいいいいいいいいい!」


 だが。


 確かに、帝国軍の歓声が要塞の外から湧き起こる。


「な、何……」


 魔軍総統ギリシアが霧越で両目を飛ばし、城の外を見ると、そこには、クミン族の部隊が、魔軍士長オルレオの軍と対峙していた。



























「あんの……クソ犬女ああああああああああああっ!」

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