約束


            *


 敵兵の阿鼻叫喚を聞きながら、バーシア女王は戦場を華麗に駆け抜ける。


「放て!」


 彼女の号令で、猛然と襲いかかってくる武国ゼルガニアの兵たちに対し、クミン族の兵は次々と紅蓮ぐれんの投擲を始める。


 激しい爆撃音とともに、敵兵たちはなす術もなく消滅していく。瞬く間に、その一帯が焼け野原と化した。武国ゼルガニアの兵たちの約10分の1が、消滅している。


 ほぼ、一方的な蹂躙だった。


 クミン族の兵数は、決して多くはない。総勢で3万ほどだ。だが、その勢いは10万以上いる武国ゼルガニアの軍勢を遥かに凌駕していた。


「バカな……山岳民族の犬どもが、なぜ、そんな数の魔杖を……」


 魔軍総統ギリシアの一団が、霧とともにバーシア女王の元へと現れる。


「さあな。平地のゴミどもの、足りない頭でよく考えてみたらどうだ?」


 彼女は挑発を返しながら、笑顔で答える。


「ぐっ……あまり調子に乗らない方がいいわよ! 反帝国連合国には竜騎兵ドラグーン団がーー」

「申し上げます! 砂国ルビナの竜騎兵ドラグーン団が……団長ハンフリーとともに引き返していきます!」


 !?


「な、な、なんですってぇええええええええええ!?」


 魔軍総統ギリシアは発狂せんばかりに叫び、側近の魔法使いの首を絞める。


「ど、ど、どういうことなの!? どういうことだってばよ! は・や・く! 説明しなさいよおおおおおっ!?」

「ぐっ……ぐぐぐっ……そ、それが私にも……」

「フフッ……フミ王の弱腰振りは有名だからな」


 バーシア女王は、クミン族の部隊を2つに分けていた。1つは彼女自身が率いる要塞救援部隊。


 もう一つは、砂国ルビナの奇襲部隊だ。


 彼らは隠密で険しい山岳抜け、首都イルビナに辿り着いていた。その部隊は、魔力を蓄積し、投擲によって爆風を引き起こす紅蓮ぐれんを携えた兵。


 彼女は彼らを紅蓮兵ぐれんへいと名付けた。


「いーぬーおーんーなあああああああああああっ!?」


 魔軍総統ギリシアは、ますます発狂せんばかりに怒り狂う。


「貴様も小賢しい知識はあるようだが、私の友の足元にも及ばないな」


 バーシア女王は誇らしげに笑う。多数で構成される紅蓮兵の瞬間的な火力は、とんでもない威力を叩き出す。


 フミ王からすれば、万単位の強力な魔法使いが一斉に攻めてきたと感じているだろう。だが、それは誤りだ。実際には、魔法使いは主力の百ほどで、残りの一万は魔法の使えない不能者である。


 3年もの間、青の女王は力を貯め続けた。


 バーシア女王は、部下を帝国のクラド地区に派遣し、魔杖工の勉強をさせ続けた。対価は、以前交わした誓い。いずれ大きな戦が起きた時に力を貸すこと。


 ヘーゼン=ハイムは語った。


 この戦で、魔法使い同士の一騎討ちの時代が終わりを告げる、と。


 魔力の蓄積機能を搭載した紅蓮ぐれんは、不能者でも6等級ほどの威力のある投擲が放てる。すなわち、少尉級の魔杖による魔法が、不能者にも可能になるということだ。


 これは、戦の革命の狼煙だ。


 バーシア女王は3年を掛けて魔杖工の数を増やし、紅蓮ぐれんの量産化を成功させた。宝珠の源泉から、大量の魔杖が製作できるようになったクミン族は、他の山岳民族も傘下に入れていたので、生産スピードはどんどん増えて行った。


「覚えておけ。真に頭の良い者は、その概念すらも変えてしまう。お前のような偽者にはできぬ芸当だ」

「こんの山臭い犬女がああああああああああああっ!? こ、こ、こんなことで勝った気になるなよ! こちらには、まだ武聖クロードと魔戦士長オルリオがいるんだからねえええええええええ!」


 魔軍総統ギリシアは、さらに、さらに、さらに、狂った形相で、涎を撒き散らして叫び散らす。


「……下品だな」


 バーシア女王は、ボソッとつぶやく。


「な、な、なんですってええええええええええええ!? 泥に塗れた犬女の分際で……この魔軍総統の……ギリシア様を……」

「だが、すべての平地の者が貴様のような品性だとは思わない。あくまで、貴様のようなゲスが平地の者であるというだけ」

「……っ」


 そう言い放ち。


 蒼に染まった長剣のような魔杖をかざす。


 青ノ剣あおのつるぎ。 


 美しい装飾が施された剣型の魔杖は、ヘーゼン=ハイムが製作した初めての特級宝珠の大業物だ。


「……っ」


 その圧倒的な佇まいに。魔軍総統ギリシアは、数歩後ろに下がる。


 そして。


「くっ……そおおおおおおおおおおおおおおおおっ!」


 悔しげに叫びながら、彼女を睨みつける。


「覚えておくことね! あなたは、絶対に私が殺す……殺す……絶対に殺す」

「逃げ口上だけは、勇ましいな」

「……っ」


 魔軍総統ギリシアは、プルプルと屈辱に打ち震えながらも、千里ノ霧せんりのきりで姿を消す。


「……狡猾な男だ。戦況が悪いと見て、即座に引き返すとは」


 バーシア女王はため息をつき、傷ついた帝国将官の近くに駆け寄る。


「あ……あう……あ……助けっ」

「大丈夫か? すぐに治癒部隊の元へと向かわせる」 

「……っ」


 帝国語を流暢に話して近づく青の女王に、帝国将官の男はすぐさま心を奪われる。


 そんな中。


「はぁ……はぁ……バーシア女王。帝国側から伝書鳩デシトが帰ってきました。『援軍、感謝する』と」


 エダル曹長が、息をきらしながら駆け寄ってくる。彼は、北方カリナ地区の兵卒であり、かつてはヘーゼンの部下だった男だ。


 その後、クミン族との通訳として重宝され、今ではバーシア女王率いるクミン族と帝国の橋渡しをする存在にまで成長した。


 彼女は、ニコリと笑顔を浮かべて答える。


「そうか、ご苦労だった。あと、ヘーゼン=ハイムから、伝書鳩でしとの伝言がある」

「え? わ、私なんかのことが書いてあるのですか!?」


 エダル曹長は目を丸くする。


「なんだ、意外か?」

「そ、そりゃ……あの方は、12大国の1つであったイリス連合国を倒したほどの英雄です。それが、こんな私のことなんてーー」

「……まあ、いい。読むぞ。『君は、機転が利き、人格もいい。引き続き帝国とクミン族を取りもち、戦後には同盟締結に尽力しろ。そうすれば、中尉格に上がれるだろう』とのことだ」

「ちゅ、中尉格!? そんなバカな! 一兵卒が、そこまで上がれるはずがありません」


 エダル曹長は耳を疑った。


「そうなのか?」

「間違いないです。私は帝国の人材制度を勉強してますが、魔法が使えない兵卒は、どう頑張っても准尉までのはずです」

「……」


 その辺の事情を知らないバーシア女王は、手紙の文章を読み返しながらつぶやく。


「詳しくは、よくわからんが……法律を変えたそうだぞ」

「……っ」
































「……3年」

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